Act 14
アスルド深林のMOBは基本的に植物系統が多いが、特筆すべきは毒、麻痺毒を筆頭に、腐食、虚弱、混乱、暗闇などの状態異常を与える特徴を持つ者が多いということである。
毒、麻痺毒、混乱、暗闇などは一般的なRPGでもおなじみの効果をもたらす状態異常だ。
残りの腐食、虚弱はというと、これは一時的にそれぞれ防御力、攻撃力が低下するという地味に嫌な異常である。
ちなみに魔器の為に狩り続けたウッディブラウニーも腐食をもたらす攻撃手段を持つ敵だ。
スリーマンセルでの戦法が確立するまでは、推奨レベル帯に対してであっても比較的強い攻撃力と、腐食を付与する酸性の涎という要素が相まって、非常に厄介な相手であった。当然全滅するかもしれない、という場面が幾度ももたらされたものである。
また、アスルド深林のMOB遭遇率は高い。体勢を立て直す前の矢継ぎ早の襲撃など当たり前で、気の休まる瞬間というものは基本的に少ない。
『うー、皆避けてよっ』
「無茶苦茶だな、くそっ!少なくとも、善処は、してるっ!」
ギャリッ、という金属がこすれる音が響く。エトが付きだした腕に、勢いよく棘の付いた植物がぶつかって弾かれたのだ。
これはハーティソーンという、蜘蛛の形状をした野茨の攻撃である。
細かい攻撃はよけきることが難しく、微量ながらも多少のダメージの蓄積を覚悟しなければならない。地味に嫌な敵だ。
ハーティソーンのおかげで諮らずとも受け流しを実戦投入する羽目になったのだが、エトはどうにかそれにも順応し、変化した立ち回りにもある程度慣れたようである。
「そこ突破したらそのまましばらく真っ直ぐ、もうすぐ水辺だ」
今回ハルタチは基本的にマップを報告する、アイテムを拾うといったような補佐的な担当になっている。慣れない武器を扱う前衛と初めてのマップということで、出来るだけリスクを避ける選択を取ったのだ。
前衛を巻き込まない位置でなら躊躇なく魔法を使ってはいるが、それでもサブ的な役割に徹しているのは珍しいことだ。
そのかわりに奮戦するのはシバで、光の矢として収束した魔力を射出し、的確に前衛のアシストをしている。
「じゃ、切り払いで行きますか。放たれよ、疾風脚」
「ひゃお」
右手からエトの援護をしようと駆け寄っていたスピネルが驚いたように声を上げる。突如として加速したのに一瞬戸惑ったのだ。
が、ちらと声の主に視線をやり、両足を包む柔らかな緑のエフェクトを見て得心したスピネルはそのまま速度をトップスピードまで上げ、速さに任せて敵に突っ込む。
「フルスイングー!」
ホームランもかくやと言わんばかりの全力でスピネルがハーティソーンの横っ面をはたく。
「放たれよ、猛撃功」
「サンキューセリ君、あとは任せろ!」
今度はエトの拳が赤いエフェクトで包まれる。勢いに任せた一撃で吹き飛ばされたハーティソーンを待ち構えていたエトの拳が、暗い茶色の胴体にめり込んだ。
「キュルクイィエ!」
形容しがたい音がそれから発せられ、光が散る。
そのまま新手に向かうスピネル、エト。先手となる一撃をシバが放ち、ドロップ品を回収して索敵するハルタチ。
そんな彼らの様子を注視しながら戦況を俯瞰し、左手に符を、右手にペンを持ち彼らを追うのは、セリディスタ。
時々折を見ては補助呪文をかけ、分が悪いと悟れば妨害呪文を唱える。
彼の判断は的確だった。伊達にゲームをやりこんできたわけではないのだろう。
レベル差はあるとはいえ、それを感じさせないプレイヤースキル。
パーティー内の動きをよりスムーズにする潤滑剤として、間違いなく彼の力は十全に発揮されていた。
「スピネルさん左!」
「ういさ!」
スピネルが飛び退くと、丁度重い音がして頭上から苔むした岩が降ってくる。
「ぐえ、ロックプラントかよ」
慌ててハルタチも戦闘態勢に入る。ロックプラントは現状アスルド深林で遭遇する中で最も面倒な敵と言って良い。
ロックプラントは岩に根を張り、岩を操るモンスターだ。岩が獣の形をしたような姿をしているが、本体は植物の部分で、そこを抑えない限り絶対に死ぬことはない。
もちろん一撃で本体を刈り取ってしまえれば簡単なのだが、物事はそううまくいくものではない。ロックプラントの動きは恐ろしく敏捷で、その一撃はまともに受けることを許さない威力がある。
『最悪だっ』
ヒュン、と空気が鳴り、シバが放った矢が細かに分裂してゆく。それはまさに弓の名を冠するがごとく、雨となってロックプラントに降り注いだ。
表面の苔が幾許か削れるが、ロックプラントはまったく動じない。
「庇うそぶりもなしか、何処だ」
「裏側だと面倒です」
逃げるか、戦うか、それぞれがちらりと確認し合い、頷く。
「仕方ねっ、ファイアブロウ!」
