Act 21
新しい街とは言えそれ程内部構造の変わらないレンタル工房の一角で、三人はそれぞれ何気ない言葉を交わしながら下準備に入る。
スピネルの場合は鉱石をインゴッドに加工し、シバの場合は薬草を用途に合わせて粉末状や液体状に変化させてゆく。セリディスタはまず魔具であり生産道具である穿針のペンの強化から始めたようだ。
その中でそれぞれが必要になる素材を融通し合ったり、加工しあったりする。
宝石は思ったより量が多かったため、シバだけでなくセリディスタも加工を手伝うことになった。
今回はやはり基本的な素材のレベルも上がっているため、時々失敗が発生する。が、どうにかこうにか奮闘しているうちに失敗する割合もほぼなくなってきたようだった。
「うっひー。やったー、鍛冶が中級Ⅲにあがりましたよー!」
「ちょっと待った!早いでしょう!?」
セリディスタがキレのいいツッコミを返す。
『え、っていうか中級Ⅱになってたんだ』
「割と生産し始めて最初の方になってたんですよねえ」
苦笑して肩を竦めるシバ。ありゃまー、と言わんばかりの様子だ。
『でも人のことは言えないか。私も調薬が中級Ⅲになってる』
「うへえええ」
セリディスタが力なく肩を落とす。
「まだ加工中級Ⅱだし、魔工も中級Ⅰだ‥‥‥」
「ん、でも加工の方が伸びがいいんなら、そこを攻めればいいんじゃないかなあ?私加工の方の伸び最近悪いんだよね、中級Ⅱから上がり悪いのなんのって」
あれ、そうなんですか?とセリディスタは戸惑い、しかしそれでようやく自信を取り戻したようだった。
「そういえばそもそも俺だけ素のレベル低かったんでしたっけ。よし、やるぞっ」
ふ、と声なくシバが笑う。その切替の良さに対してだろうか、若さと勢いに対してだろうか。セリディスタを見る目は少し優しい。
『ふむー、調薬の下処理はこれで終わりかな。今回色々面白い素材が多かったー』
「ほほう?どんなものがあったんです?そういえば聞いてないですー」
僅かに考えて、シバはゆっくりとウィンドウを操作した。どうやらインベントリ内に少し余った素材を見せながら話すつもりのようだ。
『今回はねえ、花が多かったよー。基本毒草だったけど』
「えっ」
『毒というのは薬と通ずるところがあるものなのよ。酒は百薬の長とか言うけど、アルコール中毒ってのもあるでしょ。薬も量を誤れば毒になるのよ』
いまいちピンとこないが、そういうものなのかな、とスピネルは考える。
うまく呑み込めているのかいないのか、そういう状態のスピネルをよそにシバは言葉を続けてゆく。
『だから麻痺毒、毒、混乱、暗闇、睡眠系の異常を与える花4つは確保したの。上手くすれば薬に出来そうだったから』
「なるほど」
とりあえず、状態異常解除の薬になるかもしれない材料を手に入れたんですね、とスピネルは確認するように呟き、シバの反応を待つ。
『うむ、それでよろしい』
よし、とスピネルは嬉しそうに笑った。
「あ、シバさんさっき言ってたペースト状の草素材下さい」
ふと思い出したようにセリディスタがシバに声をかける。
『ああ、そういえば言ってたね。是非とも頑張ってみておくれ!』
「おっ、何すんの?」
期待の表情を浮かべたスピネルに、にししっ、とセリディスタは指を振って応える。
「出来上がるまでの秘密っスよ」
「えええー」
ひどいなあ、もう、と言いながら、仕方なくスピネルはインゴッド作成の方に戻るのだった。
がつんがつん、とハンマーを叩き、スピネルが素材をようやくすべてインゴッドにし終えた頃、シバは薬の作成をほぼ終えていた。
『よし、二人とも聞いて!やっと、平癒丸と滋養丸の上位版が出来たよ!中級ポーションよりもちょっといい効果なんだー』
「おおー!」
手を止めて、スピネルもセリディスタもシバの傍へと集う。
其処に並んでいるのは相変わらずの丸薬だ。ただし色が緑から黄色みがかかったものになっている。アイテム名はそれぞれ『快癒丸』、『強壮丸』というようだ。
「‥‥‥苦いっスか?」
『君がそれを言うのを待っていたんだよ!はい、快癒丸』
セリディスタには逃げ場はなかった。いや、たとえあったとしてもシバからは到底逃げ切ることなど不可能だっただろう。
最高に愉快だ、と言わんばかりの様子で快癒丸を突き出すシバ。その迷いない動作からは一分の隙すら見いだせはしない。
「う、うああああ」
墓穴掘った、と言わんばかりであったが流石にそれを口に出しはしないセリディスタ。
