Act 12
道中、これと言って特筆すべきことも起こらず、むしろ適正レベルを少々超えてしまったせいで手ごたえのない雑魚MOBたちに少々飽きを催しながら、五人はとうとうセルゼスを目視できるところまで来ていた。
用意した回復アイテムを使うことすらなく、自然回復だけでどうにか賄えてしまっている辺りは最後のウッディブラウニー乱獲が効いていると言える。
それでも新調した武器の使い心地を試したり、変わった戦法を試すのにはうってつけで、やいのやいのと言いながらも新たなフォーメーションにも皆順応しつつある。
セルゼスに近づくほど出てくるMOBはクォータリズからグレートリズという大型の四足歩行をするトカゲになっていったが、全く危なげなくそれらを屠っていく様子に、それぞれが満足感を感じていた。
グレートリズは茶褐色の、全長三メートルほどもある大トカゲだ。口からは時々水塊を吐いてくる上、動きもその鈍重な見た目に反して素早い。テッポウウオとワニを足しっぱなしにしたようなもの、と言えば分りやすいだろうか。
そしてたまにグレートリズに混ざってハイドゲルと呼ばれる、俗にいうスライムも出現し始めた。
ハイドゲルの厄介なところはその見た目にある。透明度の高い体を持つが故に発見が遅れるのだ。気が付いた時には先制攻撃を受けていた、ということもなくはない。
運よくこのパーティーは打撃系二人と魔法系三人という構成のため、斬撃に強いハイドゲルとはいえ手こずることはないのだが、それでも一気に現れると面倒だ。
時には逃げることだって選択する。無駄に戦って体力を消費しないようにする、というのも一つの戦術である。
そうやって彼らが幾度かの逃走に転じ、成功したころにはセルゼスもすぐそこだったのであった。
「大きな門ですね、ログスポートとはやっぱり違うな」
「スタート地点よりは豪華にしてるんだろうな。お、門番居るぜ門番」
ほんとだー、などと緊張感のない声を上げつつ、逸る心を抑える気もなくきゃあきゃあと笑って駆け寄っていくスピネル。そしてそれを苦笑しつつも追うシバ。
「待てよー」
ハルタチも陽気に彼女らを追い、やれやれ、とそれを見て肩を竦めるのはエトだ。
それらを見て、くすっ、とセリディスタも笑った。
「元気ですね」
「君もだろ。バフほとんどかける機会もなかったじゃないか」
まあそれはそうですけど、と言いつつ、ゆっくりとエトとセリディスタは三人に追いつく。
早く早くー、と呼び寄せる三人の元へと赴き、ゲートの閉じている門をふと見る。
「一応パーティーの場合どんな人か確認するらしいですよ?」
ん?とエトは眉をひそめた。
「何の必要があって」
「ああ、それは」
門番をしている青年が困ったように笑う。その右手には青い腕章がはまっている、何故だかそれが妙に目についた。
「PKやら問題を起こしそうな人を入れたくない、というのが俺らのとこの方針で」
「うん?君はPCか」
ああ、と青年は頷く。確かに、ここにいて門番まがいのことをしている人間が初めから設置されているとは思えない。故に、彼がPCであるというのは道理が通る。
「――そうか、『剣と杖』だな」
ハルタチは納得する。大人数の集団、拠点として使おうとしている町がセルゼス、そう考えるならば確かに不安要素は排斥したいという思考に至るのは当たり前だ。
「ご名答。一応念の為、こちらで控えてる疑わしい人物と名前が合致しなければ入れるんで、形だけみたいなところもあるけど勘弁してくれ。ここに詰めるのも何だかんだで持ち回りの当番制でさ」
へへっ、と青年は困ったような笑いを浮かべた。カリカリと頭を掻く右腕の腕章、きっとそれがギルド章なのだろう。
「ふぅん、まあ、いいか。僕はエト。ファミリーネームまでいるか?」
「あ、いや、上だけでいい。念のためフレンド申請もくれ。全部キャンセルするけど、偽名かどうかだけ確認する」
「ふーん。オッケー、俺はハルタチ」
ふむふむ、と唸って青年はウィンドウを立ち上げ、メールにしたためて名前を記入していく。代表者のところに送って諮るのだろうか、徹底した仕組みである。
