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ソリチュード

 全くもう……ケイコ先生ってば、私がギターやってたら何だって言うの? そりゃーね、まだ続けてますよ。無駄だと分かっててもやめられないものってあるでしょ。


「ん? ……おぉ、あの子! 今日も出会えるとは!」


 教室に戻る途中の廊下で、昨日の不思議少女にばったり出くわした。


「ちょっとちょっと君。高校は基本的に部外者立ち入り禁止なんだから、あんまり堂々としてるとつまみ出されるよ?」

「……大丈夫」


 おぉ、普通に反応してきた! 何だい何だい? 二日目にしてもうデレちゃったのかな?


「ふふふ、また君に会えたら絶対リベンジしようと思ってたんだよ。君の表情筋を私がしっかりビルドアップしてあげるね。今日は得意のエアギターで」

「やめてっ!!」


 うわビックリした。いきなり大声出すなんて、どうしちゃったのさ。


「お願い。それが一番見たくないの」


 それって……エアギターの事? くっ、この子ホントに弁えてるね。私の十八番を真っ先に封じてくるとは……。


「う~ん……そっちの言い分は分かったけど、私もさ、見たくないんだよね。君の悲しそうな顔」


 エアギターを封じられては打つ手なし。今回は負けを認めて、次回に繋がる何かを掴もう。転んでもただでは起きない……それが藤咲ミソラという女さ。


「君、どうしたら笑ってくれるの?」

「…………」


 う、ストレート過ぎたかな。というかコレを聞き出せちゃったら次回の勝ちは約束されたも同然だ。答えてくれる訳ないよね。


「ごめんごめん、じゃあ質問を変えるね。……君、どうしてそんなに悲しそうな顔してるの?」

「……あなたが……嘘をつくから」

「嘘? 私が? 君に? ついたっけ?」

「…………」


 無言の肯定。少女はまた、あの悲しそうな目で私を見上げてくる。


「もう、嘘はつかないで」

「…………あ、あはは! 何言ってるの? 私は嘘なんてついてないよ。正直者と評判のミソラちゃんに対して、その物言いは失礼千万ですぞ!」


 さすがの私も、見知らぬ女の子から嘘つき呼ばわりされちゃ黙ってられないね。


「どうして……」


 すると少女の目には見る見るうちに涙が溜まって、


「そんな嘘つくの……?」


 溢れた滴が、頬を伝った。

 泣かせてしまった。笑わそうと思っていたのに、逆に泣かせてしまった。こんなはずじゃ、なかったのに……。

 少女は無言で背を向ける。そして昨日と同じように、私の前から去っていった。



「う~ん……悪い事しちゃったなぁ」


 教室に戻って来た私は、窓際に立って思案する。都合がいい事に、教室には私以外に誰も居ない。物思いに耽るには、絶好の静けさだった。

 なぜあの子は泣いたのか。なぜ私を嘘つきと言うのか。その答えはどこにもないようでいて、すでに持っているようにも感じる。


「あの子は以前、ずっと親友だと思っていた友達に裏切られて人間不信になってしまった……とか?」


 それは違うか。彼女は人間不信というか、もっとこう……あ~分かんないなぁ。


「ファイトー、ファイトー」


 あーはいはい、いつも応援ありがとうソフテニ部……ん、そうか!


「あの子が元気になるように、応援歌を歌うとか! ふぁいとー、ふぁいとー、頑張れミソラ!」


 あ、ミソラって私じゃん。自分を応援してどうするの。えぇと、あの子の名前は……そういえば知らないなぁ。ホント何者なんだろう、あの子。


「嘘つき……嘘つきか。もしかしたら、問題を抱えてるのはあの子じゃなくて、私の方だったりして……」


 私を嘘つきと呼んだのは、あの子だけじゃない。ケイコ先生にも、嘘つきと言われたっけ。


「ギターやってるでしょって訊かれて……やってませんって答えて……嘘つきって言われて……もしかして、そういう事?」


 私はようやく、それに気付いた。いや、その言い方は違うな。『それを認めた』──多分それが正しい言い方なんだ。


「誰も居ない……よね」


 周囲に視線を走らせ、気配を探り、自分以外の存在が居ない事を確認する。


「……よし」


 私は掃除用具入れの上にいつも隠していた“ソレ”を手に取る。

 ソレは、ギターケース。その中から、愛用の真っ赤なギターを取り出した。チューニングは完璧。電池式ギターアンプと繋げたなら準備は万全だ。ギターピックを右手に構え、全ての雑念を振り払うように振り下ろす。

 響き渡る咆哮。解き放たれた音という名の牙が、無人の教室を噛み砕いていく。待ち焦がれた覚醒の瞬間に、私の指先は火花を散らして弦を鳴らす。

 この教室には、私しか居ない。私は一人だ。誰も私のギターを聴いちゃいない……でも、それでいい。それがいいんだ。

 ここは私の世界。誰も踏み込めない、私だけの世界だ。だから私は孤独じゃない。この感覚が、私をあの頃へと導いてくれる。純粋に、ひたすらに、ただ夢を追い続けていた、あの頃の自分へと。


「ミソラ!」


 その時、私を呼ぶ声がした。邪魔しないで。せっかく最高の気分なのに、一体誰が……って、えぇっ!?


「うっひゃああっ!?」


 だ、だだだ誰!? 私の演奏を、か、かか、勝手に聴いていたのは、誰なの!?


「ギター、弾いてくれたんだね」


 振り返ったそこにいたのは、いつも悲しそうにしていたあの少女だった。といっても、今の彼女はとても嬉しそうな顔をしているけど。

 クラスメイトじゃなかったのは良かったけど……でも、見られた。聞かれてしまった。私の惨めな姿を……恥ずかしい、音を。


「アラエッサッサ~! そいやそいやそいや~!」


 ごまかさなきゃ! そう思った私は、自分でも良く分からない内に適当な盆踊りを踊り出していた。


「はいな! ほいさ! そ~れそれそれ」

「ちょっと! 何で盆踊りなんか始めるの!?」

「ご、ごーめんよぉ、怒らないでよぉ、えへへ~……」


 目の前でプクッと頬を膨らませて拗ねる少女は、さっきまでの無口な少女とは別人のようだった。こんな風に感情的に声を荒げる事もあるんだなぁ。


「ねぇ、どうしてギターやめちゃったの?」

「い、いやぁ、知らない知らない。ギターなんか弾いてなかったし」

「……また……そうやって嘘つくんだ……」


 少女の顔が、再び悲しみに沈んでいく。ダメだ、このまま嘘をついてしまったら、またこの子を泣かせちゃう。


「わ、私はね……ギターはもう、弾けないん」

「どうして?」


 私が言い終わるより早く質問してくる少女は、私がギターを弾けない理由を、すでに知っているように思えた。


「今から二年前。中学三年の文化祭。私はそこで……」


 思い出すだけで、体が震える。悔しさに、心が潰されそうになる。そんな私の手を、目の前の少女が優しく握ってくれた。


「私はそこで……“ピエロ”になったんだ」

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