Act 15
誰もが疲労を抱えていながらも、それを出そうとはしなかった。何が起こるかわからない中で、気持ちだけは絶対に折れてはいけないものだ、と感じてでもいるかのように断固として誰もが疲れた、とは言わない。
思わないわけではないのだ。まだこれだけしか進んでいないのか、無事に辿りつけるのか、無茶だったんじゃないのか。
そのような悪魔の囁きとでも言えそうな思考とも、彼らは戦いを強いられる。
「鉄鋼拳!」
エトが勢いよく数歩踏み込み、とびかかってきたロックプラントの腹部にその拳をブチ当てる。
向かってくる勢いと突き出される攻撃、その相乗効果によってロックプラントはその胴体を粉々に吹き飛ばされたらしい。ゴロゴロ、という悲しげな音がロックプラントの残された頭近辺から漏れ、姿が失せる。
「えげつない」
端的な感想を漏らすハルタチ。
「スプラッタじゃなくてよかったじゃないか。それに弱点が腹だったんだろ」
「本当に?」
「わからん」
いっそすがすがしいほどに投げだしたエトはまた新たな敵の相手を始めている。
シバもそれを見て矢継ぎ早の援護を繰り出した。彼女も魔弓に慣れたのかスキルを取ったか、いつの間にか複数の矢を連続で放つことが出来るようになっているようだ。
「再生功。うげ」
カキッ、という軽い音を立てつつ滋養丸を噛み砕くセリディスタ。
けほけほ、と咳き込むのはまだその味に慣れ切っていないからだろう。そのうちそれに完全に慣れておかなければ、戦闘中に危険なこともあるかもしれない。が、現段階でそれを求めるのは酷な話だ。
「お」
「ようし、私は‥‥‥ん?」
周囲を伺っていたハルタチと、攻撃モーションに移行する直前だったスピネルが何かを感じ、ふと動きを止める。
強いて言うならば、違和感。奇妙な、落ち着かないような、そんな気持ちにさせられる。
その理由の元を探してぐるりと辺りを見回すも、なんといってもここは森、視界は極めて悪い。
「何だ?」
とうとうそれにエトまで反応を示す。ポーンビィと呼ばれるネズミサイズの蜂の攻撃を注意深くいなしつつ、あからさまな異常もないのに感じる異様な感覚に落ち着かないようだ。
エトとシバは手早く周囲の敵を殲滅し、――そして誰もがそれにはっきりと気付いてしまったころには、もう手遅れだった。
「グルルルル‥‥‥グガガガガ」
「いっ」
セリディスタが声を上げようとしたのをあわててシバがふさぐが、それは何の意味もなさなかったようだ。むしろ、そうなる以前にそれはこちらに気付いていたと見える。
ダンプカーを思わせる巨躯。爆発的な瞬発力と力をもたらすだろう筋肉の塊を、血が乾いたような赤茶の毛皮で覆ったようなそれは、気配だけで周囲を恐怖に染め上げていた。
キィキィ、カサカサというけたたましい音を立てて周囲のMOBが姿を消してゆく。
BOSS クルールグリズ
「――――ガガゴォォォ!!」
びりびりと空気を震撼させる大音声。
「まずい」
エトが一歩引く。どこに逃げればいいのか、どう指示したらあれの被害が少なくなるか。一瞬のうちにめまぐるしく思考が脳裏に明滅し、だがそれらは言葉になる前に消えてゆく。
だが、何か言わなければ。このまま硬直していては、何にもならない。意を決したエトが言葉を放とうとしたその時、まるで横っ面をはたかれたような動きをして、巨熊――クルールグリズが動きを止める。
「ごめんなさい!」
澄んだ声。まだ大人になりきっていない年ごろの子供の、甲高い響きだった。
実も軽く草むらから飛び出たのは小柄な少女だった。そのまま投げナイフを投擲し、いくつかはクルールグリズの首元ををかすめていく。
「ハイディングしてトラップにかけるとこだったの!あなたたちがいるのがわからなかった。このまま私がタゲを持っていくから、反対方向に逃げてください」
なるほど確かにクルールグリズは足を取られているのか、一歩もその場から動けていない。
不自然に傾いだ体から考えるに、落とし穴とトラバサミのようなものの合わせ技か。
恐らくトラップにかかった瞬間、仕掛けた張本人である少女より、最も手近なPTであるスピネルらの方に気付くのが早かったのだろう。故に誤ってターゲットが飛んだのだ。
「え、でも一人じゃ」
ハルタチが目を瞬いて彼女を見る。仲間がいるようにはとてもじゃないが見えない。あのボスにまさか一人で挑もうなんて、とその瞳は雄弁に語っていた。
「うん」
だが少女は事もなげに頷き、慌てたように腕を振る。
「もうすぐトラップが解除されるから!私がうまくヘイト稼げるかもわかんないし、早く!」
「わかった!行くぞ!」
ハルタチが頷き、先導を始める。慌ててエトがその前に出て順路を問う。
「もう少し行ったら右方向、大岩があるから迂回して、直進だ」
「敵はどうしますか!?」
「出るようになったら万歳だな、ボスの影響下から逃れたってことなんだから!」
そうか、とスピネルは納得し、ならば今は走るのみだと意識を切り替える。
比較すると体力の低いハルタチ、シバ、セリディスタが負担にならないような速度になるよう気を配り、武器を両手鎚から片手鎚に持ち替えた。いざという時にはやはり、使い慣れた武器の方がいい、と判断したのだ。
鉈のように蔦を裂き、草を払い、身軽な動作で段差を超える。
似たような風景が繰り返し、どれほど走ったのか、時間感覚さえあやふやだ。
冷や汗が噴き出すような嫌な感覚すら走るような気さえする。
「ふっ‥‥‥ふー。タゲは、切れたのか」
