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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅱ. 若木へと至る道
58/63

Act 20


そして同時刻、エルダウッド内、宿屋。

呆然と力なく、端に寄せられたテーブルに項垂れる三人がそこには存在していた。

「ありゃあ、無理だろ」

「ああ。対策とか言う問題もそうだが、そもそもレベルが足りん」

『いやー、脅しとかフリじゃなかったんだねえ』

さながらその様子はシバ、エト、ハルタチの反省会、と言ったところである。

「結論から言って、現状野生のラグル捕獲は無理ということで」

「だな」

そう、彼らが薬草採取を始めてしばらく経ったときにそれは現れた。

ツヤのある茶の混じった黄緑の鱗を持つラグル。よく見るとそれの頭上には『ワイルドラグル』という表示があった。

のんびりと平原を闊歩し、呑気そうに喉を鳴らしている。おとなしそうなその姿は、特に牧場にいたものと変わらなく見えた。

これが例の野生のラグルか、よし腕試しじゃい、とハルタチが真っ先に飛び出し、二人のうちのどちらかが諌める間もなく魔法をぶっ放す。

まあ、いつもの光景だ。

仕方なく重いため息をついたエトが仕方なくハルタチを追い、ニヤニヤ笑うシバがそんな二人を見守る。はずだった。

ハルタチの魔法がワイルドラグルに着弾したかと思ったその時、パリンッ、とまるでガラスが踏み砕かれるような音とともにエフェクトが散った。

フンッ、とラグルが荒い息を吐き、ハルタチに向き直る。

目を見開いたまま、思わず後ずさるハルタチ、その表情は完全に引きつっていた。

明らかに先ほどと顔立ちが違う。これは家畜ではない、野獣の顔だ。

眼はギラギラと輝き、フシュルフシュルと荒く呼気が漏れ、後ろ脚が苛立たしげに地面を削っている。

そして弾丸のようになったそれは一目散に荒事を為した犯人に向けて突っ込んできた。

「う、うおぁっ!」

思わず反射的にハルタチを押しのけたエトがラグルの前に正対する。

補助スキルである『かばう』もあるし、どうにかなる。エトはそう思っていた。

『ひー!』

「嘘だろぉ、勘弁してくれええ」

まるでダンプカーにはねられたかのように、きりもみ回転しながら十メートルは吹き飛ばされたエトを見て、二人は戦慄した。

しかもエトはそのまま光に散じて消えてゆく。まさかの一撃死であった。

魔法は効かない、壁ですら一撃も耐えられない。

結果は火を見るまでもなく明らかなことだ。町に戻された彼らは再びフィールドに繰り出したものの、慎重に慎重な動きを重ねて薬草採取を行うことにしたのだった。

そうしてある程度材料が集まり、今度は自分の足でエルダウッドに帰還して、ようやくこの反省会である。

「カブにメッセージで言ったら超笑われたわ」

「何だって?」

「『野生ラグルは完全魔法耐性持ちで、物理攻撃90%カットだ。プギャー』だってよ」

『どうやって倒せってのよ』

俗にいうイベント系のMOBなのかもしれんなあ、とエトがこぼし、なるほど、と二人も納得する。

それならば現状捕獲できなくても仕方ない、とは思う。思うのだが、やっぱり悔しい。

「いっそ牛にしたら」

『論外だわー、でもあれ私は好きだなー!大好きだ!』

「気持ちはわからなくもないが、‥‥‥うっ、‥‥‥くくっ、いかん、思い出し笑いが」

牛というのは、エルダウッドから広がっているファローズ平原のMOBだ。正式名をギガバルーンホルスタインという。フィールドでは長いのでGBホルスタインと表記されている。

遠くからでも一発で正体を視認できるほどの巨大な体躯と、名は体を表すを実地で表現し続ける特徴的な姿から、主にここ三人の中で絶賛大ヒット中である。

どのくらいウケたのかというと、初めてそれを視認した瞬間、あのエトが爆笑して動けなくなり、つられて二人まで腹を抱えて笑い出し、うっかり近づいていた別のMOBに対しての発見が遅れてちょっとしたピンチになったほどだ。