これ以上ごねても意味はない。意を決して受け取った丸薬を口の中に放り込む。
「うっ、おっ」
言葉を詰まらせるセリディスタを心配そうに見つめるのはスピネル。戦闘中にパニックに陥るような味ならば、それはそれで危険だ。
「危ない味なの?!」
「――いや、予想していた全力の苦みとは違う方向から責められて、ええと、びっくり、しましたっ」
ふー、と軽く息を吐いてセリディスタは答える。確かに先ほどのリアクションは驚いた、という状況の方がしっくりくる。
『私もちょびっと驚いたよ。今回はなぜか酸っぱい。でも我慢できる味』
「何故にですか」
『材料がまるっと変わったからじゃない?』
うあうー、とスピネルは頭を抱える。
「酸っぱいの、ちょっと苦手です」
「あちゃー」
がんばってください、とセリディスタが同情を示すも、スピネルはただ肩を落とし続ける。
『大丈夫スッピー。梅干し系じゃなくて柑橘系』
「あんまり救われてないけど、地獄は回避できたので良しとします‥‥‥」
どんよりと暗雲を背負ったような様子のままで、どうにか自分を納得させたらしいスピネルは、とぼとぼと自分の作業台に戻ってゆく。
『戻るな、スッピー。強壮丸はいいとして、他の薬の説明もしてないのに』
「あとで聞きますー」
やれやれ、とあきれたようにシバは肩を竦める。
『仕方ない。セリ君に説明しといて、あとで聞いてもらうか。今回はそれぞれの状態異常の予防薬的なものが出来たのさ』
「解除薬ではなく?」
残念ながらねえ、とでも言うようにシバは肩を竦める。
『かかってから飲むと、軽減程度の効果しかないけど、戦闘開始前に飲んでおくと状態異常にかかる確率をかなり減らせる』
「それはそれで有用そうですが、やはり解除薬の方も欲しいですよねえ。素材か、レベルか、どっちかが足りないのでしょうが」
そう簡単に欲しいものを作らせてくれないところがもどかしいが、往々にしてゲームとはそういうものだ。
段階を追って目標に達するしかないのだから、せいぜいコツコツ熟練度を上げて、素材を拾い集めるしかない。
『それよりさ、どうよセリ君。目的の物はできたのかい?』
あ、とセリディスタは呟いてにやりと笑う。
「それはもう。予想通りの効果が得られました」
インベントリからばさばさと取り出したのは大量の魔符だ。しかしよく見るとこれまで使っていたものとは若干紙質が変わっており、インクの色すら違うものが散見される。
「これ全部作り直したデバフ用の魔符です」
『ほほー。ウッディブラウニー素材の紙で、インクはそれぞれの異常に合わせて?』
「ですね。これまでの魔符用紙ですといまいちデバフの効果が悪かったんですけど、この食人樹紙を使い、用いるインクにさっき頂いた花素材を混ぜることで改良に成功しました」
これで思う存分敵を翻弄してやれます、と人の悪い笑みを浮かべるセリディスタに、シバも乗っかる。
『越後屋、おぬしも悪よのう』
「お代官様こそ」
二人はそしてくつくつと笑い続ける。
「‥‥‥むー。自分が悪いとはいえなんか仲間はずれっぽい」
ちょっと離れたところではスピネルがこのようにむくれていたが、それはそれで仕方ない。
二人に比べて集まった素材の量が多かったため、作業自体に遅れが生じているのもあって、今のところは構っている暇はないのだ。
しかも今、スピネルはちょっとした挑戦をしようとしていた。
ハーティソーンのしなやかな蔦、ロックプラントの骨根、軽銀のインゴッド、そして、しばし悩んだ末にスピネルは研磨された琥珀をそっと置いた。
うーむむ、とひとしきり唸り、これでいいのだろうか、と逡巡する。
でもいつまでもこうしていたって仕方がない、とスピネルは覚悟してハンマーを掲げた。
「どうにかなれっ」
あんまりと言えばあんまりな掛け声だが、それでもスピネルは思い切りハンマーを素材に打ち合わせる。
ぱしっ、と軽い閃光が散って素材は形を変えてゆき――
そこにあるのは、筒状のアイテム。
「出来た?‥‥‥で‥‥‥出来た――――!」
特殊 平原に棲む獣のチューブ(未施術) Lv6 等級4
素材:怪茨、石草獣、軽銀、琥珀
特殊効果:平原に生息する獣系MOBを捕獲できる
ただならぬ様子に二人も気付いたらしい。シバとセリディスタがどうした、と言わんばかりに声をかけ、近寄ってくる。
そして気付く。作業台の上のアイテムに。
「チューブ!?いつの間にそんな物作ってんですかスピネルさん!ちょっと、作る前に声かけてくださいよー!」
『やってくれたなー!』
