Act 16
一方のエトは丁度倒れて少ししたあたりで体が縮み始めていた。ものの見事に時間切れだ。
まだまだだな、そんなふうに苦笑して平癒丸を含む。再生功のエフェクトが自分の体に降り注いだのも見て、ああ、ハルタチは無事だったらしい、よかった、と一人ごちた。
「ウグルァァウ!」
先手を切ったブッシュ・カッツェの鋭い爪を伴う凄まじく早い一閃を、紙一重のところでスピネルがかわす。
潜まされていた次の一撃は辛くも盾で受けたようだ。
「ツインブレイク!」
一方のスピネルの二連撃もまたクリーンヒットとはいかないようだ。山猫はその回避モーションのまま全身のバネを使って飛び上がり、樹影に潜む。
其処を射抜くのはシバの魔弓。相変わらずのコントロール性能で、見る見るうちにその腕を上げていくようだ。速射、曲射、息もつかせぬ矢の中で足場を失い、口惜しげに山猫は地に戻る。
が、行きがけの駄賃としてシバにその凶刃をひらめかせる。
「――ッ」
声なき声を上げて辛くも躱すシバだが、HPが少なくない程度に削れたらしい。その瞳に焦りが宿った。周囲が見えづらい。状態異常の暗闇まで発動したらしい。
急いでポーションを飲み干して無事を悟る。
ちらりと見るのは足に宿る緑のエフェクト。セリディスタのバフがいつの間にかかけられていたのだ、これがなかったら危なかった。
迎撃しようとしたスピネルも、思ったように相手どることが出来ず、攻撃のいくらかはかわされる。
「うー、ふっふっふー」
其処を叩き潰そうにも素早い相手だ、思い通りにはなってくれない。
‥‥‥そう、もしもそれが二体一での戦いだったならば、このままじり貧だっただろう。
しかし、シバとスピネルの後ろには頼りになる仲間がいる。
「グランピット」
天啓のようにその声を聞いて、スピネルは瞬間的に動いた。
シバもまた、そうであった。
二人の動きに喚起されたのか、ブッシュ・カッツェもまた慌てて動こうと飛び退いて――失敗した。
もし仮にその呪文を唱えた主がシバだったならば、そうでなくても普通の魔法使いだったならば、その動きは正解だ。
が、スピネルも、後ろに控えたシバでさえもが大慌てで引く、すなわちその魔法の範囲がかなりの広範囲にわたって発揮される、という、例外的な状況。
ハルタチが唱えた魔法は落とし穴を作る魔法だ。正確に言えば指定したユニット一名の足元を限定的に柔らかくし、ちょっとしたくぼみを作る初級魔法。正直言って役に立たない、もしくは使いどころの難しい分類の魔法になる。
が、アーシーズローブを身にまとった彼にかかれば、この通り。
「――ゴニャアアア!?」
「落とし穴、一丁上がり!」
味方後衛までうっかり巻き込みかねない範囲まで広がる、敵を対象とした馬鹿でかい、しかもちょっと深めの落とし穴が完成するのだ。
ずるずるごろごろ、と様々な音を立てて体勢の崩れた山猫が落下するのに、しめた!とばかりにシバは矢を親の仇のように連射し、スピネルもまた嬉々としてとびかかる。
「放たれよ、魔喚功!放たれよ、猛撃功!」
セリディスタが自己強化をした上でかけたバフで、バッシュピックが爛々と赤く染まる。嬉々として片手鎚を掲げたまま、動きを止めた山猫を見据えて、スピネルはすがすがしく笑った。
その瞬間ちらりと合った山猫の紫の綺麗な瞳は、どこか呆然とスピネルを見つめているようにも見えた。
「――インパクト、バッシュ!!」
額に突き刺さるその強烈な一撃は、赤と白の光を瞬かせてすぐに収束する。
硬直するスピネル。同じく固まって動かないブッシュ・カッツェ。
次の瞬間、山猫がばたり、と倒れて光が四散する。HPを削りきったのだ。
「勝ちましたー!」
『やっほーい!!やったねスッピー!』
落とし穴からはい出ようとして手こずるスピネルにシバが手を貸し、ようやくどうにかスピネルも地面に立つ。
「やりましたね!勝てるとは、ちょっと思わなかった」
セリディスタがどこか疲労感を滲ませながらも笑って迎える。
「正直言って、あの女の子のトラップってのを思い出したおかげだけどな」
へへっ、とハルタチも笑う。
「その前にエトさんがちょっと無茶しましたけど、それも結果的にはよかったです!」
「ありゃ、まあ、うん。ありがとう」
エトが喜んでいいのかな、といった素振りで首を傾げつつ頭を下げる。
『確かに、エトさんの頑張りがあったから最後にスッピーが耐えきったわけで』
「まあでももうちょっとペース配分は考えてもよかったっすかね」
セリディスタがそういうのに、ハルタチが笑う。
「いいじゃねーか。うさちゃん先輩は俺を心配してくれたんだよ」
「ぬ、あ、やめろちょっと恥ずかしい」
照れるエトの姿を見るのも久々だ。皆思わず頬が緩む。
『あと敢闘賞、セリ君だよね』
「ええっ!?」
「確かに。回復と言い、あの地味ながらも的確な強化系のバフと言い、お見事でした」
「あ、あう」
