選択教科(武道)の時間
午後の授業開始のチャイム。竜斗とトオルは柔道場、倉城姉妹は剣道場にいる。
祖父に古流柔術の手解きを受けている竜斗とトオルは、柔道部員に準じた扱いで、技をかけられる見本の役を任されたりする。乱取になると、受身の稽古のつもりで投げ技を食らっている。
本気になれば体格に優る相手でも転がす自信がある竜斗だが、うっかり小手挫のような関節技やら当身技が出ないよう封印している。
祖父のように襟を取らせて手放しで転がすような達人技の真似は流石に無理なのだが、見えない気配に敏感になった竜斗は「気の流れ」が読めるように感じている。
乱取の相手が予測どおりの動きをする。目を瞑っていても勝てそうな気がしてきた。露骨に両目を閉じるをフザケるなとか言われそうなので、そっと片方だけ半眼にしてみる。大丈夫だ。両目半眼でもいける。
(俺って凄い!)
浮かれ気分でいたら足を払われそうになった。
片方半眼で見ていると、ふとミサキのことに思い及ぶ。彼女も、こんなふうに気が読めるんじゃないか?あの『魔眼』で。
そう言えば、彼女はいま剣道やってるんだっけ?武道とかの経験は無いって話だったけど、まぁ、体育で習う程度はノーカンってことか。どんな剣道やるのか見てみたいもんだが・・・。
その頃、剣道場では、倉城姉妹を含む高1女子らが竹刀を振っていた。
交替で打ち込む稽古をしながら、互いの防具の面越しに無言の対話をする姉妹。
「何だか見られてるわ。隣の組かな」
「剣道部員のペアね。二人ともミサキを見てるわ」
「少し敵意のようなものを感じるんだけど」
「彼女達の先輩がミサキを気にしてて、それが気に入らないみたいだわ」
隣の「彼女達」とは山岡花と伊部舞。
二人とも剣道部員で風紀委員。矢的忍撫の熱狂的ファンである。
昼休みに、舞が忍撫から声をかけられた。憧れの先輩の前で緊張する舞。
「よぉ、舞」
「はっ、忍撫様」
「ちょっと訊きたいんだが・・・」
「はっ、何でございましょう?」
「今の1年の女子で剣道が強そうなのはいないか?」
「さぁ、それほどできそうなのは見当たらないかと・・・」
「ミサキってのは知ってるか?」
「あ、はい。隣の、花のクラスにいます。自分のクラスに双子の姉がいますが」
「そいつ、剣道はできるのか?」
「え?、体育の授業では目立ってなかったと思いますが、彼女が何か?」
「いや、俺のム…知り合いが、そいつと俺を勝負させたいみたいなことを言ってたんでな」
つい『俺の婿』と言いそうになった忍撫だが、そんなことを言うと舞や花が騒ぐと思って言葉を濁す。何か引っかかるものを感じる舞だが、無理に先輩を追求ような真似は憚られる。
「そ、そうですか。これから剣道の授業で一緒になるはずですんで、見ておきます」
「おぉ、どれほどの剣筋か、また教えてくれ、じゃあな」
・・・と言うような会話があって、剣道場で花と合流する舞。
「忍撫様が、そうおっしゃたのですか?」
「そう。どうして倉城さんなんか・・・」
「その『知り合い』の方っていうのも誰なのか気になります」
憧れの先輩と会話できて少し舞い上がってしまい、『知り合い』が誰で先輩とどういう関係なのかまでは聞けなかったことを悔やむ舞。花と共に、訝しげにミサキのほうを見る。
姉妹揃って顔半分を前髪で隠し、見ようによっては少し不気味な、謎めいた雰囲気が以前からあった。
強さを隠しているのかもしれないけれど、竹刀捌きも足運びも不安定で、初心者レベルを上回っているようには見えない。声が腹から出ていないし、全く気合が乗っていない。
体育系の部活をやっている者を除き、女子の大半は御世辞にも気合いの入った声が出ているとは言い難い。アニメ声みたいなのは未だマシで、鼻から空気が漏れるような弱々しい発声しかできない者もいる。
倉城姉妹は元々大声が出るほうではない。おまけに妹のミサキは時々寝惚けたような声になる。
「ェィ」「ィャァ」
あんな慣れ合いの稽古をしていて、忍撫様と勝負だなんて百万年早いわ!放課後の部活で忍撫様に会ったら『先輩の御相手になるようには見えません』と報告しよう。もう、腹が立ってきた。
憤りを打ち払おうとするかのように気合の篭った声を出す舞と花。
「ンメーン!」「ォドーォ!」
(面倒で面白いことになりそうなのね)
舞と花から敵意を感じ、時おり嫉妬心や憎悪の感情を読み取ってしまうアトミ。こちらから望んだわけでもない勝負に誘い込まれることを予感するミサキ。妹の予感を即座に読む姉であった。
新キャラ「山岡花」は某朝ドラとは無関係です。
(あちらは、村岡花…さんです)
部員A→舞陰影→・・・→御影→花崗→花山岡という連想からヒネリ出してたりします。イベマイさんは「部員B」に由来。