カラオケBOXで
ジムやファミレスのあるショッピングモールを離れ、歩いて数分の場所にカラオケボックスがある。
トオルがマイクを握ってアニソンを歌っている。
外国人が日本のアニメを語学教材として活用するのは珍しくないが、トオルは日本語学習という目的を忘れてアニメ鑑賞が趣味になっており、立派なオタクである。
♪あ~あ~おとこのぉひとってぇ~
幾つも愛を持っているのね・・・って、昭和アニメかよ。
あのアニメも幼馴染がシノブって名前だったっけ。
こっちは虎縞ビキニの雷娘が飛んで来たりしないけど。
竜斗は双子姉妹に挟まれて座っている。ミサキは恥じらいながらも竜斗に寄り添い、上目遣いで彼の横顔を見つめる。
「あの、この前は・・・」
音楽のせいでミサキの声が聞こえづらい。
「えっ?」
竜斗は耳を彼女の顔に近づける。
(顔近っ)
このまま彼女の唇が竜斗の顔のどこかに触れてしまいそうな距離だ。
「この前は突然ごめんなさい」
「あぁ、あの時は・・・」
あのときダイビングしたミサキを抱き止め、彼女の胸に竜斗の顔が埋まったのだったが。
「ビックリしたけど、謝ってくれなくても、まあ」
ご馳走様でしたというか・・・思い出すと鼻血が心配だ。
カラオケが次の予約済み曲に切り替わり、トオルが続けて歌い始める。
サンバのリズム。あの、私は水道水・・・とか歌う曲だ。
夢で見た、露出の多い衣装で踊るミサキを思い出させる。
メールで送信されてきたミサキの写真も刺激的だったが、今リアルに目の前に彼女の顔があり、視線を落とすと胸の谷間も・・・あぁ、大丈夫か鼻血。
俺は今、あの時の親父のような、だらしない顔をしていないか?そんなことを思ったりしなければ、俺はもっと積極的にナンパしてるんだろうか?
♪トントン、ストトトン!
カラオケのパーカッションが響いた。
『サンバ水道水』を歌い終えたトオルが竜斗達の方を見て笑う。
「それでわ、あとわ、わかいものドウシで・・・」
昭和の見合いかよ!それにトオル同い年だろ!
「そうね。お二人に任せましょうか・・・」
アトミさんまで何ですか、そのノリは。
「トオル君サイコー。期待以上に空気読み過ぎ」
アトミは笑いながらトオルと共に部屋を出て行ってしまう。
苦笑する竜斗がミサキと顔を見合わせる。
竜斗を見つめる瞳が潤んでいる。
そっと目を閉じるミサキ。
(え?えっ?これって・・・)
キスか何かしなければ間が持たない流れなのか?
ここは覚悟を決めざるを得ないのかと改めてミサキの顔を見た竜斗だが、何か微妙に違和感を感じる。
ミサキの前髪。見えない蜘蛛の巣のようなものが被さっている気がしてならない。
学校の中庭で撃ち落とした鳩ほどでもないが、微かな邪気を感じる。
「ごめん、ちょっと髪にゴミみたいなのが・・・」
竜斗は口の中で呪文を唱え、両手の指先に指先に意識を集中する。集めたエネルギーを更に右手人差し指と中指に送り込むようにイメージ。その二本指でミサキの前髪を横に弾いてみる。
軽い電撃のような感触があった。パチッと静電気が来たような衝撃に驚くミサキ。直後、一瞬にして幻影の渦が彼女を襲った。
「ごめん、ビビった?」
ミサキは固まっている。見開かれた目から涙が滲み出てくる。
「・・・えっ?・・・もしもし、ミサキさん?」
竜斗がミサキの肩を軽く叩くが、彼女は動かない。言葉も出ない。
竜斗は振り返って、ドアの方を見る。さっきから室内の様子を窺うアトミの気配を察知していた。
異変に気付いたアトミが飛び込んで来る。
「ミサキったら、こんなときに・・・」
アトミは駆け寄ってミサキの顔を覗き込む。
「心配しないで。こういう発作なんだけど、すぐに戻るから」
嘘は言っていない。医者が診れば、癲癇発作の一種で痙攣の無いタイプと説明するだろう。ただし、彼女の意識は日常と異なる時間の中だ。
アトミは更に妹に顔を近づけ、瞳に映ったものを読み取ろうとする。のめり込むと姉も意識が混濁しかねないのでギリギリのところで我に帰る。
「竜斗君、お願い。さっきミサキにやったのを私にも」
振り返ったアトミを竜斗が見ると、確かに彼女の前髪にも蜘蛛の巣みたいなのが被さっているように見える。促されるまま、二本指に気合いを込めて彼女の前髪を祓ってみる。
軽い衝撃と共に、一瞬にして『封印』が破られ『魔眼』が解放された。
そう表現することが竜斗には最も理解しやすい現象が起きたのだ。
封印とは、見たくないものを見ようとしない姉妹の想いと、都合の悪いことは見せまいとする何者かの思惑で出来た呪いのようなもの。それが取り払われた今、アトミは悟った。
ミサキは竜斗と親密になりたかったが、二人が深い関係に陥った後やがて訪れる未来を見てしまった。
互いを貪ることに耽り、女は情欲に溺れ、男は魂が蝕まれる。やがて子を身籠る頃、男の精神は荒廃して家に籠るか、外を彷徨って不慮の事故に遭う。
そうやって自分達の父も命を失い、母の父は心を失った。これが何者による呪いなのかは未だ謎だけれど・・・。
ミサキの意識が戻ってきた。
トオルも部屋に戻ってきた。トイレに行っている間に何が起きたか知らない。ミサキが涙ぐんでいるのに気付いて首をかしげる。
竜斗も何が起こったのか十分わかっていない。
「俺が変なことしたせいでミサキさんの体調が崩れたのかな」
「いいえ、たまに起きる発作なの。気にしないで」
竜斗が発作の引金を引いたと言えるのだが、そうしなければ、愛した人を失う悲劇という、望まない未来を招いていたかもしれない。だから、むしろキスしなくて良かった。して欲しかったのだけれど。




