Act 1
さて、騎獣捕獲に向けたざっくりとした作戦だけを用意して、五人はファローズ平原を散策していた。
「小さい群れの方がいいな」
多数を一気に相手取った場合、大いに混乱するだろうことは予想済みだ。
出来るだけ有利に物事を運べる数、出来れば4頭前後の集団を相手したい、とエトは語った。
「となると、目標はクリムディアですか?」
「だな。どうしてもハーフリンガーは群れが大きくなりがちだ。結局一頭ずつ引き離して相手するにしても、可能性としては失敗することもある。そんな時の安全マージンもとっておきたいから」
なるほど、とその説明にセリディスタも納得する。
「なるほどな。俺はクリムディアの方がハーフリンガーより大きいからだと思ったわ」
「うん?どういうことだ?」
ししっ、とハルタチは笑ってあっけらかんと答える。
「だって、うさちゃん先輩みたいな重量級が長いこと乗ってたら、あの小柄な馬じゃすぐばてそうだ。見た目的にもかっこ悪いし」
その言葉に皆が思わずエトに注目する。
うぐ、と居心地悪そうにエトが身じろぎして、軽く咳き込んだ。
「‥‥‥そういう思惑があることも、否定しない」
「図星ですかっ」
スピネルの鋭い突っ込みに、皆がわっと笑う。
『まあねー、正直羊に乗るエトさんとかは想像できなかったよ。ってか、あそこに一応塊がいる』
シバの言葉に目を向けると、なるほどそこには確かにクリムディアの群れが草を食んでいる様子がうかがえる。
が、群れの規模としてはそれなりに大ハーレムであり、五人で挑むにはさすがに無理がありそうである。リーダー格のクリムディアホルンの他にも少々小さいクリムディアホルンも二頭みられる上に、クリムディアだけでも十頭はいそうだ。
スピネルもこれは無理でしょうね、と唸る。
「一部釣れればいいんでしょうけど、なんか全部向かってきそうですよねー」
「だよな。考えなしにぶっ放すと後が怖そうだ」
ハルタチも珍しく自重するらしい。捕獲という縛りは意外と行動を制限してくるようだ。
『詠唱できれば私が索敵するのになあ』
シバはとても歯痒い思いをしながら自分のステータスを見ていた。
いつの間にやらウィンデ中級に新しい呪文が入っていたのである。
『ウィンデソナー、索敵用みたい。攻撃性が一切ないからハルタチさんは使えないでしょ?』
「そうだな。多分覚えられない奴だわそれ」
仕方ないな、とエトもその様子を見て肩を竦める。
「移動しよう。無いものねだりばかりしていても仕方ない」
「‥‥‥いや、ちょっと待ってください。いま思いついたんスけど、こんなんどうでしょう」
ぱちりと指を鳴らし、セリディスタが提案する。
「ファーストアタックを取った人にだけ捕獲権が発生するってことは、とりあえずどこか遠くからでも一撃与えちゃえばいいんすよね?じゃあ一撃当てたの確認して、詠唱つきでグランピットで相手の戦力って削げません?」
「うーん、悪くはないと思うけど、ちょっと危なくないか?俺だぞ?」
確かにハルタチのグランピットであれば要求する規模は満たせるだろう。だが、その範囲が大きくなりすぎて仲間を巻き込む可能性がないと言い切れないのが使い勝手の悪いところなのだ。
シバやセリディスタであれば遠距離攻撃の術もあるが、エトやスピネルにその策は使えそうにない。
『私は良いけどー』
「あー、失敗したら私とエトさんの場合確実に死にますねー」
苦笑いをしながら肩を竦めるスピネルも、その危険性について想像をめぐらせたらしい。
「そうだな、僕もそんなに死に急ぎたいわけではないから‥‥‥後衛はそれで問題ないだろう。一回それであの群れやるか」
「了解ですー」
「分かった、念の為みんな結構距離とっとけよ、俺もどうなるかわからんし、簡易詠唱で行くわ」
ハルタチがそう言って詠唱準備に入ると、それを見たシバとセリディスタがまずそれぞれの攻撃射程ぎりぎりに陣取る。
エトとスピネルは念の為ハルタチの背後に位置取り、効果範囲を見極める構えだ。
『私、あの小さめのクリムディア狙うわ。あんまり大きいと乗れなさそうだし』
「じゃあ、えーっと、そうなると俺も中くらいのにしときますかね?」
あっさり決めたシバは弓をつがえ、ハルタチの動きを待つ。
そんなシバの言葉を聞いたセリディスタは少し考え、群れの手前にいる狙い易そうなクリムディアに視線を移したようだ。魔符とペンをそっと持ち直し、狙いをつけ直す。
「――大地の空白、失われよ」
ハルタチが群れを指さし、二人を見て笑う。やれ、という合図だ。
