悪夢からの脱出
アトミ達が寝ても覚めても悪夢から抜け出せずにいることを竜斗は未だ知らない。
月曜日の朝、いつものようにトオルと登校する竜斗だが、また忍撫に追いつかれることに何となく戸惑いを覚える。
「トオル、少し急ぐぞ。オッケー?」
「オゥケィ!」
忍撫の気配が迫る前に早歩きになる。
逃げてるんじゃない。周囲に『女王様』の交際相手として扱われるのが苦手なだけで…
嫌ってるわけじゃない。むしろ可愛いと思ったりしないこともないんだけど(でへへ)…
あの、人の海が割れるみたいなのは勘弁して欲しい。
校門に近付くと、噂の男子と気付かれる前に通り過ぎようと更に早足になる。目立たないように気配を殺して忍び足。
「オゥ、ニンジャ・ウォーク、アゲィン!」
感嘆するトオルを放置して、生徒達の間をすり抜け、一気に教室まで辿りついた。
「竜斗サ…ぉ押門君、お早う…」
言葉を噛みながら挨拶する伊部舞。
「オッス」
辛うじて『竜斗様』と言われなかったのは良いが、始業のベルが鳴ってもアトミが来ない。
一限目の授業が始まっても彼女の席が空いたままだ。
ちよっと隣のクラスを探ってみると、ミサキの気配も感じられない。
探索エリアを変更して、自宅を見てやるか。多少の距離があっても、気配を探る対象が少しでも身体的な接触があったと思うと、妙な自信が湧く。彼女の指、彼女の唇…(でへへ)
占い喫茶の方に意識をフォーカスしていくと、ミサキもアトミも店にいた。(やっぱ俺様スゲー)
二人の気配が判ったのは良いが、その近くに妖しげな…あの烏や鳩と同系列の気配も感じる。おまけに、あのカラオケボックスで二人の前髪に被さっていた蜘蛛の巣みたいな何かが店全体を覆っている。そんなイメージが拭えない。
これは行って確かめねば…と、落ち着かない竜斗。
昼休みにでも学校を飛び出して駆けつけようかとも思ったが、姉妹二人とも店を出る気配は無いものの、普通に息が出来ている感じだったので、放課後まで我慢した。
その放課後。
「ちょっと倉城さん見に行こうと思うんだけど、トオルも行く?」
「オフコース」
二人で占い喫茶を訪ねた。
竜斗がイメージした通り、店全体が見えない何かに覆われている。
そのままでは入り辛い感じがするので、カラオケボックスで姉妹に施したように、目の前の邪気を祓う竜斗。二本指で弾くには大き過ぎたので、今回は両手を使い、店のドアの前で暖簾を振り分けるような格好になった。
すると、その何かは引き裂かれ、裂け目の処から火が付いて一気に燃え広がるような感じで、あっという間に消えてしまった。実際に発火したわけではないが、予想外に劇的な変化に驚く竜斗。
(ちょっと掻き分けるだけのつもりだったんだけどな・・・)
恐る恐るドアを開けると、ミサキが出迎えた。
「ありがとう、竜斗君」
竜斗を見つめるミサキの目が充血している。
(ヤバい。吸い込まれそうだ。てか吸い込まれたい)
彼女の瞳の妖しい引力に耐えながら竜斗は、どうやら彼女は自分が来るのを予知したらしいと悟った。
「いらっしゃい。まあ入って」
アトミがカウンターの奥から声をかけた。
カウンター席に腰を降ろす竜斗。その隣にトオルが座る。
「きょう学校休んでて、気になって来てみたらね・・・」
「おととい竜斗くんが払ってくれたアレみたいなのが店に被さってたのね」
今さっきの俺の記憶が見えたんだな。
「今日も払ってくれて有難う。ドリンク、サービスにするわ」
「そりゃども。けど、これで本当に良かったのかな。あんな簡単に消し飛ぶとは思わなかったもんで…」
「結果オーライみたいよ。何だが頭がハッキリしてきたわ。ついさっきまで空気が重たかったのが、急に軽くなった感じ…」
ミサキもカウンターに入り、竜斗とトオルの前に氷水の入ったグラスを置いた。
「竜斗君アイスコーヒーで良い?」
「オス。それで」
「トオル君は?」
「ボクもオナジのにしまス」
「二人とも目が赤いみたいだけど、寝不足?」
竜斗の問いにミサキが答えた。
「そう、姉さんは変な夢見ちゃって、つきあった私も寝てなくて、今日は学校に行っても寝てしまいそうだったんで、休んじゃった」
「変な夢…か」
「目に隈が出来ちゃってて酷かったけど、たぶん明日は大丈夫よ」
「ところで、この店の2階で、鳥か何か飼ってたりする?」
学校で見かけた妖しい鳩に似た気配が気になる竜斗だ。
「あれは、ぅうちのぉお母さんが、変な趣味というか特技というか『鳥寄せ』みたいなことをして、部屋に鳩とか烏とか入ることがあるのよ。恥ずかしいから知られたくなかったんだけど」
アトミが弁明する。確かに『鳥寄せ』ができて部屋に入れることもできる。実際には自分が鳥に「入って」部屋を出たりすることが多いのだが、それは秘密だ。
「君達のお母さんだから多少は特別な能力を持ってても驚かないけど、二階の鳥っぽい気配が、ちょっとだけ邪気を含んでるみたいなんでね」
邪気を持った何かが出入りしていることと、アトミが『変な夢』を見たことと何か関係しているとしたら・・・
「俺は真似事だけど、俺より祖父ちゃんの方が邪気を祓うのが得意みたいでね」
「祓魔師みたいね」
「もし、気になるんだったら相談してみても良いかなって思ったんだけど」
「もしかしたら御願いするかも。ありがとう」
未だ母の正体を明かす勇気が出ない姉妹である。ミサキも『また今日みたいなことがあったらお願い』と言いそうになったが、言えなかった。
母は今、たまたま二階で休憩中だが、いつ店に降りて来るか解らない。竜斗と対面してしまったらと思うと落ち着かない娘達である。
この、恥を晒したくないという想いに付け込み、閉ざされた心に取り憑いた呪いのようなものが家を覆っていたのだろうと、アトミは薄々気づき始めてはいる。
心を閉ざしてしまったのは、悪夢に耽溺し、それ以上のことを知るのを恐れたからだったが、竜斗の技で呪いが破られたことで、悪夢に浸ることを止める気になった。
絶望するのは未だ早い。謎は残されている。
力を失っていたアトミの目に光が戻って来るのが解った竜斗は、
「何だか良く解んないけど、もう大丈夫そだね。んじゃ帰るわ」
そう言って席を立つ。アトミが礼を言った。
「また助けられたみたい。本当に有難う」
レジでミサキから、
「ありがとうございました。今日はサービスです」
それ以外の言葉は無いが、眼差しが熱く語っている。
また会いたい、縋り付きたい。
「ご馳走様ぁ」
竜斗も縋り付かれたかったのだが、手を握るぐらいは良いかなと思って出した手を小さく振っただけで別れた。
名残り惜しげに竜斗達を見送りながらも、彼が母と対面しなかったことに安堵する姉妹だった。
店の二階で休憩していた母ミヤは、急に家の空気が変わったように感じるのが不思議で落ち着かない。
「クルッポゥ」
鳩のように首を動かしてキョロキョロするばかりだった。
「アイスコーヒー」は和製英語で、米国では何年か前まで珍しかったそうですが、最近になって米国★タバでも飲めるようになったとか。




