地下施設の光
ミーレンス大陸 トゥイナ街
A.M.1.35
ビーストは、小うるさいトムを振り切った後、一人で夜の施設を見て回っていた。要塞と化したこの建物は、コアと呼ばれ、アローの中枢部としての役割をになっていた。一階を玄関ホールとし、その上にアロースターの訓練所や、会議フロア、実験フロア等、アローにとって重要なものばかりが詰まっている。もちろん警備はかなり厳重だ。そして、この要塞施設を囲むように、街が形成されている。周りをフェンスで仕切られている巨大な街、トゥイナ街だ。
ビーストは、木製の螺旋階段を登り、三番目のフロアに入った。そのフロアは、アロースターの訓練所だった。ビーストはアロースターが訓練している場所より10mほど高いところに設置してある、コンクリートの橋の上を歩いていた。橋の中央では、訓練の指揮をしている長官が、目の前に来て初めてビーストの存在に気付き、慌てて敬礼した。
「ご苦労な事だな、ゴスパル長官。こんな夜中に」ビーストは、10m下で訓練をしているアロースターを見ながら言った。
「いえ、閣下。私はいつもの様に、あいつらを鍛えているだけでございます」ゴスパル長官は、敬礼をしながら、怒声に近い声で答えた。
「そうか」
全身黒の防弾服を着ているゴスパル長官は、まるでカバのような体型をしていて、もう何年も運動をしていないのは、見ればあきらかだった。よく見ると、長官の足が小刻みに震えている。 アロースターを率いる者としては、似つかわしくない風体だった。今日にでもこいつを辞めさせるか。ビーストはそう思っていた。
長官の声で、ようやくビーストがいることに気づいたのか、訓練をしていたアロースター達が、一斉に敬礼をしてきた。ビーストは、訓練を続けろと叫び、訓練の様子を監察した。アロースター達が横一列に並び、ゴム弾を装填した拳銃で、あるシンボルマークが描かれている的を狙い撃ちしている。そのシンボルマークは、ブラックアウト以前に、大陸を支配していた政府組織のマークらしい。
元々、アローではその名の通り、弓矢を基本的な武器として使用していた。その時ビーストは、まだアローのリーダーではなかった。アダムという男がリーダーだった。だが、ビーストが事故に見せかけて殺した。それからは、基本的な武器を弓矢から銃に変えた。アローの名前はそのままに、組織の多くを改変したのだ。銃を使うアロースターも、その時生まれた。今では、弓矢の時代が懐かしくも感じるが・・・。
ビーストはフロアを出ると、そのまま自分が住んでいるフロアに行こうとしたが、ふと思い直して、螺旋階段を降りた。静まりかえった玄関ホールを通り、暗闇に隠れている、固い扉の前に立った。ビーストは鍵を開けて中に入り、扉を閉めた。 ここは立ち入り禁止とされている。入れるのは、ビーストと数少ない人間だけだ。中に入ると、地下へ続く階段があった。とても長く、終わりが見えなかった。ビーストは手探りで階段を下り、ようやくお目当ての物に触れた。扉だ。その扉だけ他のどの扉とも違う雰囲気をしていた。分厚いコンクリートでできているのだ。ビーストは隠されていたパネルを開き、暗証番号を入力し、網膜スキャンを通過して扉を開けた。
扉の向こうは光に包まれていた。
電球が光り輝き、巨大なフロアを照らしていた。フロアの中には、白衣をきた研究員達が、それぞれの作業をしていた。火花が飛び散り、機械音が辺りに響いていた。フロアの端には、数台のエネルギー推進小型飛行ジェット機が置かれていて、中央には、ブルーシートを被せられた、巨大な球体があった。
数年前の資源消失で、エネルギーはおろか、電力までもが消え失せた。だが、この地下フロアだけは違った。エネルギーを使うことができた。それが、アローが大陸を支配することができた一番の要因であり、ビーストがリーダーとなった真実でもあった。
ビーストが来ても、研究員達は何も言わない。それでよかった。研究員達は、上にいるアロースター達のように堅苦しくならなくていいのだ。
ビーストが、フロアの中央に行き、球体にかかっているブルーシートを剥がそうとした時、突然フロアの扉から、トムが駆け込んできた。
「ビースト、ビースト司令官」トムはバタバタ走りながら、ビーストのいる中央まできた。「臨時集会の内容、これでいいでしょうか」
トムは、数枚の資料をビーストに渡した。ビーストは資料を受けとり、いぶかしみながらトムを見た。
「それだけで、こんなに急いできたのか?」
「それと...」トムは呼吸を整えてから言った。「緊急事態です」