Act 6
『機関』と呼ばれる施設でNPCから最小限の話を聞き、登録を済ませると、いよいよ『戦闘の基礎訓練』というチュートリアルクエストに入る。
戦闘手段を問わず、このクエストの目的は自分に最も適性のある武器もしくは魔法スキルの熟練度を1つ上昇させてくる、というものである。
だが当然ながら選択する戦闘手段によって、熟練度を上げやすい場所、上げにくい場所があり、戦いやすいMOB、苦手とするMOBが現れてくる。
よって、種族が違う故に特性の異なる4人が一緒に同じことをする、というわけにはいかなくなったのである。
現在多くのプレイヤーが存在するこの初期マップは『ログスポート』という場所に当たる。
ログスポートは大陸南西部に位置し、自治都市として存在している。ログスポートから北へ行けば、歪な楕円を描くヘイカル湖をぐるりと回るように伸びているリズド街道を通じて、小国家連合体の一つ『セルゼス』に入れる。東側も膨大な面積を占めるアスルド深林を抜けることが出来さえすれば、同じく連合国家の『エルダウッド』に至れるだろう。
だが初心者プレイヤーには当然レベル帯の問題も存在するため、ログスポートを出るや否やアスルド深林に突入して行こう、と考えるものは今のところは向こう見ずか馬鹿しかいない。
ただアスルド深林から飛び地のようになって南側に展開している小さな森だけはおとなしい獣ばかりが分布していた。
種族的に魔法向きのハルタチとシバは狭い場所での戦闘をどうしても苦手とするため、北側の街道近辺で訓練することにした。ちなみに、魔法といえども万能ではない。火や雷が得意分野だった時、森や草地などは森林火災を恐れなければならず、魔法の使用に大変気を遣ってしまうという一面もある。故に二人は当座は南の森は遠慮しておこう、ということにしたのだった。
一方エトは徒手空拳、身一つでの格闘術を上昇させることになった。とりあえずはログスポートの周辺でおっかなびっくり敵に挑む予定だ。
そして――スピネルは武器を用いるとは決めたものの、まず武器選びから始めなければならないため、なけなしの小銭を握って一人武器屋へと行くことにしたのだった。
二本の剣がクロスする看板が目印となっている武器屋に行くと、そこにはこれまでのゲームでは見ることのできないような光景が広がっていた。
露天商のように台の上に乗せられた武器、武器、武器。
圧倒的な質感というか、迫力というべきか。
スピネルはまず、それに圧倒されてしまった。
さすがヴァーチャルリアリティー。攻撃力と防御力という数値で選ぶのとはわけが違う。
「らっしゃい。あんた、ルーキーか?」
「あ、あぁ、はい」
突然声をかけられたというわけでもないのに、スピネルは妙に慌てて返答してしまう。
この店主もノンプレーヤーキャラクターのはずではあるのだが、リアクションが人のそれと全く遜色ないので、緊張させられるのだ。
「力抜けよ。最初はみんなそんなもんさ」
苦笑いをした店主の言葉は、裏読みをすればまるでスピネルの心中を見透かしたようでもあった。
ふふっと声をあげて笑うと、少し気持ちもほぐれるような気がした。
「とりあえず初めて使うのに都合のよさそうな武器を見に来たんです」
「ふぅん。戦略に合わせてどうとでもなるがなあ。とりあえず片手か、両手か。どちらの手段で武器を使う?」
ふむ。スピネルはしばし考え、答えた。
「基本は片手でも持てるけど、いざというときは両手で受けるとかして戦えるものがいいです。盾は使わないかなぁ‥‥‥」
「なるほど。短槍か鎚ってところだな。あんたヒュー混ざりっぽいが、鍛冶師を副業でもする予定があるのか?」
「あ、むしろそちらを後々本業にします」
そもそもテストプレイ終了後も極めるならそっちの方面を予定していた。
「じゃぁ鎚のほうがいい。扱いやすいはずだ」
そういって店主は店の奥に引っ込んだ。そしておそらくその店で一番安いだろう鎚を持ってスピネルの前に再び出て来た。
「最初に持つんならこんなもんだろう」
硬そうな木の柄の先に、切っ先の尖ったやや大きな鉄杭が垂直に接合されている。
確かに片手で扱うこともできそうな上に、両手持ちも可能そうだ。
まぁ、はっきりと言ってしまえば殺傷用のピッケル、である。
スピネルがおー、と言いながらそれをじっと見ていると、ウィンドウが立ち上がってその武器の名称を教えた。
鎚 ウォーハンマー Lv ? Atk ?
