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先生と生徒。  作者: すみちょふ。
1/5

〜なちゅらるはいっ!〜



「あーかーねー起きなさいー!」


加純は茜の部屋のドアごしから声をかける。


茜は中学三年生だが大学付属の学校に通っているため受験生ではない。

そのせいか、茜の父親に似てお昼寝を毎日欠かさない。

だが、茜は自分で起きることができず母の加純に毎日起こしてもらうのである。



「…はぁーい」


のそのそと茜はおぼつかない足取りで部屋をでた。


「朝ご飯なに…?」


茜はそう聞きながら椅子に座った。

すると加純は呆れたような声で返事した。

「なに寝ぼけてんのよー、今、夕方よ!あんた今日は塾でしょー?」


「え?うそっ!もう、そんな時間!?」


慌てて茜は立ち上がり時計をみた。

午後4時を回ったところだった。


「お母さん!今日、先生にわからないところ解説してもらう約束してたの!ご飯いらない!」


茜はそう言いながら自分の部屋に戻った。


加純は茜が『先生』という言葉を口にしたあと、自然と口元がニヤニヤしていることに気付いていた。


ニヤニヤする癖は父親の遺伝であろう。


まさか…な、と思う半面

昔の自分の思い出した。

もし、自分が想像していることが現実だったら、茜は私の似てほしくないところが似てしまったのである。

似ていないでほしいと願うと少し頭が痛くなった。


加純がいろいろと考えているうちに、茜は着替えて階段を降りてきた。


「お母さん!行ってくるねー!」


「うっ、うん…気を付けてね。」


元気な茜の声を聞くと不安にかられる加純であった。



「おい、田島。いつまで部活行くんだ?受験生なんだし、そろそろ引退しないのか?」


と、舟橋先生はかすみに声をかけた。

舟橋先生はかすみが通う塾の中でも二番目くらいに偉く、かすみの数学を担当している先生である。


「えっと…11月まであるんですよー、大会が10月31日なので…」


かすみは控えめに答えた。かすみが所属している演劇部は規模としては小さいがなかなかの実力を持った部活であるため、大会などが多く、引退ができないのである。


「ふーん、そうか……まぁ早く切り替えろよ。」


怒られると身構えていたが舟橋先生は忙しそうにそれだけ言うと個別のブースへと向かって行った。


相変わらず舟橋先生とは波長が合わないなとか考えながらかすみはそそくさと帰る準備をして外に出た。


すると、外に同級生の坂貫と高林の男子2人がかすみの帰りを待っていてくれた。


坂貫と高林とはいつも帰り道、送ってくれたりとなかなかいいやつらなのである。


「田島ー、怒られたぁ?」

坂貫は自転車を押しながら私に聞いた。


「いやー、全然。なんか部活のこと聞かれたー、」


と、答えると高林はつぶやいた。


「田島さんの部活大変っすよねー」


なぜか高林はかすみに敬語で話してくる。

かすみは高林に怖がられているのだろう。


坂貫と高林とかすみの間には秘密はなかった。

お互いの好きな人は知っていたし、3人とも口は固かった。


坂貫は思い出したようにかすみに聞いた。


「おぃ、そう言えばアイツとはどうなったんだ?」


アイツと言うのは

かすみが付き合っている

足立勇平のことだ。

勇平がかすみを小学校のころから好きで付き合い始めたがかすみは嫌気がさしていた。


「え、いや…しつこい。もう付き合ってないのも同然。メールしつこい。嫌だ。」


そう吐き捨てると坂貫は笑って言い返した。


「だったら早く別れろよ、3人とも非リア充でいいじゃんな?な?」


高林もうなずいていた。


かすみは言い返す言葉がなく黙り込んだ。

坂貫はふれと言うけど

正直、そんなに簡単な問題じゃないと、心の中で言い訳をした。


