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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅲ.平原を駆け抜ける獣
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Act 3

そう、目の前のそのMOBに表示されていた名前はクリムディアではなかったのだ。

クリムディアに姿は似ていながらも、何処かしら薄く灰色のかかった銀色の体。すっとまっすぐ伸びた一対の鋭い角。極めつけは明らかに剣呑な光をたたえた翡翠色の目。

『クリムディアクイーン [シルヴァ]』

よりにもよってネームドMOBのポップに居合わせるなんて、もうこのところ本当に私たちはついていないとしか言いようがない。思わず乾いた笑いを零し、スピネルはそっとヘッドブレイカーを握り直す。

やってしまったものは仕方ない。スピネルは肚を括り、ぎろりと[シルヴァ]を睨みつけた。

「グィフルルルルル‥‥‥!!」

笛の音が混じったような奇妙な唸り声。振りかぶられる蹄。

怯んでなど居られるか、とスピネルは鎚を掲げ、全力を振り絞りつつ攻撃を受ける。完璧に近い武器受けが出来たはずだったのだが、それでも今の攻撃で少なくないダメージが入り、力負けしている、と冷静に思う。

「ごめんなさいハルタチさん、今シバさんとセリ君が押さえてるあの二頭、処理してください!あとエトさん、こっちは私やりますんで捕獲に専念してください!」

この状態で捕獲だなんだとはさすがにスピネルも言っていられない。そもそもどれだけ耐えられるかもわからない。

任された、とハルタチはすぐさま簡易詠唱によるウィンデカトラスを放ち、残された二頭のクリムディアの体力を大いに削る。

「うさちゃん、あんたも早くやれ!」

「わかった!」

スピネルの努力を無駄にはできない。祈るようにふたを開けるエト。ようやくそこで観念したのかどうなのか、しゅうっと光がチューブに収納され、とうとうクリムディアホルンはエトの手中に収まった。

運は我が方を向いたか、とほっとエトが胸をなでおろす。だが改めてチューブを見て、エトはおや、と首を傾げた。

「‥‥‥今気付いたが、このチューブ今までのと材質違うんじゃないか」

『ああ、上位チューブ。だから捕獲できたのかー』

言われてみれば納得する。二回失敗してしまったのは、使われていた素材がクリムディアホルンの捕獲レベルに見合っていなかったからなのだろう。

偶然何も確認せずに受け渡しが行われ、その中に気まぐれでスピネルが作った上位等級のチューブが入っていたのがここで生きたということだ。

もしかしたら通常のチューブでも捕獲はできたのかもしれないが、そんな可能性は考えなくてもいいだろう。ここでは迅速に捕獲が出来たことを僥倖と見るべきだ。

「すまないスッピー、こっちは終わった、すぐに助ける!」

『私ももうあいつら片付ける!』

言うやいなや、シバも矢継ぎ早の射撃でとうとう二頭にとどめを刺しきった。

セリディスタが大慌てでバフをスピネルに重ね、エトがスキルを発動させて迫り、ハルタチもまた詠唱をしようとして右腕を掲げる。

今にも一斉に皆の攻撃が始まろうという瞬間。スピネルは目の前の[シルヴァ]が笑ったような気がした。

ぞくりと背が粟立つほどの寒気に、一瞬身を竦ませた瞬間。

「グィフルガッ」

後方で上がる、バチバチバチ、と言う猛烈な音。次いで上がる複数の悲鳴。

「皆っ!」

「振り向くな!」

ハルタチがスピネルを制止する。

うぐっ、とスピネルは呻きながら言葉を飲み込み、ぎりっと歯を食いしばった。容赦なく[シルヴァ]がその鋭い角を前面に掲げた突進を繰り出してきたからだ。

辛くもスピネルはそれを右側に飛んで躱し、ぐるりと体を転がして起き上がる。

ようやくその段になって皆の様子が明らかになった。

セリディスタが地面に倒れ、ハルタチがよろけながら立っている。

エトも多少ダメージを受けたのか動きは鈍く、シバは焦った表情で矢をつがえていた。

『雷魔法だと思う、あいつ後方には魔法で攻撃してくるみたい』

その間にもグィルグィルと[シルヴァ]が喉を鳴らすたびに小さな雷が発生しては皆を狙い澄まして襲い掛かる。

残念ながらシバの矢では魔法抵抗に阻まれ、あまり[シルヴァ]に効果を及ぼすことはできていないようだ。牽制もできないなんて、とシバの顔が悔しげに歪んでゆく。

「あぐあっ!」

そうこうしているうちにとうとう雷がセリディスタに直撃する。致命傷判定になっていたセリディスタはそのままHPの全てを失い、消えてしまった。

「くそっ、近づけない」

「やべえ、マジでやべえ」

エトも雷に翻弄されて、スピネルの援護をしようにもそれがかなわない状態だ。

ハルタチも詠唱が出来ないまま、足元もおぼつかないために避けきることが出来ずだんだんと消耗してしまっている。

一見無差別に見えて的確に標的を狙ってくるこの細かな雷撃が、全ての連携を破壊してしまっているのだ。

『エトさん、いったん攻撃範囲外に下がりましょう!』

「ああ、わかっ‥‥‥え?あ‥‥‥」

えっ、という間の抜けた声を上げて、スピネルはただ茫然とそれを見詰める。

今まで正面に向き合っていたはずの[シルヴァ]が突然方向を変えてエトに向かって走り出し、全力で突進をかましたのだ。

跳ね飛ばされて二度ほどバウンドし、エトはぐったりと動きを止める。草むらの深いところに落ちてしまったようだが、彼が再び動き出す様子はなかった。良く見えないが、ひょっとしたら死に戻りをしてしまったのかもしれない。アイテムを使う暇さえ与えられなかったのだから。

