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道化師は消えていなくなった

 夕日が照らす屋上に、私はわたしと、二人きり……って、あれ? 何か違うな。

 夕日が照らす屋上に、私とあの子は、一人きり……って、また何か変。でも、何かもうそれで合ってるような気がして来た。

 思った以上に緊張してるみたい。そりゃそうだ。初めて人前で、演奏するんだから。

 屋上の隅っこに置かれたベンチが客席。そこに座って微笑む女の子が、今日の観客だ。

 私の緊張を感じ取ったのか、女の子が何かを言っている。でも、よく聞き取れなかった。


(大丈夫……大丈夫……)


 心の中で自分にそう言い聞かせる。少女に向かって一礼すると、私は恐る恐るピックで弦を撫でた。

 か細く震える、弱々しい音。でも、それで分かった。私にも、音が出せるって事が。


 吹っ切れたようにギターを掻き鳴らす。

 決して巧くはないだろう。だけど、私にしか出せない音だ。


(歌え、私のギター!)


 隠してきた本心が、押し殺してきた情熱が、抑圧された衝動が、旋律となって屋上を駆け巡る。


(叫べ、私のギター!)


 奏でる楽曲は、唯一無二のオリジナル。私は端から、誰かを真似るつもりなんてなかったんだから。


(吼えろ、私だけのギター!!)


 オレンジ色の空を見上げる。どこまでも高い空。天井知らずの世界。

 どれだけ手を伸ばしても、指先が掠る事すらないだろう。だって、私には翼が無い。翼を持っているのは、一部の天才だけ。翼を持たない私なんかじゃ、あんなに高いところまで届くはずがない。


(違う……高いと思うから遠いんだ。それなら見方を変えればいい)


 この空は、深い。どこまでも深い空。底無しの世界。

 飛び上がるための翼なんか要らない。必要なのは、飛び下りるための勇気。ただそれだけ。

 この空に飛び込めば、きっとどこまでだって行ける。

 だから私は、落ちていく。この空の底まで。

 落ちていけミソラ。この空の、一番深いところまで。


 私は少女の方を見る。私と目が合うと、少女は笑った。破顔一笑、喜色満面。どれだけの人を笑わせても決して見る事が出来なかった、最高の笑顔。

 私も笑った。得意の作り笑いじゃない、心からの笑顔。私は今、あの子と同じ顔で、笑えているのかな。

 そしていよいよ、演奏も終わりを迎える。私は晴れやかな気持ちのままゆっくりと息を整え、


「いえーいっ、あっりがとー!」


 ベンチに座る少女にサムズアップで感謝の気持ちを伝える。


「……って、あれ?」


 しかし、そこに少女の姿はなかった。おかしいな、ついさっきまで絶対ここに座ってたのに。

 屋上を見回しても、少女の影すら見つからない。嘘、私ってば夢でも見てたのかな……そう思いかけた時、


「ミソラ」


 背後から、私を呼ぶ声がした。


「おお! いつのまにそんなところに? 瞬間移動でもしたのかい?」

「ふふっ……そうだと言ったら、あなたは信じる?」


 そんな冗談を返してくる少女は、笑顔のままでこう言った。


「それじゃわたし、もう行くね」


 突然の、別れの言葉。私はその言葉が、家に帰るとかそういう気軽な意味ではない事を本能的に感じ取った。


「待って! ……ねぇ、最後に教えてよ。君は一体、誰なの?」


 聞くまでもない。私はもう、彼女の正体に気付いている。だからこれは、答え合わせみたいなものだ。


「わたしは私。あの時、あなたが生み出した……道化師ミソラだよ」


 少女の体が透けて、夕日が私の視界を奪う。かざした掌の隙間から見たその場所から、彼女は綺麗さっぱり消え去った。

 不思議な出来事だった。夢だったのかもしれない。幻だったのかもしれない。私の事だから、単なる妄想だった可能性もある。


「でも、消えずに残ったモノもある」


 私は右の掌を見つめる。そう、私はギターを弾いた。それも人前で……いや、それは違うか。

 結局私は、また独りだったんだ。誰も私のギターなんか聴いてなかった。だけど、何でだろう。ギターを弾いている間は不思議と孤独だとは思わなかった。

 もしかしたら音楽っていうのは誰かに聴かせるモノじゃなくて、自分に聴かせるモノなんじゃないだろうか。自分の中に響かせようとして鳴らした音。でも音はその性質上、外へ外へと広がっていく。それを人が耳にして、共感し、共鳴し、さらに遠くまで伝わっていく。

 この考えが私の負け惜しみとか強がりじゃないのだとしたら、観客はいつでもそばに、必ず一人は居てくれる事になる。自分という、たった一人の観客が。

 だからと言って、自分一人の世界に閉じ籠もっているだけでいいとは思わない。共感し、共鳴してくれる人々がいる事で初めて、音は楽しいモノになるんだから。


「今からでも、遅くない……よね?」


 橙色から紺色へと変わりつつある空を見上げる。

 私の孤独は、孤高へと昇華した。今なら分かる。この胸のソリチュードはシンパシーを求めて、ずっとずっと、震えていたんだって──。

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