静まりかえった3人の中の空気を変えるように高林はニヤニヤしながらクラスの好きは人の話をしはじめて、話題はそれていった。

話題がそれたことにホッとしているかすみがいた。



―ピロピロリン


急に携帯が鳴った。

かすみは誰からメールが来たのかわかっていた。



『今、ファミマの前にいるよ。一緒に帰ろう。』


やはり足立勇平からだった。


だが、かすみは返信はしなかった。

坂貫と高林と一緒にいれば自分は安全だとわかっていたからだ。


「アイツから…?」


さすが坂貫である。

かすみはだからコイツには隠し事できないんだ、と思った。



「うん…ファミマにいるって…」



「田島さん、会いたくないんでしょ?なら、違う道通らないとですね!」



高林は首に巻いたタオルを坊主頭にまいて、ニコッと笑った。


「よし、強行突破だな!後ろ乗れよ!」


なぜか泣き出しそうになっていた。


「ありがとう…」


聞こえているかわからないが、かすみは坂貫の後ろでつぶやいた。


かすみにとって2人は心の支えだった。


離れたら機能しない3人の関係がただただ好きでたまらなかった。


ある日坂貫と高林が楽しそうにある先生の話をしていた。


「たかちゃん、師匠に頼んでよー!」


「えー坂貫のほうが仲いいじゃん!」


かすみは思っていた。最近よく聞く『師匠』とは誰なのかと。


「ねー師匠ってだれ?」


坂貫に向けて聞くと高林が答えた。


「赤川先生だよ!個別の!」


「あかがわ…?知らねぇわ、いい先生なの?」


すると坂貫がニヤニヤしながら答えた。


「先生ってか…友達?」


「え…?友達?」


どういうことかよくわからなかったが、何故かかすみの中で赤川先生はいいイメージだった。

いつか話してみたいな、とも思っていた。




かすみは塾の英語の授業を休んでしまい、振替という制度を使って授業の遅れを取り戻すために個別ブースの周りをうろうろしていた。


振替は個別指導で行われるからだ。


舟橋先生がかすみの個別指導を担当してくれる人を決めるのだが、当日までだれが担当の先生かわからないのである。


「田島は…安住先生。Aブースね」


突然、後ろから声がして振り向くと舟橋が右手にオレンジ色フィルムの5色ボールペンを上下に動かしながら眉間にシワを寄せていた。


「あ…はい!」


そそくさとAと書かれたブースに移動した。

すると安住先生はニコニコしながら座っていた。


「どーも、安住ですー…って、中2のとき本科の授業代講したよねー」


「あぁー!あのうるさい先生だ!思い出した!」


「うるさいってなんだよー、でも覚えててくれたんだー」


「覚えてるもなにも、あの授業がインパクトありすぎて…」


かすみは安住先生とは波長が合っていて、漫才やコントみたいな会話を中2の本科の授業中に散々やっていたのである。


そして安住先生と再会した振替え授業でもまともに勉強もせず、話に花を咲かせていた。



「安住先生ー、師匠って知ってますか?」


「うん、知ってるーどうして?」


「坂貫とか高林は、師匠のこと慕ってるんですけど…私は誰のことかわからなくて…」


「今日いるよ、ちょっと待ってね…」


安住先生は赤川先生を探すために席をたった。


「赤川ー赤川先生ー!」


安住先生が呼んだ先をみると、若い男の先生が歩いてきた。


「うぃーす!どうしたー?」


赤川先生だった。


「いやー田島がね、師匠ってだれか知りたいって言うからー」


安住先生はへらへらしながらそう言った。


赤川先生は私の顔を覗き込むようにしてまて、ニカッと笑った。


「どーも!」


かすみは爽やかな笑顔だな、と思った。

そしてまた安住先生と話をしはじめた。



