仮面の下の素顔を見せて
「イェーイッ! 藤咲ミソラの、スーパーエアギタアアァァァーーーッッ!!」
ステージ中央に立ったわたしは、激しくステップを踏んでホウキを掻き鳴らす。
「やっほーみんなっ! 盛り上がってるーー!?」
MAITOの天才的な演奏の後に始まった、突然の茶番。客席のテンションは正直微妙な感じになってしまった。
「ほらほら、曲を掛けてくれなきゃ! カレーのちアイス! MAITOのスーパーテクを、わたしがエアギターで再現しちゃうよ!」
「三年九組の藤咲さん、ですよね? 演目はギターソロライブってなってるけど……」
目を丸くして私を見上げる司会者に、私はウインクして応える。
「そんなの中止中止! MAITOの演奏を聴いたら、魂が揺さ振られちゃった! あの興奮を、まだ終わらせたくはないでしょ、みんなぁ!!」
わたしの問い掛けに返って来たのは、「おおぉーー!!」という大きな歓声。よし、火はまだ消えてない!
スピーカーから爆音で流れ出す、パンキッシュなバンドサウンド。MAITOが置いて行った残り火は、たったそれだけで火山が噴火するように燃え上がった。
「よっしゃあああっ! 激辛激甘のハーモニーで、ぶっちぎってやるぜぇぇーーーーッッ!!」
頭の中は、とてもクリアだった。MAITOの演奏はさっき見た一回だけだったけど、自分でも驚くほど体が動く。ホウキの柄で空を切り裂き、格闘家のように脚を振り上げ、人の目では追えないほどの高速ピッキング。
時間の流れが緩やかになり、空間が狭まる感覚。このステージは今、わたしが掌握した。客席の全てが見渡せる。観客全員の表情が手に取るように分かる。今なら、観客の心さえ意のままに操れるだろう。
(何やってるんだ、わたしは)
「いいぞミソラー! 上手い上手い!」
客席は大盛り上がり。満足のいくステージだ。
(こんなはずじゃ、なかったのに……)
「超ウケる! MAITOそっくりじゃね!?」
でも、こんなステージに納得はいかない。わたしはみんなに、わたしのギターを聴いて欲しかったのに。下手でもいいから、わたしのギターで、笑顔になって欲しかったのに。
笑い声が聞こえる。みんなみんな、わたしを見て笑ってる。そしてわたしも……笑っていた。
(何だよこれ……こんなのまるで、“ピエロ”じゃないか)
わたしは、ギターを裏切った。誇りを守るために、誇りを捨てたんだ。
わたしにはもう、ギターを手にする資格なんて、ない。
そう、わたしは──道化師ミソラだ──。
☆ ○ ◇
「……と、そういう訳なの。君も私を笑えばいいよ。それが私の、仕事なんだから」
中学時代の苦い記憶。独白を終えて、私は少女の顔を見下ろした。すると、
「えっ!? ちょっと、何で泣いてるの?」
少女は、涙を流して私を見上げていた。
「違う違う、ここは笑うところでしょー? バカな奴だなって、笑うところ!」
「笑わないよ。すごく辛くて、悲しい話。それなのに、何であなたは笑ってるの?」
その言葉に、私は笑いながらこう答える。
「私は多分、もう涙を使い切っちゃったんだよ」
「だったら、わたしが泣いてあげる。わたしは、私だから」
意味が良く分からない台詞を言いながら、少女は私の胸に縋りついて泣きじゃくった。
ひとしきり泣いて落ち着くまで、私は少女の髪をずっとずっと撫で続けてあげた。
少女の体が離れる頃、私の心の奥にあった疼きが、嘘みたいに消えていた。
「ねぇミソラ。これ以上、自分に嘘はつかないで」
「自分に……嘘を?」
数え切れないほど嘘を重ねて来た私が、今さら本気で打ち込めるものなんてあるの?
「ミソラはギターを捨ててない。だからギターも、ミソラを捨てたりしてないよ」
「それこそ嘘だよ。私はあの時から一度も、ギターと本気で向き合って来なかったんだから」
「向き合わなくても、繋がってた。ミソラはエアギターに、いつも自分の姿を思い描いて来たんだから」
もしもあの時、あのステージで、ギターを弾けていたら……そんな理想を、私はいつも、エアギターを通して見ていたんだ。
「……屋上に……」
もう一度だけ。
「私のギターがそんなに聴きたきゃ、屋上までついて来ぉぉーーいっ!」
もう一度だけ夢を描けるなら。
私はもう……二度と嘘をついたりはしない。