「放たれよ、毒喰符!」
シバが狙い澄ました一撃を放ったと同時に、セリディスタも毒の呪文を唱える。
二人とも見事に目標のMOBにファーストアタックを決めたようだ。よし、とセリディスタとシバは大急ぎで後方へと下がってゆく。ここからは一瞬の躊躇もしてはいけないと二人ともわかっていたのだ。だが。
「グランピット!!って、うわやっべぇ」
突如として出来上がった穴に、確かに間に合わずクリムディアの大半が落ちた。
規模については一応想定内で、セリディスタもシバも落ちずに戻ってこれた。これはよかった。
が、厄介なことにクリムディアの跳躍力が思いのほか高く、復帰してくるクリムディア及びクリムディアホルンがそこそこいたのである。
「まずい、行くぞスッピー!」
「うへえぇぇ」
こうなってしまえば前衛二人は大慌てで後始末である。ハルタチもそのまま加勢に入り、落とし穴周辺は大混乱であった。
『やばい。早く終わらせよう』
「そ、そうっすね。とりあえず捕獲だけでも済ませれば後は殲滅ですし‥‥‥グランスタラ!グランバル!」
まずはシバに捕獲権があるクリムディアに攻撃を集中させる。二人がかりでとにかくダメージを蓄積させ、頃合いを見計らったところでセリディスタが麻痺符をかけていく。
『もういいかな?』
「やってみてください!」
頷くと、シバはチューブを取り出し、目前のクリムディアに向けて掲げ、ふたを開いた。
「グィフルッ!?」
チューブから伸びたのは光の網。奇妙な鳴き声を上げたクリムディアは囚われたまま暴れるものの、暴れれば暴れるほど網が絡みついてどうにもならなくなっていく。
そして光がクリムディアを覆い尽くすと――それはあっという間に収縮し、すぽんっ、とでも音を立てそうな勢いでチューブへと収納された。
『OK、出来た』
ナイスです、と声を上げてセリディスタはすぐにターゲットを自分に捕獲権があるクリムディアに移す。
毒の持続ダメージがなかなか大きかったようで、二頭目はそれほど手間をかけずに捕獲に移すことが出来た。
同じような手順で追い込んだ後、セリディスタもチューブを掲げる。数秒間の抵抗の後、こちらも無事に捕獲できたようだった。
「よしっ、こっち二人終わりました!加勢します!」
『大丈夫?』
そうしてふと三人の方を見たシバとセリディスタはぎょっとして一瞬固まる。
「ウオオオオォォォ!!」
さながらそれは狼の遠吠え。エトのヘイト上昇スキル、咆哮だ。びりびりと地面すら震わせるほどの声量に、クリムディア達は一斉にターゲットを集中させる。
ハルタチの方にも群がっていた一部のクリムディアも方向転換してエトへと一直線だ。
「グィフッ、グイイイイイ!!」
「邪魔ですっ」
一部ヘイトが取れなかったものに関してはスピネルがスキルを駆使して叩き、どうにか全線で食い止めようという構えである。
ツインブレイク、ラッシュで一体を瀕死に仕向け、凶暴なクリムディアホルンをスタンプによるスタン効果で縫いとめる。
「よし、いくぞ!ファイアストーム!」
ゴォウ、と炎が唸りを上げた音を聞くや否や、エトは目を見開き、驚異的な跳躍力でその場を離脱した。だが。
「熱い!焼けたぞっ!」
「すまん!もうちょい左に撃ったつもりだったんだが」
またしてもハルタチの誤爆である。回避し損ねたエトは快癒丸を噛みしめ、渋面を作って目の前に飛び込んできた大柄なクリムディアホルンを殴り飛ばす。
『危ない!』
「放たれよ、包守陣!再生功!」
ところが、よろけたクリムディアホルンの後ろから、まるで追い討ちのように次から次へとクリムディアが弾丸のように突撃してくる。止むことを知らないような攻撃の嵐に流石のエトも防御の構えを取らざるを得ない。
シバの攻撃やセリディスタの援護も飛ぶが、焼け石に水と言ったところか。じわじわと体力が削られてゆく。
「くっそ、狙いがつけられん!」
ハルタチが悔しそうに叫び、単発魔法を撃ちこんでゆく。乱戦模様と化した中、もはや彼は敵だけを狙うということは不可能だとすっぱり諦めてしまったらしい。
ひぃ、と悲鳴を上げつつ火球をかいくぐってはヒット&アウェイを繰り返すスピネルの動きはもはや曲芸師もかくやと言わんばかりだ。
「まずい、さすがにこれだけの数が来ると崩壊する!」
後退しながら必死でアイテムでの回復を続けるエトだが、その声はもうずいぶんと切羽詰まっていた。
「せめてホルンだけでもなんとかしないとまずいです!」
そう、スピネルの言うとおり、この危機的状況に拍車をかけているのがクリムディアホルンの存在だ。