恐らく武器レベルや攻撃力の判別が出来ないのは、鑑定系のスキルがないせいだろう。
鍛冶スキルが上がれば多少の目利きはできるのだろうが、その点は仕方ない。
「じゃぁこれで」
「はいよ、まいど。20Alcな」
スピネルはウィンドウを立ち上げ、持ち合わせている300Alcから20Alcだけ引き出し、店主に渡した。
Alcはゲーム内通貨単位である。1Alcは銅貨で表現され、50Alcは黒貨、100Alcは黄貨となり、500Alcになると銀貨となる。普段使いなら大体その辺りまでが取引で用いられる。1,000Alc大判銀貨や10,000Alc金貨というものも存在はするが、通常のマーケットで流れることはそうない。あくまで高額取引用である。
「装備用のベルトもつけといてやるよ」
「わおー、助かります」
早速スピネルはベルトを巻き、ウォーハンマーを挿した。
なんとなくこれだけで何かを成し遂げたような気さえしてくるが、まだ町の外への一歩すら踏み出していない。忘れてはいけない。
「ありがとうございます」
「おう。使ったらちゃんと整備しろな」
ぺこりと頭を下げた後、スピネルはとことこと軽い足取りで歩きだした。
行く先はもう決まっていた。南側の森である。
レンジも短く取り回しの効く得物で、おとなしい敵がいる場所なら森がいいだろう、と判断してのことだ。
*
ログスポートの南門を抜けて少し行けば、其処はもう小さな森林だった。
藪を踏み分けて恐る恐る歩くと、突然スピネルの目の前にタヌキを一回り大きくしたような生き物がまろび出てきた。
ラクナル
ウィンドウが出て名前を補足する。牙をむき出して明らかにスピネルに敵意を抱いているその獣はラクナルというようだ。
スピネルは我知らず喉が渇くような感覚を覚えたが、ひゅっと軽く息を吐くと、一閃、驚くほどきれいな軌道を描いてウォーハンマーを獣の首に突き立てた。
すると、ギッ、という小さな悲鳴が上がり、右手の先でラクナルは光子に分解された。
あっという間のことだった。
システムアシストだろうか、こんなふうにきれいに体が動くとは。
いや、すごい、とにかく初勝利だ。
幾つかの感情がないまぜになったが、生命を殺傷した、というような後ろめたい感覚は驚くほど希薄だった。
体感的にこの行動だけでわずかに熟練度が上がったようだ。
スピネルは続けて、何匹か出くわしたラクナルを同じようにウォーハンマーであしらった。
が、最初の一匹目のように一撃とはいかなかった。あれは偶然急所に入ったものだったらしい。
ラクナルは基本直線的な動きであり、飛び上がって体当たりをする行動以外は恐ろしくはない。
飛び上がって懐に入られたら恐ろしいが、リーチがそもそも違うのでその前に地面に張り付けてしまえばいいのだ。
右手でウォーハンマーを振り回し、時に攻撃を両手で支えて受け止める。
「多少無理しなければいけるなぁ」
そんな風にも感じたので、スピネルは少し森の奥の方に分け入ってみることにした。
時々飛び出してくるラクナルのほか、ヘッズという名前の大型のハリネズミも相手にする。
何体目かのヘッズを倒したところで、分解される光の中に何かが残った。
残されたものは毛皮のようだった。ふと触れると、
針鼠の毛皮 収納しますか?
というアナウンスが流れた。是、という意思を抱くとそれはわずかな感触を残して消えた。
これだけでインベントリに入ってしまうようだ。
初のドロップアイテムか、と感慨深く思う間もなく次々と獣が飛び出てくるので、半ば流れ作業と化してしまったかのようにスピネルは獣たちをウォーハンマーで殴り飛ばした。
それにしても、ちょっと奥に入っただけでずいぶんとエンカウント率が上がったんじゃないか、とスピネルは訝しむ。
「いたっ」
鈍い感覚が左わき腹を走る。一匹視界にとらえ損ねたラクナルが体当たりをかましていたのだ。
フッ、と軽く息を吐いて力任せにハンマーを振り抜くと、鋭い声を上げてラクナルは吹き飛び、木に衝突した。
すると、ポーン、という電子音が脳内に響く。
――武器『鎚』のスキルが一定の熟練度に達しました。
スキル 『ストライク』 をラーニングしました。
――チュートリアルクエストを達成しました。機関職員に報告してください。
「おー、終わりかー」
やれやれ、という感じで痙攣していたラクナルにとどめの一撃をお見舞いすると、スピネルはみんなもいるかな、などと呟きながら町のほうへと引き返していった。
奥の方にあんまりいかなきゃよかったな、とは帰りのエンカウント率からついうっかり漏れ出してしまった言葉であるが、まあ愛嬌と言えよう。