ミサキとアトミ
倉城ミサキには秘密があった。予知能力。生まれつき左目の視力が劣っていたが、その左目で未来が見える。事故などの危険を直前に察知して無意識に回避するといったことは、彼女にとって日常だ。
突然うしろから飛来した野球のボールを避けたのも、僅かな未来が見えたからだった。見えた硬球の軌跡に重ならないよう、咄嗟に身体を捩っただけだった。
特異な能力によって危機を免れるところを、他人に目撃されたことに気づいた彼女は思わず「ゃば・・・」と呟いていた。ヤバいのは、彼女の秘密の一端を見られた事だけではなかった。
目撃者である同世代の男子と目があった瞬間、幻影の洪水が彼女を襲った。それが彼女にとって『ヤバい』ものだったのだ。
見られちゃった、どうしよう。あの男子が近寄って来る、そして・・・でも・・・きっと・・・ドキドキする・・・これって・・・?。
期待と不安が入り乱れ、思考が混乱するミサキを、一足先に帰宅しかけていた姉のアトミが迎える。
「あら、何だか顔が紅いわね」
倉城アトミ。ミサキとは双子の姉妹で、妹と同じように顔半分が前髪で覆われる。左目が隠れた妹とは鏡写しのように、右目が隠れている。姉は妹に歩み寄り、互いの額と額を合わせ、右目で妹の左目を覗き込む。
(アニメであれば、二人の瞳に光る魔方陣が浮かび、回転を始めるところである。)
姉にも秘密の能力があった。過去を読み取る右眼。人や物や場所に秘められた過去を見ることができる。さっき妹が見た内容も読み取ることができる。そうやって予知が共有されるのだが、予知に伴う感覚や感情も共有されてしまう。
「うちのクラスのリュウト君ね。空手とかやってて、格好いいじゃない。どうする?もうすぐ向こうから来るみたいだけど」
「どうする・・・って、なるようにしかならないでしょ?」
独り言のように呟きながら、合わせていた額と額を離す二人。未だ頬が紅らんでいる妹を見て姉は微笑む。ミサキが見た幻影の記憶は曖昧なものとなり、無意識の底に沈んでゆくが、やがて自分たちを巻き込んでゆく数奇な運命への漠然とした予感は消えない。
ミサキは予知した内容を数分で忘れてしまう。メモしようと思っても寝惚けたようになって字も書けない。忘れるまでは思考が混乱して言葉も出ない。書いたり話したりできる頃には忘れている。無理に思い出そうとすると激しい眠気に襲われる。夢の中で思い出すこともあるが、目覚めるともう記憶が無い。
アトミの能力にも問題があった。過去を読むことに集中し過ぎると、その過去に関わった人の情念に共鳴し、あたかも霊に取り憑かれたようになってしまい、脱け出せなくなる恐れがあった。妹の記憶を読むときも、妹の混乱や眠りが姉に伝染する危険性があった。正気を失なうと読み取った内容の記憶も失われる。
能力を解放すると狂気や眠りに陥る恐れがあるので、二人とも片方の眼を閉じる癖がついた。姉は右、妹は左、それぞれ顔半分を髪で隠すようになった。そんなせいで容貌に劣等感を抱き、恋愛には消極的になってしまう。恋を諦めるには未だ若すぎるという想いもあるが、見たくない過去や未来が見えてしまうことへの怯えもある。
彼女達が帰る先に、西洋のお城のような外観の洋館が建っている。一見、ラブホと見間違われそうだが、実は老人ホームである。かつては本当に宿泊施設だった。
昔は『倉城屋』という老舗旅館で、巷では『魔女の館』と呼ばれていたこともある。『魔女』とはミサキ達の祖母のことで、独特な妖しい雰囲気が漂う旅館の女将という噂だった。
噂を逆手にとって『魔女の館』という名のラブホテルに改装したこともあるが、更に改装して介護施設となり、同じ敷地内に『ウィッチハウス 』という喫茶店を開業したという。
現在の喫茶はミサキ達の母が経営している。
母と娘達は店の二階で暮らし、娘達はバイトがわりに店を手伝って小遣いを稼ぐことになっていた。祖母の代からサービスで占いをして客を楽しませていたが、占い師としては娘達は見習い中である。彼女達の能力を解放すれば過去も未来もお見通しなのだが、やり過ぎると客を恐がらせてしまう。
ミサキが中学生のとき、友達に請われて何度か占った。よく当たると評判になったが、失恋とか敗北とか的中させ、忌み嫌われるようになってしまった。以来、占うときは、あえて具体的に表現せず、曖昧な暗示に留め、『救いの無い占い』や『助言の無い予言』をしないように努めている。