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嘘吐き

 ──次の日。

 昼休みに披露した新作エアドラムは大盛況の内に幕を閉じた。

 みんな笑った。私も笑った。何だ、あの女の子が面白くないって言うから心配してたのに……心配して損しちゃったよ。

 けどまぁ、練習不足もあってかエアドラムは私的に完成度がまだ低い。みんなに見てもらうには時期尚早だったと改めて思った。このパフォーマンスはしばらく封印して、また別のネタを考えなきゃ。


「う~ん……次は何をやろうかなぁ。鼻眼鏡とかカツラとか、小道具を持ち込んでみようかな。それなら技術の習熟を待つ必要もないし……あっ!」


 小道具を持ち込むで思い出した。ケイコ先生にピコハン返してもらってない……というより、昨日生徒指導室に行かなかった。


「あれ、でもケイコ先生、今朝普通に挨拶してくれたなぁ。何で怒ってないんだろう」


 もとより生徒指導室に行くつもりはなかったから、ケイコ先生が怒るのは想定内だった。でも、怒らないのは想定外。笑いの種が一つ減っちゃったよ。


「まぁいいや。放課後になったらドラムスティック戻しに行かなきゃだし、音楽室で嫌でも会う。それを考えれば怒ってない方がいいに決まってるよね」



 でもって放課後っと。

 私はカラオケに行こうという友人達の誘いを断り、音楽室へと足を運んだ。


「おっじゃまっしまーすっ! ……って、ありゃ? 誰も居ない」


 いつもなら軽音部のみんなが練習に励んでいる時間。誰も居ないなんておかしい。


「べ、別にお喋りに来たんじゃないし、これならこれで問題無し! さっさとコレ返して帰ろ」


 バタンッ!


「へっ?」


 物すごい音を立てて閉まったドアに驚いて、私は素早く振り返る。


「ぎゃあああっ! け、ケイコ先生!?」


 そこには、鬼の面を付けていると錯覚するほど怖い顔をしたケイコ先生が立っていた。ドアの裏に隠れて私を待ってたって事? 嫌な予感しかしないよ……。


「あら藤咲さん、音楽室に何の用?」


 ドアの前に仁王立ちになって、笑顔でそんな台詞を吐いてくるケイコ先生。もう逃げられないわよ、そんな幻聴がどこからともなく聞こえて来た。


「え、えっと……昨日生徒指導室に行けなかった事を、ケイコ先生に謝ろうと思って……」

「あらそう。ワタシね、昨日はずっと生徒指導室でアナタが来るのを待ってたのよ。リンカちゃんが迎えに来ても、真っ暗になっても、ずっとね」

「う……ご、ごめんなさい」

「いいのよ、どうせ来ないと思ってたし。こうして謝りに来てくれただけでも、先生嬉しいわ」


 謝りに来たというのは、咄嗟に思いついた出任せだ。罪悪感で胸が痛いよぉ……。


「と、ところで、部員の皆さんはどちらへ?」

「それがね、昨日からドラムスティックが見当たらなくて……仕方ないから今日は帰ってもらったの」


 そんな……私のせいだ。私の悪ふざけのせいで、流先輩達にこんな迷惑がかかるなんて。


「藤咲さん、心当たりはないかしら……あら? その手に持ってるのって、もしかして」

「あぁぁ! これっ、これはですねっ、さっきそこで拾いまして!」

「そこってどこ?」

「え!? えーとえーと……あっ、すぐそこのトイレです! もう、レム君ったらトイレに行って置き忘れるなんて、おっちょこちょいなんだからぁ」

「あら藤咲さん、男子トイレに入る習慣でもあるの?」

「にょわああっ!? ないない、ないです! あれれ? ど、どこで拾ったのか、ちょっと思い出せないなぁ~……」

「あら、そうなの? まぁいいわ、とにかくありがとう」

「ど、どう致しましてぇ。…………じゃ、私はこれで」


 そう言って音楽室を出ようとしても、ケイコ先生は仁王立ちを維持したままで道を空けてくれる様子はない。


「あ、あのぉ~……ケイコ先生が退いてくれない事には」

「ねぇ藤咲さん」

「は、はぃぃ!」


 私の両肩をがっちりと掴んだケイコ先生が、ぐい、と顔を近づけてくる。


「アナタ、ギターやってるでしょ」


 その質問に、ドクンと。心臓が大きく脈打った。


「やってません」


 その質問に、私は淀みなくそう答えた。


「あらそう? ……ワタシね、実はアナタのエアギターを見た事があるんだけど……素人の動きに見えなかったのよね」

「当たり前です。エアギターの神髄は、本物のアーティストのテクニカルな動きを完全再現する事ですから」

「ふぅん? じゃあ誰の動きを再現していたのかしら?」

「…………MAITOです」

「それはさすがに信じられないわ。あんなに可愛く動くMAITOなんて見た事ないもの」


 ケイコ先生はそう言うと、自分の背中の後ろに右手を隠す。そして再び差し出された右手には、日本酒の一升瓶が握られていた。うわ、すごい手品だ。


「嘘ついたらコレ千本飲ーますっ」


 唐突に、可愛らしいリズムを付けてそんな歌を口ずさむケイコ先生。って、教師が生徒に向かって何言っちゃってんの!?


「え、遠慮します! 私まだ五歳になったばかりなので!」

「あら、それを言うならワタシだってまだ七歳よ?」

「ぷぷーーっ! クスクス」

「何がおかしいのかしら?」


 めりめり。いたたたっ、肩に指が食い込んで来る!


「いえ! 思い出し笑いでっす!」


 まだ七歳よ、の破壊力に笑いを堪え切れなかった。ケイコ先生、もしかして私よりギャグのセンス高いんじゃないだろうか。


「それじゃ、もう一度訊くわね? 藤咲さん、アナタ……ギターやってるでしょ?」


 またそれか。ならもう一度、私は満面の笑みを作ってこう答える。


「やってません。さようなら」


 私はケイコ先生を振り解いて押し退けると、ドアを思い切り引っ張って開く。


「……嘘つきね」


 開いたドアが閉まる瞬間。

 ケイコ先生のそんな言葉が、聞こえないフリをして廊下を歩く私の背中に、深く深く突き刺さった。

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