「ええ、だ、だって失敗したら恥ずかしいじゃないですか!」
軽く赤面しつつ、もじもじとスピネルが答えるが、容赦なくシバはスピネルに飛びつき、羞恥心なんざ知るかー、と理不尽極まりない要求をしてくる。
「しかもこれ、出来はしたもののよくよく見ると微妙に出来悪いし‥‥‥Lvが6になってるからもうちょっと簡単な素材でも作れたわけでー」
等級はどうやら1から10で表されるようだが、4というのはスピネル的に納得できない物らしい。
『何?レシピって今回よくわからないの?』
「何と言いますか、こういう系統を使えば作れる、という程度です。メインとなるボディー、固定する紐状のアイテム、魔力を込める核、それを補助する金属素材、これらを組み合わせればいい、という感じで」
「うわ、なんて自由すぎるレシピ」
セリディスタが思わず天を仰ぐ。
「簡単そうに見えて、実は結構‥‥‥というパターンのようでした。というわけでシバさん、仕上げをお願いします」
『へ?』
「最後は魔工師に捕獲用の魔法を刻んでもらう必要があるらしいですよ」
『えー』
こんな感じで、と刻む魔法をウィンドウに表示させるスピネル。げっ、と言わんばかりにこわばった顔でびくつき、恐る恐るスピネルを見つめるシバ。
『ちょ、スッピー。難易度高くないこれ』
「高いに決まってるじゃないですか、Lv6ですし」
しれっと言いきるスピネルに言い知れぬ圧力を感じ、つい受け取ってしまったシバであるが、プレッシャーに表情は硬い。
『失敗しても』
「やだなあ、先輩が失敗なんてするわけないじゃないですかー」
うわあ棒読み、とセリディスタは呟くが、それに対する返答はどこからも返ってこない。
『もう、知らないぞーっ』
若干やけっぱちながらも慎重な手つきでチューブを作業台に置き、チューブの中央部に固定された琥珀の中心にそっとシバは触れる。
チリッ、という小さな音が幾度か響き、そしてゆっくりとシバはチューブから手を放す。
特殊 平原に棲む獣のチューブ(捕縛=光) Lv6 等級4
素材:怪茨、石草獣、軽銀、琥珀
特殊効果:平原に生息する獣系MOBを捕獲できる
『おおお、等級下がらんかった!』
「おおっ」
さっすが!と言いながらハイタッチを交わすスピネルとシバ。
『もうこんな博打は打ちたくないけどな!集中力が持たんぜ!』
「ははっ、それは私もですって!」
そんな中、一人静かに出来上がったチューブを手にとって矯めつ眇めつ見ているのはセリディスタだ。
「いや、まともなら上位素材相手にここまでできませんって。普通に判定厳しいはずなのに、何なんですかこの規格外二人」
冷静な一言だが、やはりそれを聞く者はいない。
「じゃ、一応なんとなくですが上位素材で作れたので、今の適性素材でちょちょいと本格的にチューブ、作っちゃいますか」
スピネルは上機嫌で素材をインベントリにしまい、新しくこれから使おうというものを出し始める。
「というわけでシバさんとセリ君にお願いが。シバさんには魔力銀とブルートパーズの作成をお願いします。セリ君はこのルインラクナルの皮を加工して革紐にしてほしいかな。それなりにまとまった数やってくれると助かります」
『はいよー』
「はいっ」
五人分の材料には十分だな、いや、大分おつりがくるだろう、と思いつつ、スピネルは上機嫌でハンマーをくるりと回す。
「よしこれで先輩どもに恰好がついた!」
「先輩どもって。スピネルさん本音ダダ漏れじゃないすか!」
「うえっ。しまったー!‥‥‥ええと、その、ほんとは先輩たちを喜ばせられるとか、そういうことが言いたかったのであって、ああああ」
あわあわと慌てる愉快な後輩を宥め、『黙っといてあげる』とシバが慰めるも、ついうっかりこぼしてしまった言葉はしっかりとそこに居合わせた二人の脳裏に刻まれてしまったのである。
「だって正直上手くいくか不安だったんですもん‥‥‥」
その気持ちもわからなくはないけれども、と思いながらも、シバはそれからも時々思い出し笑いをしてはスピネルにじと目で見つめられる羽目になる。
申し訳ありません、かなり更新が遅れました。
今年に入ってからというもの、多忙につきほとんど続きを書くことが出来ていませんでした。
休みもすべて予定でつぶれる日々です。そろそろ小説の書き方も忘れそうです‥‥‥
半年も経ってしまうとは思いませんでした。また、こうやってふらふらと不定期に更新していくかとは思いますが、それでも良ければよろしくお願いします。