「不意打ちクリティカルとか、どういうことだよ!?」

ハルタチもぎょっとしたように目を見開き、一瞬にして近くまで来た[シルヴァ]を見ながらじりじりと後ずさる。

「グィフルルルル」

カッ、と光の矢が[シルヴァ]の横っ腹に突き立つ。カッ、カッ、と連続で矢は繰り出されるものの、[シルヴァ]は軽く嘶きつつ体を時折震わせるのみで、大きなダメージにはなっていない。

それでもシバは攻撃をやめない。否、やめることが出来ない。やめてしまっては何が起こるかわからないとでも言うように、血の気の引けた青白い顔で攻撃を続ける。

「やめろっ、先輩、逃げて、早く!」

何故ターゲットが逸れてしまったのかはわからない。だが、とにかくスピネルは必死にヘイトを稼ごうと走り、攻撃を繰り出そうとする。

ところが現実は酷く無常だった。

「逃げても逃げなくても死ぬ。回復の間もくれない。ならいい、仕方ねえ――」

ハルタチはそう言うと懐からマギ・リッパーを取り出し、覚悟を決めたようにひきつった笑みを浮かべると、[シルヴァ]に向かって突撃する。

魔力を宿して光る刀身が[シルヴァ]の喉元を薙いだと同時に、凄まじい威力を乗せた蹄がハルタチの頭頂に落ちる。

「ハルタチさん!?」

「グィグガッ」

くそが、と小さく呟いてハルタチも光に包まれて消える。だが最後の一撃はそれなりに[シルヴァ]に痛手を与えたらしい。まさにそれは捨て身の攻撃であった。

「くそ、フルスイング!こっち向け、向けってば!」

スピネルはそこでようやく追いつき、[シルヴァ]に攻撃を与え始める。だが、そこまで少ないダメージではないはずなのに、[シルヴァ]はスピネルの方を向かない。

そのまままた走り出し、[シルヴァ]は低く唸って新たなターゲット、弓を構えるシバに突っ込む。

私か、とシバは小さく音にならない音で呟くと、後ろに跳び下がって辛くも突進を回避する。

「シバ先輩」

スピネルが弱りきった声でシバを呼ぶ。

ごめんなさい、とでも言いたげな、泣きそうな表情。

「何で、ターゲットが、飛ぶんだ、私を向けっ」

ラッシュからのツインブレイク。しかしそのコンボは[シルヴァ]が途中で再び突進をして離れたため直撃とはいかずに終わる。

『後方にいる人とか、HP少ない人を優先して襲うAIなのかも』

だとしたらそれはなんてえげつない戦法なんだろう。スピネルはふと心に絶望のようなものが去来するのを感じた。機動力の高いMOBに引きずられ、前衛はその速度に対応できないままでヘイトも取れず、余り攻撃の直撃を想定していない後衛が先に分断された上でやられていく。

ますます悲壮感を募らせるスピネルにシバは苦笑し、首を振る。

『私も油断してたからなあ』

とはいえ、今回の敗因は間違いなく気のゆるみだ、とシバは考えていた。

森を越えたことで安心しきっていて、こちらのフィールドMOBに対応できるならば何とかなるだろうとかかったのが良くなかった。

想定外の攻撃が起これば総崩れでこの様だ、まだまだ駄目だな。

『ハルタチさんと比べて足しにもならないだろうけど』

シバは[シルヴァ]の攻撃をかわしながら弓を引き、生じさせた矢に魔力を込めていく。

これまででは見たこともなかったほど魔力の密度が濃い矢だ。まばゆい光を警戒してか[シルヴァ]の攻撃も勢いを増す。

スピネルにはそこからの一連の流れがスローモーションのように見えた。

蹄の叩きつけをかわし、体当たりをまるで曲芸のように避けたシバが[シルヴァ]の頭部に向かって飛び上がり、まるで接触しようかという距離で矢を放とうとする。

今にも放たれようとした瞬間、[シルヴァ]が唸り、逃げようと身をよじるが、そこにシバが軽い蹴りを放つ。

と、その足先からぶわりと広がるのは水の網――ウォートネット。

スピネルは一瞬混乱するも、そこで思い出す。難易度が恐ろしく高いうえにMPコストの高い、実用性のない無詠唱。しかしそれは裏を返せばコストを無視して、一撃位なら何の考慮もせずに魔法を放つことが出来るということだ。

不意を打った攻撃に[シルヴァ]は絡め取られ、回避が出来なくなる。当然シバがそんな隙を見逃すはずがない。シバはここぞとばかりに魔力を矢に押し込め、そして。

『受け取れ!』

おそらく全MPをつぎ込んだだろう一撃が[シルヴァ]の眉間に突き刺さり、これまでにない最大級の悲鳴が上がる。

『あ』

だがその次の瞬間シバの体もまた、一撃の雷光に貫かれた。

細かな雷光が束になったかのようなその雷撃はシバの体を微かに痙攣させ、光の中に消していった。

「‥‥‥グゥイァフ、ガハッ」

[シルヴァ]が咳き込みながらもよろよろと水の網を振りほどき、立ち上がる。今の一撃で随分とMPを消費したようだが、それを覚悟したうえでもシバを倒すことを優先したのだろう。

怒りのこもった翡翠の目が、ようやく再びスピネルを捉える。


「はははは、ははっ――ふざけるな」

冷えた声が、出ていた。

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