グオウ、と空気が唸り、ロックプラントを包むようにして炎の柱が上がる。
『馬鹿!』
シバが慌てて止めようとするが、当然それはもう間に合わない。
「グランウォール、ウォートプレッサー!」
そして一度用意した工程を止めることはかなわず、ハルタチは連続で魔法を放っていく。
まず隆起した土壁が周囲のモンスターをあらかた巻き込み閉じ込める。もちろんロックプラントもその中だ。
逃げ場を失った集団めがけて押しつぶすのは水の塊。
強烈な水蒸気が上がり、むわっとした熱気が押し包む。
「がっ、あ、げほっ」
が、そこでエトが涙を流し、そのまま悶えてうずくまる。先行していた彼は引き損ねていたのだ。喉を焼くような蒸気をもろに吸い込み、痛みと衝撃と予想以上のダメージが彼の動きを止めてしまったのだろう。
身の軽いスピネルはすんでのところで回避したようだが、エトはそうもいかなかったと見える。
「まずい!放たれよ、再生功!放たれよっ、包守陣!」
セリディスタがリジェネレーション効果をもたらす術と防御強化のバフをエトにかける。
下手に近寄ると自分も巻き込まれかねない。エト自身に引いてもらうしか術がないのだ。
「ごめん!ミスった‥‥‥」
『予想の斜め上のミスだったわね』
シバは火柱を見た瞬間延焼を懸念したのだが、どうやらハルタチはその対策として、土魔法を使った封じ込めを用いた戦法を持っていたようだ。
が、水蒸気の追加ダメージのことまで頭が回らなかったらしく、予想外の効果に戸惑ったと見える。
「ロックプラント、まだ生きてますっ」
「げっ」
蒸気が晴れてようやくあらわになった視界には、僅かとは言えHPを削りきることが出来なかったロックプラントの姿がある。
「ふー、っは、きつかった。エフェクト的には右後脚が本体っぽいぞ」
ようやく蒸気によるダメージの影響が切れたのだろう、まともに動けるようになったエトがそう言う。
『はいよー』
シバが即座に対応し、動きかけたロックプラントの足を速射で縫いとめる。
「インパクトバッシュ」
僅かな溜めの後、ざん、と音を立てて踏み込んだスピネルの攻撃が見事にロックプラントの弱点となる右後脚にぶち当たった。
カメラのフラッシュのようなエフェクトが瞬き、ロックプラントが崩れ落ちる。
「よし」
スピネルが満足げに頷く。
「そのスキル初めて見たな。どんな効果だ?」
「弱点特攻ですね。溜めがいるのと、弱点以外に当たっちゃうとダメージが半減するんでちょっと使いどころが難しそうですが、慣れると強そうです」
プレイヤースキルが試されるのか、とエトは面白そうに笑う。確かに運動神経がよく、ゲームの順応の速い人には心強い一手になりそうだが。
「要練習、ですね。今も止まってる相手じゃないときっと成功しませんでしたよ」
そのどちらにもいまいち当てはまらないスピネルはふうと軽くため息をつく。
「ま、成功して何よりだ。敵のいない今のうちに突っ切ろう」
ハルタチがマップを見つつ前方を指す。全員がそれに応じ、草の根や蔓を掻き分け掻き分け、わき目も振らずに進んでゆく。
もたもたしているとエンカウントが増えるばかり、いいことはない。
「む」
がさり、という音が止んで、五人は恐る恐る足を踏み出す。
突然開けた場所に出たので、一瞬戸惑ったのだ。
「さっき言ってた水辺か」
「だな。目標地点に到着だ」
誰ともなしに溜息をついた。ここは特に安全なポイントというわけではないのだが、それでも見通しがそれなりにいいので、奇襲などを避けることはできる。
これまでよりは安全な場所だと言えるだろう。
「アイテムとマップを一応見よう」
再度確認を行う。こうして中継地点につくたび、次の中継地点を見て、回復用などのアイテムが減りすぎていないか、それぞれの役割を変更する必要がないかを確かめるのだ。
「じゃあ私見張りします」
索敵を行うのにスピネルが名乗り出る。それ以外の四人は各々の作業に入った。
「今回は滋養丸の持ちがいいな」
「平癒丸は」
『まあ許容範囲かな?』
ほー、とエトが感心したように声を上げた。
「セリ君が地味に回復手段を持てるようになったのが良かったってとこか」
「ですね。これがなかったら厳しかったとは思います」
セリディスタが道中で取得した新スキル、再生功。正直なところその効果の程は、ピュア・フェアルの回復量と比較すると焼け石に水、程度である。おそらくシバが使っていた回復魔法よりも場合によっては劣る。
だがセリディスタは再生功をそのまま使っていたわけではない。どうにかして実用の範囲に持ち上げた。
「ただし、結構な力技なのであんまり多用はしたくないです。魔符が持たない。それにいつもうまくいくとも限りません」