「私はスピネルですー」
『私はシバです』
おや、というように青年は首を傾げた。
「彼女は喋れないのですよー」
「‥‥‥それは、大変だな」
一瞬言葉を探したようだったが、彼はようようそう呟いた。困らせちゃったか、とシバも苦笑する。
「あ、最後です。セリディスタです」
「はいはいー、っと。申告した名前と申請の名前、相違なし――うん、ちょっと待ってな、送信っと」
しばし待つと、青年が再びウィンドウに触れ始めた。
いくつかのアイコンに触れ、それを読み――しかしそのまま彼の動きは固まった。
「どうした?」
「あー。うん、悪いけど。入れられないな」
「は!?」
ハルタチが身を乗り出していきり立つ。そりゃそうだろう、ここまで来ておいてそんなことを言われれば誰だってそうなる。
「『セリディスタ』は寄生キャラクター、地雷、って注釈付いて帰ってきた。人格の保証が出来ないからちょっと駄目だ。あ、他の四人だけなら入れられるぞ」
呆然とするセリディスタ。思わず四人は彼を見つめる。
集中する視線に耐えきれなくなったのか、あはは、とセリディスタは誤魔化すように乾いた笑いを零した。
「あ、あははは。‥‥‥すんません、いいっすよ。俺、帰れますんで、四人は先に行ってください」
「何で?」
スピネルが静かにセリディスタに問う。
「いや何で、って」
「うんー、ちょっと納得できなかったから」
スピネルが腕を組み、苛立ったように軽く地面をたんたん、と踏む。
「いや俺が寄生なのは事実ですし、これまで手当たり次第にパーティーに入れてくれってやってきてたし、その、あまり誉められたもんじゃないのはわかってますから。こんなところでしっぺ返しが来るっては思ってませんでしたが」
でも、と言いさしてスピネルは黙る。これ以上言い募っても駄々にしかならない、と内心わかっていた。それでも、納得できない。
「レベル差があろうがそれでもパーティーに入れたのは俺らだ、そこは気にするな。確認するぞ、こいつは入れないんだな、でもこの四人なら入れるな」
門番の青年に確認するハルタチ。それを受けて彼も頷いた。
「だな」
『ちょっと、』
発言しようとしたシバを手で制して、ハルタチはにっこりと笑ってみせる。
「シバ、うさちゃんと先輩とお前で買い出し行って来い。ありったけのポーションと、自分が必要だと思ったものを出し惜しみせず買ってきてくれ」
それを聞いたシバは一瞬目を丸くしたが、瞬く間にその意図するところを読み取ってにっこりと笑んだ。
『なるほどね。たまにはいいこと言うじゃない』
「もっと褒めてくれ」
目を細めてシバは笑み、軽くハルタチの背を叩く。そしてエトに向き直り、早くいこう、という表情でこんなことを書いてのける。
『エトさん、ここきっとログスポートよりいいポーションあるかもですよ』
「ああ、露店もあるだろうし、期待大だろ。というわけで、僕たち二人だけ入れてくれ、安心しろ、すぐに出る」
へ、という毒気の抜かれたような表情で門番は一瞬戸惑うが、メールを何度かやり取りした結果それには問題なかったようで、ゆっくりと門は開けられていった。
「行ってくる」
「おう」
ばたん、という音を立てて門が閉まり、そこに残されたのは満足げな顔のハルタチと、一連の流れをあっけにとられてみていたスピネルと、何が起こったのかわかっていないセリディスタだけとなった。
「え、ちょ、これ、どういうことなんですっ!?」
「んー、んー。なんというか、鮮やか?ですね?」
「何だよその疑問符」
ひひっ、とハルタチが笑う。はー、とスピネルは息を漏らし、まいっちゃうなー、と諦めたように頬の筋肉を緩めた。
「私らに出来ることってなんです?」
「ん、ルートの模索くらいかね」
ほうほう、と言いながらスピネルはマップを出し、どうしようかなあ、と呑気そうに見つめている。
「だ、だから、え、俺、あの」
「あ、ごめんな。説明はちゃんと後でするから、今はちょっと二人が帰ってくるまで待っててな」