爽やかな笑顔の赤川先生に悪い印象など付くわけもなく、その日の振替え授業は終了したのだった。

かすみの通う塾にはわりと若い先生が多い。坂貫や高林が友達のように絡むことができる先生は確かに多いのだ。



英語の振替え授業を担当した安住先生とは、授業後もよくはなすようになっていた。


評判はあまりよくないが安住先生はコミュニケーション力だけは高いと、かすみは思っていた。



「たじたじー!うぃーす!ちょっと聞いてよー。」


安住先生は機嫌がいいと、かすみのことを『たじたじ』と呼ぶ。

坂貫や高林はは安住先生のことを『あずさん』と呼んでいた。

かすみを安住先生のことを流れで『あずさん』と呼ぶようになっていた。


「なんですか?」


「いやー実はねー、ちょっと内緒なんだけど…俺さ彼女できたんだよねー」


「…へぇ!あずさん良かったじゃないですか!同じ大学ですか?」


「いやいや、それがね、高3に湯谷くんっているじゃん?あいつに出会い系のアプリを教えてもらってさー」

「え!?出会い系?大丈夫なんですか?」


「ふふん。彼女さ、新潟に住んでんのよ。で、昨日…新潟行ってきたんだよねー会いに!」


「えぇー?行動力すご!てか遠距離っすか!頑張って下さいね!」



「もちろん!てかてかー最近どうよー?彼氏さんとは!」


かすみは安住先生に足立勇平の話を少ししていた。

かすみは安住先生に話しても問題はないだろうと、思っていたからである。


「いやぁー、別れたいんですよ。でも、ふろうにもふれなくて…」


「そっか…まぁ早いとこけりつけなよ?たじたじは受験生なんだし!」


「ですよねー…」


「なんならー、俺は東京に彼女いないしー右側あいてるからくる?」



安住先生はそんな冗談を抜かしてニヤニヤしていた。

「あずさん、あなた彼女できたばっかりなのに、そんなこと言っていいんすかぁ?ましてや生徒に!」



「嘘だよー嘘!たじたじのこと信頼してるからさ?こういう冗談だって言うんだよ?」


そう笑いながら、かすみの肩を二回ほど叩き個別指導の部屋へと戻っていった。

かすみはお昼ご飯を買おうと思い坂道の下のコンビニへと向かった。


もう三年近く通っているのに塾の友達は坂貫と高林だけだった。


夏休みに入ると塾では1日10時間勉強を目標にする。坂貫と高林は授業以外で塾に顔出すことが少なかったため、1人で1日を塾で過ごさなければならなかった。

かすみとしては、寂しいとは思いつつ

勉強に集中できるかなと思っていた。

だがやはり1人になると考えることがネガティブなことばかりであった。


お昼ご飯を買って塾に戻ると個別の部屋の前に同じ本科クラスの授業を受けてる女の子が1人でお弁当を食べていた。


かすみはなにげなく声をかけた。


「一緒にご飯食べませんか?」


かすみは心の中でナンパみたいだな、とつぶやいていた。


「あっ…はい。」


女の子は携帯から視線をかすみに向けてそそくさと荷物をどかし、かすみがご飯を食べれるスペースを作った。


「名前…結衣ちゃんだっけ?」


と、私が聞くと


「うん、武本結衣です!かすみちゃんだよね?」


同じ教室で授業を受けていても、話したことがなかったかすみと結衣だったが

この日をきっかけに仲良くなっていくのだった。

夏休みも終わりに近づいて、夏期講習も落ち着いたころ。


結衣がかすみに言った。


「私…お世話になってる理科の…佐澤先生が…好きなんだよね。」


顔を赤らめて、かすみに微笑む結衣。


かすみは、結衣が佐澤先生のことが好きというのは気付いていた。

結衣は問題の解説は必ず佐澤先生にしか聞かなかったからだ。

かすみはまさかなと思っている部分もあったのだが

結衣はかすみに事実を打ち明けたのだ。

かすみは、目の前にある事態に驚きながらも疑問が芽生えた。


―先生が恋愛対象になる?