少し困ったようにセリディスタは言う。
『確かにそうだね。一応緊急時用ってことにして、しばらくは平癒丸で対応しよう』
そうだなあ、と前衛二人が納得したように頷いた。
彼が取った手段は至極単純、回復量を増やすには魔力を上げればいいわけで、それでも足りないなら重ね掛けをすればいい。がちがちの力技だ。
魔力を上げるのに魔喚功を自分にかけ、ダメージを負った相手に再生功を連発する。詠唱を最小限に抑えることのできる魔符の特性を最大限に生かした方法だが、それでも再生功の効果はあくまでリジェネレーション。すぐに劇的な効果を発現させるわけではなく、一歩間違えれば術は間に合わず終わる。
「全く、どうあがこうともタイトロープだ」
エトはマップを閉じ、ぐるりと肩を回す。
「今はまだ運がいいだけだ、ボスにいつ出くわさないとも限らない」
『ボスか。忘れてた』
「例の神出鬼没のやつか」
ハルタチはふむ、と言いながら首をひねる。
「入口付近に出てきたときもあるし、奥でばったり、もあるんだっけな」
そうだ、とエトは首肯する。
「セルゼスで聞けるだけは聞いてきたが、まあ聞くほどに出会いたくない気持ちが募る」
「すみません、ウッディブラウニー沸きました。まだ気づいてはいないですが」
緊張を孕んだスピネルの声に、チッ、とハルタチは舌打ちをして身構える。
ここにとどまっていれば遅かれ早かれウッディブラウニーの襲撃をみすみす許すことになるだろう。
「次の目標地点、このまま北西へ。でっかい木があるからそこまで行こう。出発だ」
「はいー」
こうして短すぎる休息は終わりをつげ、再び五人は強行軍の中へと身を投じてゆく。
「進みながらで悪いがボスのことを確認しよう」
『1、姿は四足の巨大熊 2、アスルド深林内を歩き回っていてどこに出るかわからない 3、ありえないほど強い 4、火が効果ありそう』
シバがすぐさま項目を列挙していく。
「でも俺の火魔法は危険すぎるんだろ?」
あーあ、と言わんばかりにハルタチが肩を竦める。いやいや、とその様子を見て苦笑するセリディスタ。
「一撃でも食らったら即死しかねませんよ、聞いた限りだと出会ったとたんに吹っ飛ばされて気が付いたら町だったとか」
「やだ、こわーい」
棒読みでスピネルがそう呟く。
「そう、だから僕たちの目標は『如何にして無事逃げ切るか』だ」
言い切るやいなや、不自然にエトの頭が沈み、そこをぶぅん、と風切り音を立ててスピネルが渾身の力で振るったヘッドブレイカーが通過していく。
ギッ、という微かな不協和音を上げて吹き飛ぶのは、風景に溶け込み切っていたはずのハーティソーン。
『確実に奇襲はここ二人いれば防げそうなんだけどねえ』
「逃走、になるとどうなるかな」
全部の攻撃を全員が回避するのは流石に出来んだろう、とエトは渋い顔をする。
「だからどうにかしようなどとは決して考えないことだ、なあハルタチ」
「俺にだけ念を押すのは何故なんでしょうかねえ」
白々しくも肩を竦めるハルタチ。
「そんなこと言ったらここの女二人だって十分危険物でしょうに」
「物扱いは流石にいかがなものかと」
スピネルが若干的外れなツッコミをして、違うだろそれ、とシバに訂正される。
『理由もないのに無茶はしないよ。空気も読める』
誰かと違ってねえ、とでも末尾につきそうである。
ふーん、とハルタチは白々しく零して右手を挙げた。ぞんざいに詠唱したにもかかわらず、グランバレットは勢いよく魔法陣から射出され、ハーティソーンに降り注ぐ。
「っかー。イライラする。効きが弱い」
『地も水も風もここではいまいち相性悪いよねえ』
「そもそも全般的にここの敵は強いので、やりにくいですよー」
しょーがない、しょーがない。スピネルはそう言って苦笑する。
「本当に、この森を早く抜けたいものだ‥‥‥」
そして気功術で強化されたエトの拳がハーティソーンをつぶし、光点がはじける。
「あ。またレベル上がった」
「おめー」
セリディスタがステータスとスキルをあわててチェックする。この森越え半ばにして、彼のレベルはすでに22となった。この行軍自体がちょっとしたパワーレベリングと言ったところである。
「ありがとうございます、でも」
「うん。ま、そうだねえ。頑張ろう」
軽く息を吐き、表情を緩めないまま前方を見据えて、進む。
続けての投稿です。どう考えても無理ゲー全開で挑む森越え。
ちなみに私の主観ですが、バッファーってパーティーの縁の下の力持ち的なイメージです。
バッファーがいるのといないのじゃ難易度が格段に変わりますしね。
苦労性な人たちだけど、だからこそ大事にしてあげたいです。
感想、評価、ありがとうございます。励みにさせていただいております。