言葉に詰まったセリディスタを見て誰もが和やかに笑うが、状況は決して好転してはいない。
『スッピー、ドロップ拾った?』
「はい、何の確認もしてないですが、とりあえず大急ぎでまとめました」
レベルが上がった、インベントリが詰まってきた、という報告を取りまとめつつ、とにもかくにも全員が身支度を整える。平癒丸がなくなったエトに融通したり、逆に滋養丸が切れたセリディスタに融通したり、といったところだ。
「また雑魚が寄ってくる前に、抜けよう!」
「おー!」
「了解です!」
『はーい』
「へいよー」
全員がすがすがしく声を上げ、森越えを再開する。疲れ切った体からはそれでも難敵を打倒したその爽快感からか、気力がにじんで見えた。
「苦い‥‥‥」
しかし滋養丸を含んだセリディスタは、すぐにげんなりとした顔で気力をしおらせていた。
誰もが通る道だと、そうして笑い、笑われつつも、道中を進む。
目標地点となっていた大きな木はいつの間にか通り過ぎていて、次の目標地点というのはもうない。
次に見るのは、日の光だ。
「もうすぐだよー、長かったよ」
『うん、いいね、明るいね』
鬱蒼としていた森の佇まいも、いつの間にか姿を変えている。出口が近いのだ。
「左手、気配がある」
「おっと。はいー」
エトの鋭い忠告に、慌ててスピネルは武器を構え直す。先ほどの戦いで片手鎚に持ち替えていたのを両手鎚に戻したため、若干動きがぎこちない。
「待った。人だぜ。おうい」
訝しげな顔をして誰もが左を見る。ハルタチだけが妙にフレンドリーだ。
「‥‥‥はッ!?――あ。あー!さっきはすみませんでした!」
がさっと草むらからウサギのように顔を出したのは、先ほどのトラップ少女だった。
「ハルタチさん、なんで分かったんですか?」
セリディスタの問いに、ハルタチは堂々と胸を張る。
「かわいい子は忘れん」
「わー」
呆れたようなスピネルの声が白々しい。
「無事逃げられたんだ、すごいな」
「えへへ。道中罠まみれにして、ひっかけまくってやりました。そちらも無事みたいでよかった」
『あの後、レアMOB来たんですよ』
えぇ、と少女は驚いたように目を見張る。
「見た感じ、初めて森越え、ってとこでしょうか?それにしてはすごいですね!」
「いや、そうでもないでしょう」
エトが肩を竦める。振り返って見た全員が少なからずぼろぼろだ。満身創痍、と言っても過言ではない。余裕があった行程ではけしてなかった。
そもそもセルゼスを通ることが出来ればこんなことはしなかったわけだし、そういう意味では本当に常識はずれの、無茶苦茶だ。
「またまた。敢えて森を超えてきたんだし、やるなーと思いますよ」
「敢えて?」
「おや?」
少女は首を傾げ、まさかとは思いますけど、と前置きして語りはじめる。
少女曰く、本来のルートはセルゼスを通過後、山を越えることでのエルダウッド到達なのだという。そうである以上、アスルド深林の適性レベルはセルゼスの向こうにあるという山、現在アスルド深林に接地しているそこと同じということになる。
出現する敵のレベルはというと、実は山の方が若干高い。とはいえ、状態異常攻撃を駆使してくる厄介な敵が少ない方が難易度が低いと考え、森越えを選択するPTは非常に少ない。
「はー、なるほど、事情は呑み込めました」
「はー。なるほど、まさかの反骨精神とは思いませんでした」
エトと少女が互いに状況を把握し、納得しあう。
「私、その前に山越えしたしなー。そっからセルゼス戻ってないし知らなかった。気を付けよう」
うんうん、と少女が頷く。そしてはっとしたように辺りを見回し、慌てだす。
「そうだ、行かなきゃ。‥‥‥まあ、これは迷惑料ってことで、ここで出会ったのもなんですし、どうぞ。あと少し、頑張ってください」
まくしたてた少女は急いだ様子でエトとハルタチにポーション類を渡すと、森の中へと分け入ろうとする。
「待って!君、名前は?」
振り向いた少女は鮮やかに笑う。
「――ネム。基本ソロだけど、また会う時があったら!」
じゃあね、と行ってネムと名乗った少女は蔦と木の中に姿を消していった。
「おお、中級ポーション」
わたされたそれを見ると、おそらくこの先のエルダウッドで売っているのだろう、店売りと思われる中級ポーションが十本ほどだった。
皆喜び勇んで飲み干して、再び歩きはじめる。
そして、十分も経っただろうか。
幾度目かに、がさ、とエトが掻き分けた草の向こうは、鮮やかな真昼の暖かさが祝福するように世界を照らす、森の向こう側だった。
*
一先ずきりがいいところで。
すごくその、驚いたのが‥‥‥というか見るたび驚くことしかしてないんですけど、お気に入りが400件超えてるじゃないですか。
じわりじわりと増える数に、ちょっと怖いと思ったチキンな私。
ええーと。はい。このままマイペースで行きます。がんばります。