第一の驚きはその姿だが、彼らを大爆笑の渦に誘った理由はそれではない。エトがうっかり発見してしまった、『騎乗可能』のマークのせいである。

「あれ乗ってたら一人サーカス出来るぞ」

「うさちゃん先輩が乗れば‥‥‥ププププ」

『ちょ、想像したし!』

「想像すんな!」

なお、GBホルスタインの移動方法は転がることによってなされる。

仮にあれに騎乗することになったとしたら、騎手は延々と玉乗りを強いられることが予測される。

あれに騎乗可能のマークを付ける辺り、どうも開発者のセンスに疑問を差し挟まざるを得ない。

「乳牛は今は置いとけ!話が進まん」

「へいへい」

「とりあえず見かけたMOBを列挙するぞ。騎乗用に捕獲可能な奴で、無理そうじゃない奴な。乳牛は存在が無理だから除外だ」

『存在まで否定しないであげて!』

反論するもシバの表情は大層すがすがしい笑顔である。

「えー、と。よく見たところだとウーリング、アルバル、ハーフリンガーだな」

「羊とアルパカと馬な」

ざっくり言うとそうなる。それぞれ現実に存在するものによく似た、随分とおとなしいノンアクティブMOBだった。

が、おとなしいのは何かするまでの話だ。結局手を出せばラグルほどではなくともそれなりに暴れ回り、そこそこ苦戦する。

ウーリングからは、もさもさ生えた毛の下に隠れた引き締まった筋肉によって放たれる、ものすごい体当たりが。アルバルからは麻痺を付与する唾の嵐が。ハーフリンガーからは何と鋭い牙をむき出しにしての噛みつきが待っている。

「見るなり逃げ出したのがファイガルー」

『あー、見かけ倒しライオンね』

これまたざっくりとした言い回しだがその通りだ。シマウマの模様をそのまま転写した、小柄なライオンとでも言えばいいような姿をしているのだが、基本こちらを見つけるや否や奴は逃げる。追いすがっても逃げる。動けなくしたところで、さあ戦おう、という段になっても、諦め悪く震えて逃げようとする。

ここから類推するに、ファローズ平原のモンスターは現実世界のモンスターの性質と基本逆になっていると考えて良いかもしれない。

「結局スルーしたのがクリムディアと、クリムディアホルン。お前らの真似をするなら‥‥‥うん、あいつらはアカシカの群れってとこだな」

「例のハーレムかぁ」

群れ、ハーレムの二つの言葉が指す通り、クリムディアとクリムディアホルンは必ず3頭以上で動く。

恐らくホルン、とついているのが雄で、そのまま群れのリーダーだと思われる。それはこれまで見てきた小さな群れからそこそこ大きな群れまでの中で、ホルンを冠するものが必ず1頭ずつしか現れなかったからだ。

クリムディアは馬より少し小さいほどの体躯をもつ鹿の姿のモンスターだ。鹿にしては大きいと言えるサイズで、額からは可愛らしい角が一対生えている。

クリムディアホルンはそんなクリムディアより一回り以上大きく、やはり名の示す通り立派な角を持つ。鹿の角というよりも、巨大なヤギの角をわざわざ別のところから持ってきた、という風情だ。

「あいつらちょっと強そうな上に集団だからなあ」

『だね。全員で行かないとちょっと怖いよね』

うんうんと頷き合う。脳裏によぎるのはやはりクリムディアホルンのごつい角だ。あれでどつかれることを想像するだけでも嫌である。挑む挑まないにかかわらず気後れさせるほどの存在感があの角にはあった。

