女王を手玉に取った男
寝ぼけ眼で登校する竜斗の背中を、トオルが叩こうとする。
今日も間一髪で躱す竜斗。
そして、今朝も木刀を担いだ幼馴染の足音が迫ってくる。
「よぉ、竜斗」
「あぁ、お早う、シノブさん」
以前のように『ノブ』と呼ぶのが気恥ずかしい。
「もうミサキをオカズにしたのか?」
「な何を朝から・・・」
竜斗を見る忍撫の眼差しが熱い。
「次はオレをオカズにしろ!」
「あ、あの、風紀委員さん・・・」
明るく爽やかに何おっしゃってるんですか?
「ヘェィ、シノブ。もしかしてオカズのイミがチガウかも」
そうか、誰かが忍撫に俗語の意味を間違って教えたとか。
たぶん「一緒に食事する」ぐらいの意味と勘違いしてる。
トオル鋭い。が、相変わらず日本語の知識が偏っている。
「改めて意味を確かめたほうがいいかも・・・」
「そうか?よくわからんが、またなっ」
走り去る忍撫。見事な天然ポジティブだ。
教室に入ると、アトミが先に来ていた。
「あら竜斗君、お早う。昨夜のオカズはどうだった?」
声のトーンが低い。きっと倉城さんは分かって言ってる。
「忘れました」
「副食にも主菜と副菜があるわよね、ミサキと矢的さん、どっちがメイン?」
やっぱり俗語の意味を理解している。
「意味不明です」
「副食にするより、いっそ主食にしたい?いただいちゃう?」
「もう勘弁してくれ」
「からかうみたいなこと言って御免ね。冗談はさておき」
やっぱりからかってたんだ。
「今度ホントにミサキと食事しない?いきなり二人きりじゃなく、私やトオルくんも一緒に」
ハードル下げて来た。
「オゥ、ソレ、イイネ!リュウト、レツゴゥ!」
トオルが親指を立てている。
「まあ、構わないけど」
「土曜日のさ、フィットネスで竜斗君のクラスが終わった後とか、一緒できない?ジムの近くにファミレスとかあったよね?」
「ボクわオゥケィでス」
日本式のOKサインは出さない米国人。
「了解」
躊躇いながらも同意する竜斗。
小さくガッツポーズしたアトミが囁く。
「じゃぁそぅゆぅことで。汗かいてフェロモンムンムンのミサキをよろしくね」
終始アトミのペースみたいな。
教室に入って来た伊部舞と目が合った。
少し緊張した様子で挨拶してきた。
「お早うございます、竜斗様」
「オッス」(・・・って、なぜ敬語?『竜斗様』って何?)
アトミは舞から竜斗への羨望と畏敬の念を感じる。
アトミのほうをチラ見して自分の席に向かう舞。
その視線から敵意を読みとるアトミ。
「竜斗君、きのう矢的さんに勝っちゃったわよね」
「まあな」
「それって、かなりセンセーショナルなことかも」
「そうか?」
「全校生徒が彼女に頭が上がらなかったそうよ」
「忍撫にか?」
「ミサキみたいにジャンケンでならまだしも、素手で木刀に勝ったってなると」
「逆に木刀持たされた方がプレッシャーって見方もできるんだけどな」
「一夜にして校内ヒエラルキーの頂点ね、竜斗サマ」
「冗談やめてほしい。俺まだ高1だぞ」
「矢的さんも高1から『成高の女王』と呼ばれてたそうよ」
冗談ではなく、竜斗は『女王を手玉に取った男』として噂されることになる。
男前の女王。
彼女を慕う伊部舞や山岡花ら親衛隊の面々は悔しがりもするし、妬みもする。
しかし、惚れてしまわれた女王様の御気持ちも尊重せねばなるまい。
伊部舞から見て、忍撫様の御相手として竜斗が相応しくないとは言い切れない。
見た目も性格も悪くない。忍撫様ご自身が強いと認めた幼馴染。
御本人がお気に入りとあらば、もう支持するしかない。
女王の心を奪った男以上に憎むべきは、女王の御相手を奪おうとする女であろう・・・ということで、倉城姉妹は再び、親衛隊から敵視されることになった。
隣のクラスでは、ミサキの背中を山岡花が睨んでいる。
何だこいつは。ふざけた真似を。
忍撫様が幼馴染の男子と親しくされているところへ割り込んで来て、ジャンケンで勝った方が先に食事?
それだけで飽き足らず、その男子を誘惑するなんて、風紀委員でなきゃシメてやるのに。
だいたい、乳で男を惑わそうとするなんてロクな女じゃねぇ。デカチチ爆発しろ!
乳の件はともかく、表立って竜斗と接触し辛くなってしまったミサキだが、密かに期待に胸を脹らませている。
姉の提案を竜斗が断る予兆は無い。
土曜日の夜は更に彼との距離が縮まるだろうか。