プロローグ
作品紹介文でも前述した通り、この小説には元ネタがあります。もちろん内容はオリジナルですが、元ネタがある手前、遊び心で某有名キャラによく似た人物・設定を登場させるかもしれません。もし出て来てもそれらは全て『他人の空似』ですので、分かった方もそうでない方もニヤニヤしながら見守って下さると嬉しいです。
弾けるバンドサウンド。さざめく観客の声。地鳴りみたいに揺れる体育館の舞台袖で、わたしは自分の出番を待つ。
「き、緊張するぅぅぅ~~……」
体の震えが止まらない。おかしいな、わたしってこんなに小心者だったっけ? らしくないよ。わたしはいつでも勇気凛々、元気全開で生きてきたし、これからだってずっとそうなんだから。
「大丈夫、大丈夫。死ぬほど練習してきたんだもん、絶対にうまく行く。これはただの武者震いゼヨ、ねっ、相棒!」
わたしはそう言いながら、愛用する真っ赤なギターのヘッドを撫でる。ついでに自分の身だしなみも最終チェックしておこう。
白いスカート、青いジャケット、今日のわたしはカッコいいのよ! なんちゃって。はぁ……わたしは今日、何回最終チェックやったのかな。
まぁ何たって今日は年に一度の文化祭ですから。そこで初めてのギター演奏ですから。晴れ舞台に晴れ着で挑むのは当然の事。ちょっとくらい背伸びしたっていいのさ。ちなみに下着は黒。見えないところでも勝負するのが一流なのですよ。
そうこうしている内に、割れんばかりの拍手と歓声が客席から聞こえてきた。どうやら演奏が終わったみたい。
「うおぉぉ、来る……ついに来る、次はわたしの番だ……」
司会進行役の声がスピーカーから飛び出す。
「三年八組から『ニートシスターズ』で、『ふらふら時間』でしたあああぁぁぁーーー! アンコールはもちろん無し! 理由は面倒くさいから。オーケーベイベー! お前らはこんな人間になっちゃダメだぜ! さぁて本日最後は三年九組、藤咲ミソラによるギターソロ……えっ、もう着いた? まだ後一人残ってるけど……」
あれ? 司会席に突然人だかりが出来て……どうしたんだろう。何か揉めてるみたい。
「よーし、急いで準備しちゃってくれ! マジで時間ヤベーから……あっ、君はマダの子? ごめんな、ちょっと先にステージ貸してくれ」
舞台裏の非常口から、一人の男性が入って来てわたしにそう言った。
目の覚めるような赤い髪。黒のロングコートに、昔のヒーローみたいな長い赤マフラー。え、嘘、この人って……。
「き、聞けお前らぁ! ここで重大発表だ! 驚きすぎて失神するなよ? なんとなんと、我が栗山中学校文化祭に……あの超天才ギタリスト、MAITO様が降臨してくれたぜえええぇぇーーーーっ!!」
今をときめく人気ロックバンド『SCREAM』を率いる天才ギタリスト“MAITO”。な、何でMAITOがこんなところに……?
「MAITOが何故ここに!? と驚いているお前らに教えよう! 何を隠そうMAITOは、栗山中の卒業生なのだ! 今日は母校の後輩達のため、スーパー多忙にもかかわらず無理矢理来てくれたって訳だぁぁぁーーーー!」
突然のゲリラライブ。しかも現れたのはあのMAITO。客席のテンションは一気に跳ね上がり、MAITOコールが鳴り響く。それに応えるようにMAITOが舞台袖から飛び出した。
凄まじい歓声の中、曲のイントロが流れ出す。あれ? この曲って確か、昔流行ったアニメの……。
「母校の後輩諸君! みんなには今日、この曲をお届けするぜ! これは俺がギターを手に取る切っ掛けになった曲だ。俺のオリジナル楽曲を期待していた人には悪いけど、今日は原点回帰でやらせてくれよな。行くぜ……『カレーのちアイス』!」
MAITOの演奏が始まった途端、会場は今日一番の熱気に包まれた。イスに座ってる人なんて一人も居ない。満場総立ちで拳を振り上げ、声を張り上げて盛り上がる。
「すごい……これが天才ギタリストMAITOの生演奏。こんなにも攻撃的で感動的なギター、聞いた事ない……」
さっきまで緊張で震えていた体が、今は感動に打ち震えている。体中が鳥肌でとんでもない事になってるよ。歌も上手いしパフォーマンスも派手で、一秒だって目が離せない。
永遠を思わせるMAITOのゲリラライブにも、当たり前だけど終わりはある。曲が終わっても興奮冷めやらぬ会場にはアンコールの嵐が巻き起こっていた。
「サンキューみんな! でもスケジュールの都合で今日はもうお別れだ。そうだ、最後に一つ聞いてくれ! いいかみんな、夢は諦めなければいつか必ず叶う。努力は絶対に嘘をつかないんだ。だからみんなも自分にだけは嘘をつかないで、夢を追い続けてくれよな!」
うおぉぉ、なんてカッコいいんだMAITO! その言葉、しっかりと胸に刻み込んだよ。
赤いマフラーをなびかせて、MAITOが舞台袖へと帰って来る。わたしと目が合うと、MAITOは軽くウインクして言った。
「ステージの邪魔して悪かったね。取りは任せたよ、未来のライバルちゃん!」
そう言い残し、颯爽と体育館を後にするMAITO。
ライバル? わたしが? 嘘嘘、そんなの絶対あり得ないって! だってMAITOは本当にすごかったんだから。わたしが一生練習しても到底辿り着けない境地まで、もう今の時点で踏み込んじゃってる。
「そうだよ、本当にすごかった。すごすぎて、あの後に演奏する人は恥ずかしいだろうなぁ~……」
……。
…………。
…………あ、それわたしだ。
「ど……どうしよう。あんなすごい演奏の後に、一体わたしは何をすればいいって言うの……?」
わたしがMAITOより下手なのはしょうがない。そんなのみんな知ってる事だし、そんな事で客席が盛り下がったり白けたりはしないだろう。でも……。
「……弾けないよ。こんな状況で、弾ける訳ない。あんなに練習してきたのに、ただMAITOと比べられるだけのギター。誰も期待してないし、誰も楽しみにしてない」
おさまっていた震えが、再び始まった。怖い……嫌だ……悔しい……どうしてわたしが、こんな目に合うの?
「ギターの腕なら誰にも負けないなんて、そんな事思った事ない。でも、こんなんでもプライドはあったんだ。その誇りを汚したくない。今演奏したら、これまでの努力が無駄だったと思い知るだけ」
今の今まで形を潜めていた自尊心が、自分でも驚くくらい急激に成長していく。
「オーケーベイベー! テンションMAXで迎える本日最後のラッキーガール、その名は藤咲ミソラ! 最高のフィナーレを飾るのは、君だあああぁぁぁーーーーッ!!」
どうしよう……どうしよう……! このままノコノコ出て行って、失笑を買うのがわたしの役目? そんなの嫌だ! ……助けて。誰でもいいから……何でもいいから、助けてよ……。
右に左に視線が揺れる。そして、わたしは見つけた。わたしを救ってくれる、パンドラの箱を。
「掃除用具入れ……」
そうだ。あの中には“アレ”がある。きっとアレなら、今のわたしを救ってくれる。
わたしはおもむろにロッカーを開け、中から一本のホウキを手に取った。
ギターをホウキと持ち替えれば、それで準備オーケー。わたしは暗い舞台袖から、目映いばかりのステージへと、軽やかに躍り出た──。