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魔女の館

 土曜日の夜が過ぎ、日曜日の朝が来た。


 アトミは、昨日みたことが夢ではなかったか、目が覚めたら忘れていないか不安だった。

 竜斗に払ってもらった何かが、また取り憑いて邪魔していないか心配だったけれど、どうやら大丈夫みたいだ。


 姉が妹に話しかける。

「昨日のこと覚えてる?」

 ミサキがうなづく。

「竜斗君とのことは忘れないだろうけど・・・」


 幻視した未来は、ミサキ自身の記憶に残らないが、忘れる前にアトミが読み取って後で内容を教えてある。


「あの未来が訪れないように」

「違う未来を見つけるために」

「謎を解きに行くわよ」

「私達あきらめない」



 祖母に会おう。今まで会っても見ようとしなかったけれども、いつまでも目を背け続けていては始まらない。

 どうやって祖父が廃人と化し、父が事故死に至ったのか、会えば解るかも知れない。真実が語られることが無くても、アトミが見れば解る。謎を解く(いとぐち)ぐらいは掴みたい。


 祖母がいる施設に電話して面会を予約する。



 喫茶店の隣にある老人ホーム『メゾン・ド・ソルシエール』。

 ラブホテルを改装してできた介護施設だが、ラブホの前は老舗旅館『倉城屋』だった。その温泉宿の女将が、かつて『魔女』と噂された倉城ミヨ、姉妹の祖母だ。

 娘を生んだとき高齢だった彼女は、孫達が高校生になる頃、自身が施設入所可能な年齢になっていた。

 昨年まで施設を経営するNPO法人の理事長に収まっていたが、現在は自身が設立に携わった施設最上階の一角にある特別室に引き篭っている。


 施設の玄関はバリアフリー設計だが、入居者の徘徊対策のため、内部の職員にロック解除してもらわないと出入りできない。

 アトミがインターホンのボタンを押す。

「お早うございます。倉城です」

「はい・・・どうぞ、お入りください」

 遠隔操作で解錠されてから自動ドアが開く。

 職員の一人が出迎える。元理事長秘書で管理人兼務、自称雑用係の女性だ。

「お祖母様がお待ちです。エレベーターの方へどうぞ」



 こういう施設の中は、ある意味で異世界のようなものだ。

 外界から隔離された空間。入居者達の多くは自力で外出できなかったり、外出できても自力で帰れなかったりする。

 止まってしまう時間。古い記憶の中を彷徨う人達に、新しい記憶は留まることなく消え去って行く。



 

 定員4名ほどのエレベーターが4Fに着いた。


 西洋の城を模したラブホの面影が残る建物の最上階、尖塔のような外観で、窓から姉妹の住む喫茶店が見下ろせる。


 特別室のドアを元理事長秘書がノックする。

「失礼します」

 

 ホテルのスイートのような、バスルーム付きの広い部屋だ。

 来客用のテーブルとソファがあり、椅子に祖母が座っていた。


 アトミとミサキが挨拶する。

「お早うございます」

「お久しぶりです。お祖母様」

「よく来たね。まあお座り」

 ソファに腰を下ろすアトミとミサキ。


「よく来れたねぇ・・・ここまで自力で来れたということは、それなりに力がついたと思って良いんだろうね」

 祖母は意味ありげに言った。

 何か結界のようなものをアトミ達が破って来たとでも言うのだろうか。

 きのう竜斗に『封印』を解いてもらった影響が大きいと思うのだが。


 元秘書さんが紅茶を入れてくれた。

「ごゆっくり」

 彼女が立ち去り、ドアが閉められた後、アトミは祖母に向き直った。



「今日は、お祖母様に教えて頂きたいことがあって来ました」

「私に教わると言うより、確かめに来たんじゃないのかい?」


「私達も男友達と付き合うような年頃になってきたので、お祖母様から聞いておかなきゃいけないことがあるんじゃないかと思って…」

「男との付き合い方かい?ミヤは何て言ってるんだい?」

「あまり上品じゃない言い方で『早く食ってしまえ』みたいな…」

 祖母は泣くのか笑うのか判らないような表情を見せる。


「私から言うことは…ないね。お前たち二人いれば、大抵のことは解るだろう」

「昨日ミサキは見たの。付き合う男が将来どうなるか…」

 アトミは祖母の反応を注意深く観察しながら話を続ける。

「私は思ったの。私達の父親も、お母さんの父親も、同じだったんだじゃないかないかって…」


 少しの沈黙があって、祖母が言った。

「お前が思ったことは多分、その通りさ」

「どうしてそうなるのか、教えてくれないの?」

「そういう運命としか、言いようが無いさね」

 嘘は言っていないが、肝心なことも言っていない。

 そういう運命を招いたのは何?


未来(ミク)ちゃんのお父さんのことも気になるんだけど」

「それは私も知らない。何処の誰で、生きてるのか死んでるのかも」

「ミクちゃんのお母さんのことも…」

「・・・知ってたのかい。お前なら解って当たり前だろうけど」


 祖母はテーブルの下から一冊の本を取り出し、そこに挟まっていた一枚の写真をアトミ達に見せた。

 同じ顔の女性が二人、其々が同じような顔の赤ちゃんを抱いている。

「左の、お前を抱いてるのがミヤで、右の、ミサキを抱いてるのが未由さ」

「母さんの双子の妹で、ミクちゃんの本当のお母さんね」

 若い頃の母と、同じ顔の未由。その微かな違いをアトミは読み取ろうとする。


「ミヤは運命に逆らわなかったけれど、未由は違ってた…」

「逆らわなかったら、死なずにすんだの?」 

 すべて運命なら、運命に逆らったのも運命のうち?

 それとも、違う運命を選ぶことも出来たのかしら…


「・・・さあね。よく解らないわね」

 祖母はもう、これ以上のことを白状するつもりは無さそうだ。


「大事な写真を見せてくれて有難う」

「もう良いのかい?」

「えぇ、今日は店に戻ります」

「ごきげんよう、お祖母様」


 二人は特別室を出た。


 アトミの力では古い記憶まで詳しく読み取ることができないが、言っていることが本当か嘘かぐらいは解る。


 概ね予想通り、祖母は嘘を言わなかったが、重要なことも話さなかった。

 あの婆ぁ、いつか正体を暴いてやる。


 未由の写真を見れたのは収穫だった。

 ミヤが捨てたものを未由は捨てなかった。

 自分達の母は父を犠牲にしたが、ミクの母は恐らく、自身を犠牲にしたのではないだろうか。


 下りのエレベータの中。

「ねえミサキ、近いうちに未由さんと」

「うん、お話しできるような気がする」


 二人が施設の玄関を出て喫茶店に向かうと、路上にミクがしゃがんでいるのが見えた。いつもの白い猫もいた。


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