「た、ぶん」
エトが速度を緩めハルタチが見るマップを覗く。後衛組は流石に疲労困憊、といった様子で立ち止まってしまっていた。
「随分進んだな。が、道からそれてる」
「贅沢言うな、あれで指示なんか出せるかよ」
ハルタチが吐き捨てるように言ってしゃがみ込んだ。
「あの大声。あれ、敏捷低下の効果があったんじゃないすかね」
「そう言われれば、そうかもしれんな」
思ったより、きつかった。エトもそう言ってぐりぐりと額を擦った。
『怖かった』
シバのその一言はあまりにも端的にその時の全員の心境を表現していると言ってもよかった。
そうだ、怖かったのだ。全員が感じていた、あのレベル差には到底かなうはずがない、と。
しかしそれに伴う疑問も当然発生する。
「でもあの子。ソロでやる気で、しかも割と手慣れた対処だったような‥‥‥」
全員がしばしの間顔を見合わせて黙る。
「ま、まあ、きっと、高レベルのプレイヤーだったんですよ」
「どうかな」
わかんないわかんない、と言ってハルタチは立ち上がる。
「さ、とりあえずは行くだけ――」
そうして笑おうとしたそのハルタチの表情が驚愕にひきつり、飛ばされていくまでに1秒。
地面に激しく突っ込んだハルタチが動けなくなった異常に気付くまでに1秒。
「ッ!再生功!」
一番最初に的確な反応を示したのはセリディスタだった。とっさにハルタチに駆け寄り、再生功を連発する。
シバが慌てて矢をつがえ、凶行の主を探し、射掛けるもそれは空を切ったようだ。続けざまに響く風切り音と葉擦れの音ばかりで、一向にその正体は見えない。
「狂獣化」
その中で紡がれた静かな呟きに、スピネルはぎょっとして後ずさる。頭に血でも上っているのだろうか、エトはあまりにも無表情で、その様に得も言われぬ不気味さを感じたスピネルは息をのみこんだ。
狼人間のような、まさに狂った獣と化したエトは低く唸り、だんっ、と草中に踏み込む。
「ウオオオオォォォォッ」
金属の小手を纏った重い一振りが、それを樹影から叩きだす。
「ギァオウ!」
ヤマネコ、というには大きかった。それでもヒョウよりは小さい。
『ボスに引き続きレアかい!?運が無さすぎるよ!』
確かにあれは初めて見た系統のモンスターだ。隠密能力が高く、一撃の攻撃力もまた致命的な威力を叩きだす、厄介極まりない敵。
ブッシュ・カッツェ
表示された名を見て、あー、確かにレアだろうなこの雰囲気は、とスピネルは思う。
とはいえ、現状エトと山猫の戦闘にはどうにも入っていけそうにない。エトの狂獣状態のときはあまりに危険だ。何も好き好んで巻き込まれに行くことはあるまい。
スピネルはそう判断し、ハルタチを治療するセリディスタの援護に回る。周囲には通常MOBも沸きはじめていた。
体力の低いものに集まる性質のあるポーンビィを薙ぎ払いつつ、様子を伺う。
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい!スピネルさんすみません、ありがとうございます」
セリディスタが頭を下げる。が、己の身を顧みずハルタチの治療をしていたのだろう。彼自身もHPがかなり削れていた。
「すまん‥‥‥」
呻きながらハルタチが首を起こそうとして力なく倒れる。
「気にしないでください、私がいますので」
「はは、かっこいーな」
ハルタチは苦笑して、どうにか動くようになった手で平癒丸を掴み、口に無理やり押し込む。
「追加の異常は暗闇だな。装備を新調してなかったら危なかった、一撃でやられてもおかしくない」
「暗闇まであったんですか!ええと、状態異常解除ポーションは」
セリディスタが自分のインベントリから慌てて取り出し、ハルタチの口元に当てる。
それを横目で見つつ、スピネルはエトとシバの方を確認する。
シバは遠方から狙撃で善戦しているようだ。攻撃力の高さからかヘイトを稼いでいるのはエトの方なので、彼女の危険は少ない。
とはいえ、最も心配なのは一方のエトである。
いくら全ステータスがブースト状態になったからと言って、そうそう無茶がきくわけではない。その証拠にHPは確実に削れ、動きも精彩を欠きつつある。
一方の山猫はまだ若干の余裕を残しているように見受けられた。
もう間もなく崩れる、そう判断したスピネルはラウンドシールドを左に装備し、バッシュピックを掲げてエトとブッシュ・カッツェの隙間に潜り込んでいった。
「失礼しますっ!」
そしてエトをなんと、盾を使って後方に弾き飛ばす。不意打ちのようなその一撃にエトは体勢を崩し、ぐお、ともつかない声を上げてシバの方に退いた。
そんなエトがいた場所、頭を抉るはずだった山猫の一撃は空を切り、忌々しげに唸って新たな獲物であるところのスピネルをにらみつける。
「きれーな目」
舌なめずりをしたスピネルの姿が、山猫の紫がかった瞳に映されている。
山猫はそれになにか不穏なものを感じたのだろう、動きを止めてじろりとスピネルをにらみつけた。
援護をしていたシバですら、固唾をのんでその様子を見守る。
気を緩めたところの不意打ちはよくあることです。
超こわい。何が怖いって、その一瞬の間にまるっと無防備になってしまう所とか。
加工技術を駆使してトラップを使うキャラクターというのは実際のMMOではまずいない系統です。
でも、こういうプレイが出来たら楽しいんじゃないかなあとも思う。
トラップ、暗器、戦略を駆使して堅実にボスを攻め落とす。かっこいいじゃないですか。