到底理解しきれない、といった様子で言葉を失い、セリディスタはがくりと項垂れた。
「んで、どうなんよ。二人が出てきたら帰るの?」
門番の青年が訝しげに問いかける。
ぴくり、とセリディスタの肩が跳ねる。普通に考えればそうするのが当たり前の展開だろう。セリディスタを一応ログスポートまで送り返し、それから四人でセルゼス入り、これがまともな人間の考えることだ。
問題のある人物、というレッテルを張られて、MMOという狭い世界で過ごすのはとかく生きづらい事である。
当然パーティーを組んでいる場合はその仲間でさえ同類扱いされる。
だからこそ普通はそれを嫌って、排他されるものを突き放していくのだ。
だが、セリディスタは四人ともがこれとは全く違うだろう予定を頭の中で立てていることは想像できた。
とはいえその中身まではまったくと言って良いほど想像できず、だからこそ不安も尽きないのだが。
少なくとも彼らはこの世界で過ごすことにどん欲だ。ログスポートにそのまま引きこもって過ごす、という選択肢を選ぶとは思えない。
なのに、セリディスタを突き放す気配が見えない。彼にはそれが不可解で仕方がない。
「知らん」
「はあ?」
「運が悪けりゃ強制帰還だろうが、出来るだけそうならんようにしたいね」
「痛いの嫌ですしねえ」
とっておきのいたずらを思いついた子供のような顔で、スピネルは大丈夫さ、とセリディスタに笑いかける。
「ハルタチさんもだけど、私もだし、後二人もそうなんだけどさー、欲張りなのよ」
「そうだな、間違いない」
それを聞いて門番の青年さえ不可解な表情になっていく。
「ふーん、よくわからんけど、まあいいよ。お仲間も帰ってきたみたいだぜ」
予告の通り軋んだ音を立てて門が開き、街の中から笑顔の二人が出てくる。
「待たせたな、いいもの一杯見つけてきたぞ。状態異常を治す薬もあった。鬼のように買い込んだぞ」
『鳥系MOBの羽が何かに使えそうだったから少しだけ買っちゃったー』
上々だ、とハルタチも笑い、スピネルもマップを閉じて門番の青年に向き直る。
「んじゃ、手間取らせて悪かったわ」
「失礼しましたー」
行こうか、と軽くハルタチは皆に声をかける。
やいのやいのと歩き出す皆にあわてて小走りでセリディスタもついてゆく。
その姿を見送り、完全に見えなくなった時、門番の青年はガリガリと頭を掻きむしった。
「‥‥‥何だよ、何なんだよ、あいつら何がしたいんだ?」
実は彼はセリディスタというあのヒュー・ミクセスに見覚えがあったのだ。
その時セリディスタは確か所構わず自分を拾ってくれと声をかけていた。
あくまでも噂だったが、あれの正体は悪質なPKなのだとか、PTを荒らすとか、プレイヤースキルの低い寄生でお荷物にしかならないだとか、あれが入ると必ずドロップでもめるとか、そういう類のものはよく耳に入ってきた。
自分のPTにも声をかけてきたことがあった。当然、にべもなく断った。
火のない所に煙は立たぬ。そういうものだ、と彼自身思っている。
そのうち騙しきれなくなって完全に孤立したと聞いてはいたが、性懲りもなく彼のことをよく知らないPTに取り入ったか、それとも。
「怪しいよ、なあ」
類は友を呼び、怪しげな集団とつるむことに成功したのか。
どちらにせよ名前だけは控えておくべきか、と彼は新たにメールを打ち始めた。
「エト、ハルタチ、シバ、スピネル。不可解な行動と不可解な目的、っと」
知らせる先は彼らを引きいる、ギルドの中枢。
「ま、大事なことは上の人が考えればいいさね」
今回はちょっとだけギルドの話。彼らがどういう人たちで、どういう考えを持って動くのかってのはまた書いていきます。
さて、現実社会の諸事情により、10月末まで激務です。
DOAですね。デッド・オア・アライブではなく、きっとデッド・オン・アライバル。死んでご到着。
そういうわけで大変申し訳ないのですが、更新が途切れる、と予告します。
冬になれば再び蘇りますので、生暖かい目で見ていてください。