今回やりあってみた結果分かったことは、確実にクリムディアの1.5倍の体力がありそうだということと、能力もかなり強化されているということだ。
『むおう、ならばここが正念場ですよ奥さん』
シバがにやりと笑い、弓を引く。その手に具現化する光の矢は、なぜか今までより太く見える。
そして次の瞬間、放たれた七本の光がまるで獲物に食らいつく獣のように、大柄なクリムディアホルンに降り注ぐ。
「グィルッ」
「放たれよ疾風功、エトさん今だ!」
「電光石火!――よし、下がるッ!」
エトもただではやられない。最後に一撃、素様じい速度でのパンチをお見舞いし、バフの助けを借りつつ瞬く間に後方に下がってゆく。
「グィィ‥‥‥」
今の一連の流れで瀕死状態になったであろうに、なおも怒りの炎を燃やして追い縋ろうとするクリムディアホルン。だが、邪魔はさせじと牽制のようにシバの矢が冷徹に降り注ぎ、それはとうとうその身を横たえ、声を上げることもなくあっけなくエフェクトを残して消えていった。
「ナイスですシバ先輩!それスキルですか!」
『私の実力。出来ると思ってなかったけどやってみるもんだね』
「え、ちょ、シバさんマジっすか。あとで検証させてください」
力の抜けるやり取りである。
そして続けてスタン状態のままボコボコにされていたクリムディアホルンが消え、巻き込む危険を考慮しなくてもよくなったハルタチが嬉しそうに再びのファイヤストームを浴びせると、大方大勢は決した、と言える状況になっていた。
その間実験と言わんばかりのシバの攻撃はすさまじいの一語に尽きた。
もともと細かい操作が得意であった彼女は、ごく小規模な一人赤壁の戦いもどきをしでかせそうなまでに魔弓の扱いに慣れていったのである。
しかも、それらはスキルによってなされたわけでなかったというのがものすごいところであった。
もしかしたら将来、ISとして分岐するかもしれないが、今のところはそんな表示は無いようである。
「あと三頭」
「ツインブレイク!あと二頭」
「ええと、こうか?おおお」
ちょっとハルタチさんなにしてんですかー!?というスピネルの声に全員が注目すると、しれっとハルタチが捕獲に臨む姿がそこにはあった。
哀れな悲鳴を上げて光に包まれたクリムディアが収納されると、晴れ晴れとした顔でハルタチが残ったクリムディアを指す。
「うしっ、成功だ、あと一頭だぜ」
「何やってんだお前」
エトの呆れたような呟きに、出来そうだったんでやってみたーと悪びれもなく答える辺りが彼らしいと言えばそうだろうか。もはや皆苦笑することしかできない。
恐らくグランピットがファーストアタック扱いになっていたのだろう。
『全く、マイペースにも程がある。はい、終わり』
最後の一撃を決めたのもシバだ。
「お疲れ様でしたー。今のでレベル上がりましたねえ」
「だな。僕も上がってる。もうちょっと楽できるかと思ったが、あのジャンプ力は想定外だ」
この戦法はもう大きい群れには使わないでおこう、というエトの意見に全員が賛同する。
「そういやちびっこが途中からすごかったけど、あれは何なんだ?」
『ん?普通の弓と違ってやろうと思えば散弾とかレーザーとか連射が出来るのに途中で気付いたのよ。あとちびっこって言うな』
そんなのありかよ、とも思うが彼女の弓が魔弓であったことをセリディスタは思い出し、一人納得する。魔弓は魔法の発動媒体に近い性質を持つから、矢の発現後、技術的に魔法操作をすることでシバは擬似スキルのような状態を作り出したのだろう。
ただ――難易度的には恐ろしく高いはずだ、本人は気付いていないようだが。
「ほとんど弓スキルの再現でしたよ‥‥‥」
『へー。じゃあ後で他のスキル教えてよ。真似してみるから』
出来てしまいそうな辺りが恐ろしい。少々背筋が寒いような気がしながらも、セリディスタは、はい、とおとなしく応じた。正直何処までできるのか見てみたいという好奇心もあったが、まあそれは言う必要もない事だろう。
「えーっと、とりあえず後衛三人が捕獲成功ですね?」
スピネルの確認に皆が頷く。
「じゃあ後は今度こそ小さい群れを探してエトさんと私の分かな」
「ああ。俺もいい感じに終わったし、すぐ見つかるだろ」
どうかなあ、とエトは含み笑いを見せて肩を竦める。
そういう楽観的な見通しを立てた時にうまく行ったためしがほとんどないことを、これまでの経験から学んでいたからである。
第Ⅲ章を始めました。よろしくお願いします。