でもかすみは結衣に直接聞く勇気はなかった。

結衣の顔赤らめた姿をみると本当に佐澤先生が好きだとわかったからだ。


「結衣ちゃん…マジか」


かすみはなんて言っていいのかわからず、いつもの適当な返事をしてしまった。


「うん…教え方が上手くて、たくさん質問しているうちに憧れから恋愛感情に変わっていたみたい。」


かすみには憧れから恋愛感情へと変わる感覚がわからなかったが、アイドルみたいなものかな、と自己解釈をしていた。



「たじたじー!」


後ろから安住先生が声をかけてきた。


「…と、武本さん!こんちはー!」


相変わらず安住先生はうるさいな、とかすみは思った。


「あずさん!どうしたんですか?」


「いやぁー聞いてよー!俺さ、マジで東京に彼女できた!」


「は?」


「大学の子なんだけどー、昨日いちゃこらしたんだよねー。」


塾の先生が塾内で話す内容ではないだろう。

そして安住先生は周りの目を気にしないから結衣の前でもへらへらとそういう話をできるのだ。


「へ…へぇ」


さすがにかすみも引いていた。結衣も少し動揺していた。


「と、言うわけで…残念なからぁ右側も埋まっちゃった!たじたじがもたもたしてるからぁー」


「いやいや!あずさんの右側に入るつもり全くありませんから!」



そうかすみが言うと


個別指導の部屋から佐澤先生が出てきた。


「なに、はなしてんのー?右側がなに?」


「おっ!佐澤くんかぁー!なんでもないっすよー」


そう安住先生は言うとニヤニヤしながら、個別指導の部屋へと戻っていった。


結衣は恥ずかしそうにうつむいていたが嬉しそうな目をしていた。



たしかに佐澤先生は小柄で女の子みたいで可愛らしい。だが、国立大学に現役で受かるくらい頭がよく、性格は顔に似合わずドS。



かすみは結衣はドMなんではないかと、思った。



「佐澤先生ー、結衣が問題の解説してほしいって!」

かすみは適当なことを言って席をたち、自分が座っていた場所を佐澤先生に譲った。

結衣はかすみが適当なことを言っても、怒らなかった。

むしろ幸せそうに笑っているようにかすみには見えていた。



かすみはそんな恋する結衣を見ていると

こんなに幸せになれる恋愛がしてみたいな、と思っていた。


でも、現実は足立勇平から逃げる日々だということを思い出した。

坂貫の言う通りにすべきだとわかっているのに、なかなか踏み出せないかすみであった。

「かすみちゃんー!修学旅行どうだった?」


結衣はかすみの帰りが待ち遠しかったのか、かすみを見つけるとすぐに寄ってきた。


「いやぁ…暑かった!で、めっちゃ焼けたー」


かすみは塾に友達ができて良かったな、と改めてて思った。

結衣は笑いながら、かすみの土産話を聞くとかすみがいなかった3日間のことを順を追って話始めた。

だがその内容の八割は佐澤先生の話であった。


かすみが1つ気になった話題と言えば、かすみたちが修学旅行に行ってる間で国語の授業はいつも担当していた先生が休みで代講が赤川先生だったということだ。

かすみは純粋に赤川先生の授業、受けてみたいと思っていた。


「赤川先生の授業、面白かったよー」


結衣の評価も高く、赤川先生への期待が高くなっていたかすみだった。



「おぃ、武本ー!ちょっとこい」


少し離れたところから舟橋先生が結衣をよんだ。

「あ、はい!…ちょっと行ってくるね!」


結衣は急いで立ち上がりその場を去った。


かすみは結衣といつも話している場所に1人になった。

すると個別指導の部屋から安住先生がでてきた。

安住先生はかすみをみるなり話しかけてきた。


「たじたじ!修学旅行どうだった?」


「いやー、疲れましたよ」

「青春だねぇ…あ、ところでさ、武本さんのことだけど…」


「結衣ちゃんがどうかしました?」


「あいつさ、佐澤くんのこと好きなんでしょ?」


「え…」


かすみは言葉を失った。なぜ安住先生にバレているのだろうか。かすみは結衣と自分しか知らないもんだと思っていた。


「なんで…?」


かすみは精一杯の笑顔を作ったが、ひきつっていたに違いない。


「なんでって、見てたらわかるよー。武本さんが佐澤くんの名前を呼ぶときだけ声の2トーンくらい上がるんだもん!てか、気付いる先生方多いぞー」


「マジっすか…知らなかったですわ…」


「嘘だー!たじたじは、鈍感じゃないし、気付いてたでしょ?」


「いやいや…」


かすみが少し口ごもると


「うぃーす!」


と声がした。

声の主は赤川先生だった。

かすみは救世主が来てくれたと思った。

だが、さすが安住先生だった。


「ねーねー赤川くん!武本さん知ってる?」


「あぁー知ってるよー佐澤くんが大好きな武本さんでしょ?こないだ授業もったわー」


赤川先生は爽やかな笑顔で答えた。

安住先生にも赤川先生にも結衣の秘密はバレていたのだ。


結衣のフォローができないかすみは、自分の無力さにまた絶望した。

そして思った。これは…もしや佐澤先生本人も気付いているのではないかと。


でも、かすみは安住先生と赤川先生にこの質問はできなかった。

あの結衣の赤らめた顔が浮かんだからである。


かすみは結衣に安住先生と赤川先生との会話を言うか迷っていた。


「うーん…どうしよ〜」


「どしたの?」


急に話しかけられ顔をあげると、爽やかな笑顔を向ける赤川先生がいた。


「あ、いやぁ…なんでもないです…」


と誤魔化して携帯を手にとると、


「あぁードメだ!え、好きなの?」


