不死身の薬
デスミオス島 アミルヤ地区
A.M.1.30
ダイアーは、呼び鈴が鳴る音がしたので、玄関のドアを開け、男を部屋に招き入れた。男の名は、ベン•サーグ。ダイアーのかかりつけの医師だ。
「まったく。こんな夜中に人を呼び出して」ベンはコートを玄関のハンガーにかけながら、いやみたらしく言った。「たかが首の引っかき傷ぐらいで」
「そんなこと言わないでくださいよ。こんな夜中に来てくれるのは、あなたぐらいしかいないんですから」
「褒め言葉としてうけとっておくよ」
ダイアーは、ベンをリビングに案内し、ベッドの横の椅子に彼を座らせ、自分はベッドに腰掛けた。
ベンは座るなり、ダイアーの首を調べ始めた。医師のつける白衣などのようなものは一切つけず、てきぱきと首のあざを消毒し、ガーゼをつける。ダイアーは、これには既に慣れていた。いつものことだった。
「それにしても、首の傷ぐらいで医者を呼んで、なにかあったのか?」ベンは、ダイアーの首にガーゼを貼り終えてから言った。
そう聞かれ、ダイアーは、一瞬言葉に迷った。本当に彼に教えていいのか。なにか、まずいことでもおきないだろうか。だが、ベンは自分が信頼している数少ない人間の1人だった。ベンになら話しても大丈夫だろう。
ダイアーはそういう結論に達した。
「実は、あなたを呼んだのには理由があるんです」
「首が痛いっていう以外に?今度はどこが痛いんだ」ベンは自分のジョークにほくそ笑んだ。
ダイアーはベンのくだらないジョークを無視して話し始めた。「今朝の7時、島の北西部にある私の研究施設にきてください。そこである実験を行うのです」
「なんの実験だ?」
ダイアーは、少し間をおいてから言った。「人体実験です」
ダイアーはそう言うと、立ち上がり、リビングの端のクローゼットを開けた。中の衣服をハンガーから外し、クローゼットの奥のもう一枚の扉を見つけた。
ベンは椅子から立ち上がった。「おい、一体なにを始めようって言うんだね」
「まあ見ててください」ダイアーは、扉に暗証番号を入力し、カードを差し込んだ。「きっとあなたは目を疑うはずだ」
扉を開けると、中から冷気が流れでてきた。中にはダイアーの肩ぐらいの高さに、透明な液体が入った小瓶が三つ、置かれていた。ダイアーはそのうちの一つを手にとり、扉を閉めた。
「それはなんだね」ベンは、その得体のしれない液体を見ていった。
「それより、あれを見てください」ダイアーは、部屋のネットモニターの隣りに置いてある、透明なケースに入ったラットを指差した。
「ラットがどうしたんだ」ベンは、言われたとおり、ラットを見て言った。
ダイアーは、ケースに近づき、中にいるラットを手にとった。そして、ラットを床に下ろした。ラットは、床に着地した瞬間、リビングを駆け抜け、逃げだした。
「なにしてるんだ、ラットが逃げるぞ!」ベンが慌てて叫んだ。
「ご心配なく!」
ダイアーはそう言うと、部屋の壁に掛かっていた歴史あるナイフを手にとり、走りさるラットに向かって投げた。ナイフは空気を切って飛び、見事にラットの腹を貫き、床にラットもろとも突き刺さった。しばらくすると、ダイアーは自慢気に、呆然とするベンに向き直った。
「昔、投げナイフの訓練を受けたことがありましてね」
ダイアーは、死んだラットに近づき、刺さっているナイフを抜きとった。固まっているベンにラットを見せる。
「君は...なんてことを」ベンはラットを見ず、ダイアーを嫌悪の目で見つめた。「私は医者として、今のことを見逃すわけには...」
「いいから見てください」
ベンは、嫌々ラットの死体を見た。最初はドクドクと血が流れでていた。だが、だんだんと血が止まり、やがて傷口が緑色に変色し始めた。そして、傷口が完全に塞がり、ラットの目に光が戻った。
「驚いたな...」ベンは思わずつぶやいた。
ラットは、既にダイアーの手のひらで、元気よく動き回っていた。逃げだそうとしたので、ダイアーが急いでつかみ、ケースにそっと戻す。
「今のは先日、この薬を投与したラットです」そう言い、ダイアーはポケットから小瓶を取り出す。「不死身の薬ですよ」
「だが、まさかそんな...」ベンは、完全に取り乱していた。
「そして、今日不死身の薬を、始めて人体に投与します」ダイアーは、真っ直ぐベンの目を見据えた。「被験者は私だ」