双子姉妹と占い喫茶
姉と同じ黒のエプロンの下に水色のシャツを着ているせいで目立たないが、ミサキの頬が紅い。
運んで来たトレーには、小さなマグカップが幾つも載せてあり、カップ各々に細い筒状のものが何本も入っている。
「よろしければ、無料で占いができます」
「そうそう、きょうわ、リュウトのレンアイウン、みてもらいにキマシタ!」
氷水を吹きそうになる竜斗の顔色を見ながらトオルが悪戯っぽく笑った。
ミサキがトレーをテーブルに置いて説明する。少し声が上ずっているように聞こえる。
「ぅ、占いたい人は、この中の、自分の星座のカップの中から、籤を選んで下さい」
「ん、なるほど、星占いプラスおみくじ・・・っていうシステムか」
竜斗まで声が少し強張ってしまう。
「そぅ、そんな感じです」
「オレはレオ・・・獅子座のカップは・・・これか」
慣れないオヤジギャグが滑ったのを誤魔化すように竜斗が伸ばした手と、反射的にカップ取ろうとするミサキの手がぶつかり、
「あっ」
「どうぞ、それです」
二人そろって手を引っ込め、赤面しているのを見てトオルが呟く。
「なんだかウマヤラシイ、ボクもラブコメみたいなのほしいでス」
ミサキに促されカップから籤をひく竜斗。広げてみると、恋愛運、金銭運、健康運、ラッキーアイテム等、朝のテレビ番組でやるような短いフレーズが箇条書きになっている。
「リュウト、レンアイウンわ、どんなデスカ?」
トオルが覗き込み、竜斗は自分の『恋愛運』のところを読む。
「『運命の人に出会うかも』だって・・・ははは」
『運命』と聞いてミサキの意識の深層から幻影の記憶が浮上する。
(それ、私のことです・・・って、なに考えてんだ私。バカバカバカ)
独り何事か呟いたかと思うと急に自分の頭をポカポカ叩き出すミサキを呆然と眺める竜斗。
「なんだか面白いことになってるわね。」
注文したものを持って来るアトミと入れ代わりに、逃げるように立ち去るミサキ。目で追う竜斗。
(あぁ、行っちゃった・・・)
「あの、一つ教えてほしいんだけど・・・」
竜斗がアトミに声をかける。
「ミサキさんって、何かスポーツとか、やってませんでしたか?武道とか」
「いいえ、体育でやる以外は・・・ミサキのこと、気になる?」
「え、あ、いや・・・」
「今日は、彼女のこと、もっと知りたくて来たんでしょ?」
「そう、その通り、なんだけど、いや、そんな意味じゃなくて・・・」
妹とは対照的に冷静な姉。からかわれて赤面する竜斗。
「ここはまあ、アイスコーヒーで、一息ついていただければよろしいかと」
「ど、どうも…」
「こちらは、ハーブティー・ピンクのブレンドです。占いは、よろしかったですか?」
「イェーイ、きょうわ、リュウトのジャクテン、みられてラッキーでシた」
「こちらぁ、お下げしてよろしいですかぁ?」
占いのトレーを引き揚げ、テーブルを離れるアトミ。面倒臭いトオルがスルーされた感も否めないが、当のトオルは、アトミの後ろ姿を眺めてニヤニヤしながら、見た目は紅茶のようで風味はジャスミン・ティーみたいなハーブティーの香りを嗅ぐ。
「『モエ』とゆより、『モワーッ』とゆカンジ、でスね」
「そんな擬態語のニュアンス本当に分かって言ってるのか?」
竜斗はアイスコーヒーで逆上せた頭を冷やしながら想いを巡らす。
(確かに、武道のたしなみがあるように見えなかった。何となく勘は鋭そうだが、隙が多い。それじゃぁ今日の彼女の、あの身のこなしは何だったんだ?)
「リュウト、まだミサキちゃん、キになりまスか?」
「あぁ、ぅん、あれっ?さっきも似たようなこと言われて・・・」
竜斗の脳内リプレイ。
『ミサキのこと、気になる?』は兎も角、『彼女のこと、もっと知りたくて来たんでしょ?』とか、こっちが言ってなかったはずのことまで見抜いてたみたいな・・・姉の方も『魔眼』の持ち主か?!
妄想モードに再突入する竜斗だったが、その妄想が実は正鵠を射てしまっていることに、やがて彼は気付くことになる。
カウンターに引っ込んだミサキの顔をアトミが覗き込もうとする。妹は俯き、姉と目を合わせるのを躊躇う。姉を混乱させるほど動揺しているのか、それとも、姉と共有したくない感情でも?・・・額を合わせれば一瞬なのだが、離れてでも数秒で、姉は妹の心を読み取ることができる。
姉は息苦しさを覚える。妹の動悸が自分に伝染していることに気付き、独り言のように呟く。
「あらら、こっちもお熱なようね・・・生暖かい目で見守ってあげたいところなんだけど、そうばかりも言ってられないのかも、私達の場合」
妹の恋愛感情は恐らく、遅かれ早かれ姉に伝染する。グタグタな三角関係で姉妹が葛藤することは、予知能力が無くても予測可能と思われた。彼女達は更に、狂気を共有してしまう危険性も隣り合わせだ。
今日に至るまで、姉妹どちらかが誰か異性を意識したとき、妹は悉く失恋や破局を予見し、姉は男の身勝手な欲望を読み取った。しかし、今日の竜斗に身勝手さは無かった。向上心から来る好奇心が旺盛で、こちらが恥ずかしくなるくらい純真な性格が見てとれた。
ただし、どこか自分達を拒む潔癖さのようなものを姉は読み取った。妹が見た幻影を読み取ったときも、そのような潔癖さが障壁となる印象が残った。その障壁の根源を見極めたいという思いに、アトミは囚われつつあった。
ドリンクを飲み終えた竜斗達がテーブルを離れる。レジの前でトオルがアトミに声をかける。
「ヘーィ、ボクのママがフィットネスのインストラクターやってまス。ドヨウビ、ムリョウタイケンもありますス。コンドどうでスか?」
「あぁ、聞いたことあるわ。そうね、最近太っちゃったみたいだし、行ってみようかしら」
「イェス!ヒップアップ、ゲットしてください。ミサキちゃんもイッショにどうぞ!」
「私達のレオタード姿、見たいぃ?」
「オゥ、ついでにミクちゃんのスクミズ・・」
「ジャージで大丈夫だ。同じフロアで小中学生の空手レッスンもやってる」
竜斗が会話を遮るように割り込む。
「じゃ、また。学校でもよろしくね。リュウト君」
「お、おぅ。こちらこそ」
アトミは微笑みながらも一瞬、前髪に隠れた方の目が光った。そんなふうに竜斗には見えた。
レジで勘定を済ませ、店を出る竜斗達を見送りながら、アトミは独り言を呟く。
(ふうん、ミサキへの関心は、武道関係?…恋愛関係は、これからか・・・)