赤川先生がかすみの携帯ストラップに反応した。かすみは少年アニメをみるのが好きで、特にガンダムが大好きだった。


「あ、はい!ドメ好きなんです!師匠も好きなんですか?」


「ガンダムは男の子のロマンだよ!」


「ふふふ、じゃあエバも好きですか?」


「もちろん!てか、田島さんも好きなの?」


「はい!ライちゃんが好きで好きで…」


「マジで!?俺もアカスよりライ派!」


「えーマジですか!気合いますねー!」


「年下の女の子でガンダムとエバが好きな子初めてみたわ」


「あぁーあんまりいないですよねー」


「うん!…あ、次の授業始まるわ!んじゃあまたね!」


この人はどこまで爽やかなのだろうかと、かすみは疑問に思ったと同時にアニメの話題で盛り上がれた赤川先生は安住先生並みに話しやすい人だとも思った。



―ピロピロリン


携帯が鳴った。

やはり、メールの相手は足立勇平だった。


『いつまで逃げる気?会って話したい。もうすぐ、俺の誕生日だし…会いたい。』


ゾクッとした。

恐かった。

かすみは追いつめられたような気分になった。

正直、誰かを頼っても『別れろ、ふれ』という答えたしか返ってこないことはわかっていた。

だからこそ、彼と話し合わなきゃいけないと思った。今ならまだ間に合うと、かすみが知ってる紳士的な足立勇平に戻ってくれると思っていた。


『勇平、今までごめんなさい。勇平のことは好きだったよ、昔は。でも…今の勇平は私が知らない勇平だし、私のこともの扱いしてる。いつまでも甘えられると思わないでほしい。私はあなただけのものじゃない。目を覚まして。今の勇平とは付き合っていけない。ごめんなさい。』


かすみは勇気を振り絞って足立勇平にメールを送った。

これでやっと区切りがついたと思う半面、足立勇平に対して罪悪感が生まれていた。

勇平が勇平でなくなったのは、自分のせいかもしれないと思わざるえなくなっていたのだ。


―ピロピロリン…


返信がきたのだと思った。





―ピロピロリン、ピロピロリン、ピロピロリン



が、それは着信であった。

足立勇平からの着信だった。


かすみは頭が真っ白になっていた。

電話にでる勇気はなかったが、鳴り続ける携帯に恐怖しか感じなかった。


「うっ…どうしよ…」


とりあえず、塾の中で鳴り続けるのは授業中の生徒に迷惑だと思い外にでた。


すると、外の塾の門の向こうに見たことある顔がかすみのほうを向いて立っていた。



かすみは信じられなかった。


何度も何度も見返したが、やはりそこにいるのは足立勇平本人だった。


「かすみ…やっと会えたね、なかなか電話に出てくれないから会いに来たよ。」


「え…ゆ、勇平…?」



足立勇平は少しずつかすみに近づいていた。


かすみは恐怖で足がすくんでいた。


「ちょっと歩こうか」


足立勇平の声が外に響いた。


「う…うん…ちょっと待って…」



かすみは結衣にメールをした。


『ちょっと授業に遅れます、舟橋先生に伝えておいてください。』



「かすみ…誰にメールしてるの?」


かすみの知らない勇平の声だった。


「…授業に遅れます…って伝えただけだよ」



「ふーん…かすみは俺からのメールと電話繋がないくせに、他のやつとは連絡とってんだ」


「…うん、ごめん」



「まぁいいや、で…かすみは俺と別れたいんだよね?」


「うん」


「なんで?」


「勇平が…恐いから」


「恐い…?どこがぁ?」


かすみは勇平の目付きが変わったのを感じた。


「勇平!私、あなたの気持ちは受け取れない。私は私だもん。勇平のものじゃない。」


そこまで言うとかすみは走って塾へと戻った。


勇平は追いかけてこなかった。

それには理由があるとかすみにはわかっていた。


塾につくとかすみは大泣きしていた。

かすみは目を腫らしたまま、舟橋先生の授業へと戻った。

さすがの舟橋先生でもかすみの異変には気付いていた。

だが、舟橋先生は声をかけてこなかった。

かすみは舟橋先生が普通に接してくれたことに、驚いたがそれ以上に嬉しかった。

今のかすみには気を遣って声をかけられるより、そっとしていてもらうほうが気持ちが楽だった。



授業が終わり、多少落ち着きを戻したかすみに坂貫と高林は声をかけてきた。


「おまえ、どうしたの?おまえが泣くなんて珍しい…」

「田島さんにだっていろいろあんじゃないっすか?ね?」


2人の問いかけには応じなかった。

かすみとしては応じれなかった、というのが正しい。

「…いや……」


かすみは自分がこんなに弱い人間だったとは思ってもみなかった。

少し惨めになった。


「まぁ、話す気になれば話してな」


坂貫は優しく声をかけ、高林は深くうなずいた。


「…ありがとう。」


「うん…じゃあ、先下にいるわ!」


そう坂貫は言うと、2人は教室からいなくなった。


普段ならかすみは門限を気にして、早く帰ろうとするがかすみの親は海外旅行に行っていていない。


親がいなくて良かったと、つくづくかすみは思った。今日はゆっくりと頭の中を整理するべきであると思ったからである。


気が付くと坂貫の『珍しい』という言葉から、かすみはいつぶりに自分は泣いたのかと思考を巡らせていた。


「あぁ…中2のあとのとき…」


かすみは思い出した。

その記憶は、今でも漫画みたいな話だなと思う。

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