『美魔女』のジム
『OKXフィットネス』・・・衣里がインストラクターをしているジムである。
入り口には彼女の見事なフォームのハイキックを撮したポスターが貼られている。
『OKX』とは『オシカド・カラテ・エクササイズ』で、元は衣里の兄すなわち竜斗の父が格闘技イベントで優勝した後に始めたジムだ。開業当初は入門者も多かったが、暴力事件に関わった修太朗の謹慎以来しばらくは廃れていた。
渡米してインストラクターとして成功した衣里が帰国、実年齢に見えない『美魔女』として有名になり、ジムもリニューアルされてショッピングモールの一角に移転、今は主婦やOLに人気である。
衣里自身は午後のレッスンを担当し、専らダイエット志望の主婦を指導している。女子学生が訪れる土曜日には無料体験も受け付けている。
竜斗は土曜の夕方、小遣い稼ぎにバイトさせてもらっている。小学生相手に空手の形をベースにした体操を指導する。小児のメタボ対策やらストレス解消といった需要があるのだ。
土曜日、衣里の息子トオルに予約してもらっていた倉城姉妹がジムを訪れた。受付で確認の後、体験コースの説明を受け、更衣室に案内される。
二人とも髪を後ろで括り、いつもよりは前髪が顔に被らないようにし、暗い印象を持たれないよう気を遣っている。アトミは眼鏡を外してコンタクトレンズにした。実は二人とも瞳の色や大きさが右と左で僅かに違うのをカラーコンタクトで隠している。
ジムで新体操のようなレオタードを着ている受講者はいない。基本的にTシャツにスパッツである。
(代わりにスクール水着を・・・というエロいボケは無いが、ともかく着替えシーンである・・・)
ミサキの課題はバストアップ、アトミはヒップアップということになっている。
ジムのフロアは壁が鏡張りで、受講者は自分の姿勢や動作を確かめながらレッスンを受けられる。
ジャズィな音楽が流れ、レッスンが始まる。
衣里が登場し、受講者たちを前に、空手の試合前のようなポーズで挨拶する。
「よろしくお願いします」
「ハーイ、よろしく。体験コースの人も一緒に体うごかして」
「お腹に力入れて息はいて、深呼吸」
「お尻に力入れて背中のばして、エイ、ヤア・・・声出して!」
ジャズダンスに空手の動きを織り込んだようなエクササイズを衣里が実演する。正拳突き、体を捻って左右へ突き、前蹴り、横蹴り、後蹴り、回し蹴り・・・と、次第に動作が大きくなってゆく。
それを受講生らが真似るわけだが、ローキック、右、左、ミドルキック・・・、ハイキック・・・、スピンキックとアクションがエスカレートしてゆき、最後のバックスピンキックまで着いてこれる者は少ない。
初心者の二人は酸欠状態だが、衣里は楽しそうに笑っていて息の乱れも少ない。
アトミには自分達の母親と彼女が同世代と思えない。その引き締まったボディは、あの弛んだ肉塊とは別の生き物だ。
喘いでいる二人に爽やかな笑顔の衣里が声をかける。
「どう?良い汗かいた?」
「はぁ、はい、体を動かすと、心がポジティブに、なる気がします」
「解ってるじゃない。もうワンセットやってく?」
「いえ、今日は、もう、イッパイイッパイ・・・」
「そう?学生割引もあるから、良かったらまた来てね」
「ぁありがとう、ございましたっ」
二人は衣里に礼を言い、更衣室に戻る。シャワールームも使えると既に案内されている。
(マンガならサービスカット、アニメなら御約束?、シャワーシーンだ)
アトミが自分の下腹の肉をつまんでみる。
「あのカァさんみたいにならないためには・・・」
ミサキは自分の胸を片手で持ち上げてみる。
「運動したほうが良いんだろうけどね」
衣里のレッスンは2セットめに入り、跳び蹴りのような動きも加わって激しさを増し、ドスン、ドスンとフロアに音を響かせていた。
二人がジムを出たところで竜斗が向かって来るのが見えた。
運動してアドレナリンを放出した後の高揚感か、二人は肉食系女子モードにシフトしている。
竜斗にはミサキの視線が熱い。汗を流して火照った体から放射熱を浴びせて来る。シャワーを浴びた後の蒸気と共に漂ってくる彼女達のフェロモンのせいか、目眩を覚える。
「私達これからショッピングしてくるけど、後でよろしくね」
「ォオッス。俺もこれから汗流してくるわ」
塾帰りのような子供達がジムに集まってきており、竜斗と挨拶を交わす。
「オーッス」
竜斗が小学生相手のレッスンを終えた後、トオルも合流して近くのファミレスで待ち合わせることになっている。
肉食系にシフトした二人は情欲を物欲にスイッチしてショッピングに赴く。待ち合わせ時刻が迫れば物欲は食欲に、そして食後は再び情欲に切り換わるのだが、彼女達の生態は男子には謎である。
竜斗がレッスンを終え、約束していたファミレスに行くと、倉城姉妹とトオルがテーブルに着いて待っていた。
ミサキ達が店内にいる気配を、竜斗は察知できていた。
女子二人は肉食系の緊張を維持し、竜斗も運動後の高揚感でそれなりのテンションを帯びている。
ミサキは少し恥じらい、竜斗は何か照れ臭そうにする。男子と女子の反応を興味深げに観察するトオルは、別のテンションで盛り上がる。
ミサキと竜斗が互いを意識しているのは見え見えなのだが、双方とも話しかける切欠が掴めず、アトミとトオルの会話が先行する。
「トオルくんはインストラクターやらないの?」
「いまシュギョウチュウでス」
「まだアクションが素人っぽいんだよな」
他愛の無い会話で間を繋ぎながら食事も終わる頃、アトミが食後のプランを提案した。
「このあとカラオケでも行かない?」
「オゥ、ケァラオゥケィ・ボークス、いきたいでス」
アトミの計算どおりである。




