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幼馴染と勝負

「遠慮せずに来い。騒ぎになる前に秒殺するから」


 竜斗に声をかけられ、忍撫が笑顔で答える。

「それは此方(こっち)の台詞だ」


 ポニーテールの女子部員達が遠巻きに見守る中、剣道場裏の通路の行き止まりになった場所で、互いに間合いを取って向き合い、一礼する二人。


 忍撫が木刀を構える。竜斗は防具も着けず、手ぶらでスタスタと歩み寄る。

 木刀が竜斗に触れれば忍撫、それ以外の接触は竜斗が勝ちというゲーム。

 木刀を持った剣道の有段者相手に素手で挑むとは、まさか「無刀取り」でも見せてくれるというのか?

 相手の腕が伸びれば小手を狙い、小手を(かわ)されれば突き、半身になって突きを躱すならそのまま横薙ぎか袈裟斬りにしてくれよう。

 殺傷するつもりはないが、勢い余って剣先が急所に入れば危険だ。それでも竜斗は無造作に間合いを詰めて来る。


 後退せず、回り込むような足運びで間合いを保つ竜斗。自身の呼吸を抑え、相手の息を読む。今日の竜斗は力の動きが気の流れとして見えるので太刀筋が読めている。

 瞬発力に勝る男子を相手にするからハンデを与える意味で持たせた木刀だが、実は一定の重量を負荷することで物理的に加速度を制限する手枷(てかせ)ともなりうる。

 失敗を恐れなければ太刀筋を見切って踏み込むことは不可能ではない。竜斗は躊躇わない。


 勝敗が決するのに時間は掛からなかった。


 忍撫の目には一瞬、竜斗が消えたように見えた。気が付けば、元の残像からブレるように飛び出して来た男に左手首を掴まれている。

 古武術の鍛錬を毎日している竜斗は、間一髪で木刀を掻い潜り、右手で(すく)い上げるように忍撫の左手を取っていた。この時点で勝負ありだが、勢いで彼女の左手は木刀を握ったまま突き上げられ、右手は木刀から離れている。

 彼女の上腹部に竜斗の左掌が軽く当てられている。この掌が体重を乗せた当て身だったら(あばら)を打ち抜き肺を破ってるかも、小太刀だったら心臓貫いてるかもよ・・・という意味である。

 ドヤ顔で竜斗が囁く。

「納得いかないなら、もう一回やっても良いぜ」


 目を丸くしていた忍撫が自身の完敗を悟る。

 関節を極められ動けない左手が木刀を離した。


「オレの負けだ・・・悔しいが、嬉しいぞ。竜斗、お前は強い」


 忍撫の鳩尾に当てられていた竜斗の左手の上から、彼女の右手が(かぶ)さる。

 竜斗の指先に、彼女の鼓動が感じられる。

 瞳が潤み、頬が紅らんでいる。


「もう婿になれとは言わん。竜斗、オレを嫁にしろ」


「って、・・・」

 どう突っ込んだら良いか分からない竜斗。突っ込んだら負けのような気もする。

 勝ったはずなのに、何か違う意味で負けているみたいな。


 肉体的ダメージを負わなかったが「ハートを射貫かれた」忍撫。

 竜斗に手を取られ、遠目にはダンスでもしているように見える。よく見ると違うのだが。

 手首の関節技が解除された忍撫の左手が竜斗の背中に回る。


 成り行きを見守っていた伊部舞や山岡花らが騒いでいる。

 校内無敵だったはずの忍撫の剣に屈しない男子が出現した。

 その男子を見つめる忍撫が、お星様キラキラの瞳で、お花を背負(しょ)っちゃってる状態。


 忍撫が更に身体を寄せてくる。腹は筋肉質だが胸は高反発素材だ・・・などと感触を堪能してる場合ではない竜斗。


「あ、あの・・・これ以上は不味いんと違いますか、風紀委員さん」


 はっと我に返り、恥じらう忍撫。

 キャーキャーと沸き上がるポニテ軍団に混じってトオルがヒューヒューと囃し立てる。

 その後ろに、双子の姉妹。

 ミサキはポカンと口をあけ、アトミは苦笑している。


「あ、倉城さん。いつの間に・・・」

 竜斗の言葉を耳にした忍撫が、姉妹の方に目をやる。右手は竜斗の左手を掴んだままである。


「どっちかがミサキとやらか。竜斗はオレがもらうぞ」

 そんなことを言う忍撫の手を振りほどいた竜斗が、

「負けたんだから、そういう言い方は無しということで」

「ダメか?・・・よし、竜斗も未だ若いからな、特別に(めかけ)を持っても良い。その代わり正妻はオレだ」


 竜斗は唖然となる。どこまでもフリーダムな忍撫には何を言っても無駄だったのか?

 「婿」は禁句にしたが、「嫁」とか「妻」「妾」「愛人」もNGワードのリストに入れるために、もう一勝負すべきなのだろうか?


「ちょっと待った!」


 意外なことに、アトミが進み出てきた。


「矢的忍撫さん、私は倉城アトミ。ミサキの姉です」

「おぅ?なるほど、つまり向こうがミサキとやらか」


「一方的に『嫁』とか『正妻』とか言われて、竜斗君が困ってるみたいだけど」

「何か不都合があるのか?」

「ミサキも付き合ってもいないうちからメカケ扱いは無いと思うの」


 ここで更に意外なことを言うアトミ。


「今度はミサキと勝負しない?」

「どんな勝負だ?」

 『勝負』という言葉(ワード)に反応してしまう忍撫の属性をアトミは読んでいる。

「先に竜斗君と食事する権利を賭けて」

「つまりデートか!」

 忍撫が尚更に瞳を輝かせる。


「どっちが勝とうが、竜斗君は断って良いのよ。当然だけど」

(そりゃそうだ)竜斗が頷く。


「それで、何で勝負するのだ?」

「流石に剣道じゃ無理だけど、ジャンケンならミサキは誰にも負けないわ」

「ジャンケンはオレも得意だぞ」

「先に三連勝した方が勝ち。どう?」

「良いだろう。その勝負、乗った」


(当人を置いてけ放りにして、この展開は何?)


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