ゴスロリ侍女
残された謎。夢で聞いた声の主は誰か。祖母は何故、どうやって、その声の主と契約したのか。
「もう一度ミーちゃんに訊くより、御祖母様に訊く方が確かんだけど・・・」
そう呟くアトミに、ミサキが返す。
「答えは向こうから、やって来る気がしてきたわ」
竜斗とトオルが店を去った後しばらくして客も疎らになり、姉妹は母親と店番を交代して夕食を済ませる。閉店時刻も近付く頃、ドアベルがカランコロンと鳴った。
「こんばんわ」
「いらっ・・・あら、ヒモトさん」
姉妹の母ミヤが出迎えたのは、隣の介護施設の元理事長秘書。
眼鏡をかけ、ゴスロリ風のメイド服を着ている。
「今晩は、お嬢様方にお話があって参りました」
「その衣装で…ってことはVOD会長から何か?」
「そうです」
「そりゃまた・・・アトミ、ミサキ、お前さん達にお客様だよっ」
内線電話で二階の子機が呼び出され、娘達が階段を降りて来る。ミサキが来客を予知していた。
「お母様、場所をお借り出来ますか?」
「あいよ。もう店は閉めるから。中は何処でも使っておくれ」
ミヤはドアの表に掛かった『営業中』の札を裏返し『準備中』にした。
店の奥のテーブルで倉城姉妹と向かい合い、元秘書さんが一枚の黒いカードを差し出す。
「今日は、お祖母様の元秘書としてではなく、こちらの方から伺いました」
それは、黒地に銀でプリントされた名刺だった。
『世界女性文化協会
闇聲會 事務局長 灯下史代』
裏には英字で、Voice of Darkness・・・などと印刷されている。
元秘書さん、ヒモトさんていうんだ。
「アンセイカイ・・・で合ってます?」
「はい。VODと名乗る場合もございますが、現在の会長は倉城ミヨ様でいらっしゃいます」
「お祖母様が会長?」
「はい。本日は会長からの御紹介で、入会の御案内に参りました」
「どういう会なのかしら?」
「闇聲會は、『闇の声に導かれし者達』の会でございます」
「『闇の声』って・・・」
「もしや心当たりがおありでしょうか?」
「昨夜、夢で聞いた声のことかしら?」
(…といっても、直に聞いたんじゃなくて、未由さんの記憶からなんだけど)
「やはり左様でございましたか。お嬢様が『お声』を聞かれた御様子であると、会長も仰られまして・・・」
「灯下さんは、あたしが夢で聞いた声の主を御存知なの?」
「私自身、直接お声を聞いたことはございませんが、『古より力ある者』であると信じております」
「その声の主と、お祖母様が何か契約を結んだらしいのだけれど…」
「相違ございません。それが基本ですから」
「基本?何の?」
「魔術の基本でございます」
「魔術?」
「ミヨ様が魔術師であることは、ご存知かと思いますが・・・」
「祖母からも母からも、魔術について聞かされたことはないのですけれどね」
祖母が『魔女』と噂されていたことは知っている。
噂を逆手にとるように宿泊施設を『魔女の館』という名のラブホにしたこともある。リアルに魔女であることをカモフラージュするためにビジネスを装ったのだろうか。
喫茶店『ウイッチハウス』、介護施設『メゾン・ド・ソルシエール』と、いずれも『魔女』(英語でウイッチ、フランス語でソルシエール)に因んだネーミングだ。
「倉城家では代々、母から娘へと『魔術』が受け継がれてまいりましたが、後継者に恵まれなかったミヨ様の代に、『魔界』との契約によってミヤ様を授かったと伺っております」
『魔界との契約』…アトミ達にとっては、いきなり謎の核心に迫る話題である。
ゴスロリ老眼鏡メイドが『魔界』・・・どこか突っ込ませて欲しい相手だが、どれも冗談のつもりは無いようだ。
「子供を授かるための魔術があったのよね?」
「私は立ち会うことは叶いませんでしたが、恐らく、儀式が行われたものかと存じます」
「儀式って、生贄とか捧げるのかしら?」
「具体的には存じませんが…魔界との契約には、それ相応の犠牲を供えるのが通例かと…」
会話しながら古い記憶が呼び起こされるのを見逃すまいと、アトミは言葉と言葉の間から記憶の断片を読み取る。嘘は言っていないようだ。
「灯下さんも、魔術師なのよね?」
「まだまだ修行中の身ですが…この衣装も、魔術の一部でございます」
ゴスロリ調メイド服がイタい灯下さんが語る『魔術』とは、『魔界』の力を借りる技術であり、呪文を唱え、呪具(魔術アイテム)に『魔力』を宿らせたり、魔方陣を描いて犠牲を捧げ『魔神』を召喚する儀式を行ったりするものだった。
闇の声の主も『魔神』に該当する、魔界の有力者ということになるらしい。
魔界との契約で生まれた者は、予め犠牲が供えられており、自身の体の一部が魔方陣の描かれた呪具になっているので、容易く魔術を使うことができるのだと言う。
「私達の目みたいなのは、『魔眼』とでも言うのかしら」
「その通りでございます。生まれつき魔眼をお持ちのお嬢様方には是非、入会して頂きたいと、お祖母様が仰いました。お嬢様方には特別会員の資格がございます」
「特別とか一般とか区別があるの?」
「はい。『お声』を聞く能力の有無で、特別会員と一般会員に分かれますが、特別会員に入会金、会費はございません。必要経費は会長から頂いております」
「私は未だ声とか聞いてませんけど?」
そうミサキが言うと、灯下さんは答えた。
「ミサキお嬢様も聞く能力はあるはずですので特別会員となります。近い将来きっと聞くことになると御祖母様が仰いました。実は御母様も特別会員でいらっしゃいます」
「入会のときに魔界と契約する儀式があったりしないわよね?」
「ございません。お嬢様方は生まれる前から契約済みなのですから」
「入会したら集会とかあるわけ?」
「会員の方々が任意に参加される研修会はございますが、定例会等の参加義務はございません」
「研修会って、魔術の?」
「そうです。お嬢様方なら現在の能力を更に伸ばすことも、それ以外の魔術を習得されることも、少しの努力でお出来になるかと存じます」
そのほか幾つかの質問の後、少しでも情報収集の足しになるならと、アトミは入会に同意し、ミサキも追従した。
実際のところ、会員の身内が知らない間に会員として数えられているのを追認させられるという、そこいらへんの宗教団体や政治団体でありがちな話みたいな流れだった。
それにしても、祖母が『女性文化協会』と称して魔女の研修会を催すとか、そんな胡散臭い団体の会長だったなんて・・・読めなかったのは、魔女の術中にあったからだろうか?とアトミは思った。
灯下さんにしても、祖母の魔術というか催眠術に操られているのでは?と疑いたくなる衣装だ。
そもそも、胡散臭いと思う感覚や疑念も、竜斗に封印だか結界だか破壊してもらっていなければ湧いてこなかったような気がする。疑うことを無意識に避けていた。
姉妹で無言の会話があった。
「こんな怪しげな会に入って本当に大丈夫なのかしら」
「とにかく調べられることを全て、調べ尽くしたいの」
「ミイラとりがミイラにならなければ良いのだけれど」
「ふざけた悪魔崇拝の団体なら内部から潰してやるわ」
「そのときは竜斗君に手伝ってもらうことになるかも」
「それもアリかもね・・・」
そんな姉妹の遣り取りを、知るはずもない竜斗であった。
元秘書さんにはヒモト史代と名乗らせたついでに、せっかくなのでゴスロリ婆を装ってもらいましたw




