エピローグ
──放課後。
ミソラのクラス担任にして軽音部顧問のケイコは、ある場所に向かって走っていた。
「はぁ、はぁ、今日は職員会議があるのに、何なのよもうっ!」
ある場所というのは、校庭の隅にある一本の巨木。その樹の下で告白をすると恋が叶うという伝説の樹の下だ。
『今日の放課後、伝説の樹の下で待ってます──藤咲ミソラ』
そんなイタズラとしか思えない手紙を受け取ったケイコは、無視する事も出来ずにこうして走っている次第だ。
「ぜぇ、ぜぇ、来たわよ藤咲さん! 姿を見せなさい!」
伝説の樹の下で、ケイコは息も絶え絶えになって叫ぶ。すると、
「ケイコ先生……私のために、わざわざ走って来てくれたんだね」
巨木の陰から、薄く頬を染めた藤咲ミソラが現れた。
「アナタのためじゃなくて、職員会議に遅れないために走って来たのよ!」
「ど、怒鳴らないで下さいよぉ。大人ならもっと心に余裕を持った方がカッコいいですよ?」
「それはいいアドバイスね。でも今は時間に余裕がないの。用があるなら、さっさと済ませてくれないかしら」
腰に手を当てて急かすケイコに、ミソラはおずおずと歩み寄った。
「ケイコ先生……これ、受け取って下さい!」
そう言って差し出されたのは、真っ白な封筒。中央に貼られた可愛らしいハート型の封緘紙を見れば、封筒の中身が何であるかは簡単に推測出来る。
「こっ……これ、ら、らららっ、ラブレター!? だ、ダメよ藤咲さん! 教師と教え子が、しかも女同士って……」
「中身、絶対に読んで下さいね! それじゃっ!」
真っ赤になった顔を両手で隠し、ミソラは脱兎のごとくその場から走り去っていった。
「ど、どうしよう……藤咲さんてばワタシの事、そういう風に見ていたの?」
戸惑うケイコは深呼吸して気を静めつつ、緊張の面持ちで封筒の中身を取り出しにかかる。職員会議の事など、ケイコの頭からはすっかり消えていた。
「…………やられたわ」
封筒の中身に目を落とし、ケイコはニヤリと笑みを浮かべる。
「あのイタズラっ子め……ようやくその気になったか」
封筒の中身は、当然ながらラブレターではなかった。
では封筒の中にあったものは何だったのか。それは──軽音部の入部届。ケイコはそれを丁寧に畳み直して、封筒に戻す。
「文化祭まで時間が無いわ。ふふ……これから忙しくなりそうね」
今まで不在だった、軽音部のギタリスト。必要な時にはケイコ自らギターを弾いたが、これからは違う。
栗山高校一のエンターテイナー・藤咲ミソラが、響き合う孤高の音色で学園を、未来を、鮮やかに彩っていくのだから──。
この小説を見つけてここまでご閲読下さった方、本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした。
『道化師ミソラのソリチュード』は、これにてフェルマータを付けさせていただきます。読者様の心に、何か一つでも響くものを残せたのなら幸いです。
今回はニコニコ動画との連動企画だったので、もしかしたら少しは反響があるかもと内心期待していたのですが……特に何もなかったですね。
でもいいんです。書きたいから書いたんです。活動報告にもある通り、後悔はしてません……おっと目にゴミが(ゴシゴシ)……はい、もうダイジョウブです。
……さて。ここから先はあとがきを利用しまして、前々から機会があったら言ってみたいと思っていた事を書いていきます。
この小説が『初音ミク Project DIVA f』のエディットPVを元ネタとしている事は先に述べた通りですが、そのPVに使用した楽曲『ピエロ』を皆様はご存知でしょうか?
『ピエロ』とは、KEIさんによる初音ミクのオリジナル曲で、ニコニコ動画にて視聴出来ます。動画ページ→sm11224129。
ここからが本題。この楽曲を聴いた時、多くの方が“サーカスのピエロ”と“客席の少女”をそのままイメージしてしまっているのではないでしょうか。あまつさえ「最後にピエロは死んだの?」などという的外れなコメントも動画やWikiで見かけます。
この曲を聴いてサーカスのピエロをそっくりそのままイメージしてしまうのは間違いで、楽曲が持つ本来の意図を半分程度しか理解出来ていない、というのが僕の見解です。
KEIさんが書く詩の特徴として、巧みな比喩表現があります。僕は、この『ピエロ』もまた高度な比喩表現、特に“隠喩”を駆使して書かれた詩だと思っています。
つまり、サーカスのピエロ=等身大の僕であり、客席の少女=僕の側にいる大切な人(家族だったり、恋人だったり、あるいはこれから僕の前に現れるであろう大切な人)と置き換える事で、この楽曲の本当の姿が見えてくるのです。
順を追って僕なりに置き換えますと、
お月様みたいなボールの上=地球上どこでも、僕の暮らす僕の街。
バランスをとって=家族・友人・学校の先生・会社の上司・同僚との人間関係の維持向上、勉強や部活、仕事、趣味、目標に取り組む事。
派手に転んだりしちゃって=失敗やら挫折やらの意。
笑われるのが僕の仕事=親に怒られる、先生に叱られる、上司に怒鳴られる、友人や同僚に馬鹿にされる、誰からも相手にされない、などなど。
……と、このように解釈出来ると思います。
それでも笑顔を絶やさずピエロのように日々を過ごしている僕。そんな僕を見て、少女が言います。
辛かったら泣いていいし、悔しかったら怒ってもいいし、苦しければ立ち止まってもいい、そんなような励ましの言葉を。
無理をして虚勢や見栄を張っていた僕は少女の言葉を受けて、自分に嘘をつく必要はないんだと気付いた──全体の流れとしてはこんな感じでしょうか。
もちろん僕の解釈が正しいという保証はありません。KEIさん本人に確認を取った訳ではないですし。なので、「ふーん、そんな解釈の仕方もあるのかー」くらいに思ってもらえれば結構かと思います。
長くなりましたが、結局何が言いたかったかと申しますと、『ピエロ』はいい曲だなぁ……と小説を書きながら改めて思ったという事です。
この曲を聴いて「優しい歌」だと感じた僕は、きっと“ピエロ”の一人なのでしょう。
今後も心が揺さ振られるような何かに出会った時は、衝動的に小説を書くかもしれません。その時はまた、よろしくお願い致します。
2012年 10月26日 明智烏兎