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笑顔の仮面

「さぁさぁ見つけましたよ。コイツを持って退散すると致しましょうねぇ」


 私が手にしたのは、ドラムスティック。コレがあるとないじゃエアドラムの完成度が全然違うよ。栗山高校一のエンターテイナーことミソラちゃんは、どんな些細な粗も見逃さないのさ。


「レム君ごーめんよぉ。さぁてお次はエアドラムの練習練習っと」


 音楽室から出たところで、ふと足を止める。そういえば、どこで練習しようかな。自分の教室で練習してたらクラスメイトに見られるかもしれないし、ケイコ先生がいつまでも姿を見せない私を探しに来る可能性だってある。


「う~ん……あっ、普通にここでいいじゃん」


 そこは、三年生のテリトリーである校舎三階の空き教室。二階の職員室からも遠いし、誰も居ないし、一人でエアドラムの練習をするのに最適な空間と言えた。


「レッツトライ!」


 私は窓際一番後ろの席に座ってスティックを構えると、早速エアドラムに挑戦する。といっても初挑戦じゃないけどね。ちょっと前に遊びでレム君に習った事があるから、それが役に立ってるのかも。体がすんなり動いてくれるよ。


「ずんちゃ、ずんちゃ、見よ! この華麗なるエイトビートッ! ……ん?」


 その時。私は視界の端っこに見慣れない人影を見つけた。教室の一番前、窓から吹き込む風に揺れるカーテンの陰。そこには、白いスカートに青いジャケットが印象的な女の子が立っていた。

 おかしいな……最初に教室内を確認した時は、確かに誰も居なかったはずなのに。 


「…………」


 その少女は、エアドラムを続ける私を悲しそうな目でじーっと見つめて、やがて溜め息と共に窓の方へ体ごと視線を移した。

 何で……何であの子は、あんなに悲しそうな顔をしてるんだろう? あんな顔してちゃダメだ。人間いつでも笑顔が一番。それ以外は要らない。


「ふ……ここは私の出番のようだね」


 音を立てないよう細心の注意を払い、私は少女の背後へと回り込む。しめしめ、全く気付いてないよ。


「隙ありッ!!」

「きゃあっ!?」


 こっち向いてダブルチョップ、大成功。さて、このまま事情聴取に移ろうか。


「ねぇ君、名前は?」

「…………」


 黙秘か、いいだろう。


「制服じゃないところを見ると、この学校の生徒じゃないね。誰かの妹さんかな?」

「…………」


 なるほど、あくまでダンマリを決め込むという訳か。


「大丈夫大丈夫、別に私は君を追い出したりする気はないから。だから君が何者なのか、これ以上は追及しないでおくよ」

「…………」


 う、う~ん……この子、目を開けたまま寝てる訳じゃないよね?


「あ、あのさ、私がエアドラムやってるの、見てたでしょ? どう? 面白かった?」

「何が面白いの?」


 あ、やっと喋った。


「いやその……何もない場所をね、あたかもドラムセットがあるかのように叩く動きに思わずニヤリとしちゃったり、そんな感じ……」

「それのどこが面白いの?」


 て、手厳しいぃぃ~……。何てクールな子なんだ。でも負けない! こういう子を笑わせてこそ、一流のエンターテイナーというものだよ。


「よし分かった! 私も本気を出そう。君にとっておきのスーパースターダンスをお見せしようじゃないか」


 そんな事を口走る私の頭の中には、すでに笑いの設計図がドローイングされている。

 この子のような物事を冷静に分析しようとするタイプの子には、小手先の技術は通用しない。ならば!


「行っくよー!」


 ぐるぐると回転しながら距離を取る。よし、ここだ!


 ドガンッ!


「ぁいっ……たぁぁーーッ!!」


 背中から教卓に思いっきりぶつかる。くぅ、計算通りとはいえ予想以上に痛い。……だが、これなら笑う! 確実に! これこそ古今東西・老若男女問わず笑わせる、お笑いの基本技にして最終奥義、『よそ見ぶつけ』! ドヤァ!


「だ、大丈夫……?」


 普通に心配されてるー!? 冷たい子だと思ったら、めっちゃ優しい子じゃん!


「大丈夫大丈夫! 全然痛くないし! っていうかわざとだし! さぁ見て、これがスーパースターダンス! 王者のステップに酔いしれるがいい!」


 背中の痛みに耐えながら、私は一心不乱におどけて見せる。さぁどうだ? さぁ笑え!


「…………」


 女の子は最初の時よりさらに悲しそうな顔をすると、無言のまま教室から出て行ってしまった。


「あ……あらら。面白くなかったかな……おっかしいな~……あはは」


 誰も居ない教室に、空しく響く私の声。


「ファイトー、ファイトー」


 窓の外の校庭から、ソフトテニス部の声がする。私を励ましてくれてるのかな……なんて。


「そんな訳、ないじゃん……」


 空しく響くだけだと知っていても、声に出さずにはいられなかった。


「笑って……笑ってよ……そうじゃなきゃ、何のためにこんな事してるのか……分からなくなる……」


 窓に映った自分の顔は、笑っていた。まるで、他の表情を忘れてしまったかのように──。

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