「見かけたのはそこまでだが、一応エレクに聞いた名前で見かけてないのがあと二種類いる。パルニタとロッカゴルトだ」

「それはどんな奴なんだ?」

「パルニタはダチョウのような鳥系で、ロッカゴルトはかなり大柄な山羊っぽいそうだが」

『うーん、平原にいないのかな。山羊は確かに山にいるのも多いし、跳躍力があるなら鳥が山にいても変じゃないか』

いまだ未踏破のマップを想起しつつシバは言う。

騎獣になるモンスターもそれぞれ特徴があるというのなら、確かに平原だけに騎獣化できるものが生息しているわけではないだろう。

走るのに特化したもの、悪路を行くのに適したもの、好戦的なもの、危機察知能力の強いもの。

自分たちの強さや求めるものを鑑みて、その上で最も自分たちにとって必要となる要素を持った騎獣を手に入れるべきだろう。

「別に悪路ばかりを行くわけでもないんだし、重視すべきは持久力とそれなりの速さだろうけどさ」

「となると、やっぱハーフリンガーかクリムディアあたりか?」

『順当に行けばそうかなあ。羊やライオンに持久力はないだろうし』

その発言をした直後、おっ、という表情でシバは突如としてウィンドウを操作し始める。

「急にどうした?」

『メッセージ来てた。今気付いたから見る』

しばしの沈黙ののち、ふっとシバは笑んだ。なんだなんだ、と男二人も彼女の言葉を待つ。

『今二人こっち来るって』

「あー。えらくまた時間がかかったな」

「採掘に夢中になっちゃいそうな奴が一人いて、それを抑えられないだろう奴と一緒だったからな。順当な話だろ」

と、ノブが回る音と、きい、という蝶番がきしむ音が響く。

足を踏み入れてきたのは予想通り、当の話題の張本人たちであった。

「あーあー、その通りですよっと。でもインベントリはレアアイテムだらけにしてやりましたからね!」

「‥‥‥でも俺の初級鑑定士が中級鑑定士になるほどの頑張りを、あそこから見せなくてもよかったと思うんです」

やたら元気なスピネルと、しおれた様子のセリディスタ。全く、予想通りの結果である。

「やあ、本当に貧乏くじ引いたな。余り物には福がない、いい例だ」

「他人事だと思って‥‥‥」

若干恨みがましそうな目でセリディスタはハルタチを見やる。あはははは、とハルタチは誤魔化したように笑ってみせるが、それで誤魔化せるはずもない。

「こちらはごらんの通りです。多少の雑談をしながら私が色々やりすぎましたごめんね!」

勢いよくスピネルは言い切り、頭を下げる。

「いや、そこまで気にしてはいないんで、いいですよ」

慌ててセリディスタも首を振る。

「で、そうそう、そっちの方は?ラグルとか戦ってみました?」

「それなー」

これこれこういうわけで、とエトがこれまでの事情をざっとかいつまんで説明する。

「それ怖いですねえ。そう考えると一番最初にラグルを家畜化した人ってどんな化け物なんでしょうか」

「それもそうですし、捕獲できるチューブにどんなレベルのものを要求されるのかを考えただけで気が遠くなりますよ」

げんなりとしたように顔を見合わせる二人。

「むぅ、でも現状データとして持ってるチューブのレシピは基本系だとそれほど難しくなさそうなんだけどな。出来の問題かな」

ウィンドウを操作してスピネルは唸る。その様子を見て僅かに目を瞬かせたハルタチがふと問いかけた。

「そう言えば、チューブって何種類くらいあるんだ?」

「えーっと」

ざざっと全体をながし読みして、スピネルは答える。

「地形別だと平原、山岳、森林、湿地帯。形態別だと獣系、飛行系、竜系ですね。それらを組み合わせてざっと12種類ですが、さらに等級まで加味すると結構な量になりますよ」

等級、とはまた難しい要素が出たものだ。それはレア度のようなものか、とエトが尋ねる。

「出来栄え、の方がしっくりくるかと。熟練度が足りてた時、武器と防具に時々運が良ければプラスがつくことがあるんですけど、それをもっと複雑にした感じ?ですかね」

ははあ、なるほど、と生産経験者であるシバとセリディスタは頷いているが、ハルタチやエトにはなじみが無いようで、内容を飲み込むのに時間がかかっていると見える。

見かねてセリディスタがフォローを入れた。

「要は作成者の熟練度がかなりアイテムの出来を左右しますよ、と」

「あ、そういうことか」

良い素材を使っても、それに見合った技量がなければ出来上がったチューブは能力を発揮しない。逆に言えば今の自分に見合ったものを、持てる技術全てを注いで作れば、背伸びして扱った素材で作ったものより余程優秀な性能を持ったチューブとなるわけだ。

「それで自分の力量に見合った騎獣を狙えってクエストに書いてあったわけか」

ご丁寧にまあ、とエトがこぼす。

「じゃ、とにかく一回スッピーに作ってもらったもの見て考えようか?」

「そうですね、それがいいです」

うんうんと皆が頷き、立ち上がる。

「工房に行って、スッピーはチューブ作り、ちびっこは薬作成、セリ君は魔符のストックをためる感じか?」

「他にもいろいろしますが、大体そうですねぇ。その間暇になるでしょうけど‥‥‥エトさんもハルタチさんも、どうします?」

スピネルが思案しつつ問うのに、気にするな、とハルタチは笑う。

「いくらでも時間はつぶせるさ。な、うさちゃん」

「まぁな。三人が生産活動してる間に、森の入口で狩りしてようかと思ってたから、その辺は大丈夫だが‥‥‥なあ、今先輩ってつけなかっただろ後輩。いい度胸だな」

「突っ込みどころはとうとうそこになったのかよ!」

爆笑するハルタチを、無言で後頭部に一撃食らわせることによって黙らせたエトは、何事もなかったように続ける。

「ま、そういうわけだから。本当に気にするな」

『悶絶してるおにーさんはちょっと気になるけど』

「気にするな。ちょっと本気ではたいただけだ」

近接戦闘でビルドしたキャラクターの本気の一撃の威力は、ちょっと考えたくないが。

「もし足りない素材が出たら連絡してくれ。ちょっと行ってくるぐらいはするさ」

「じゃあ、お願いしますね」

三人とも新素材を頭に描いては、さあどうなることか、と想像を巡らせる。

楽しい生産の時間の始まりである。



野生ラグルは、人海戦術をとれば実はどうにかできないこともないのですが、適正レベルでは諦めたほうが無難です。

ちなみにこんな感じで蹴散らされるのは誰もが通る道だったりします。

カブは全力で逃げ続けたものの結局追いつかれて死に戻りし、涙目になったとかならなかったとか。

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