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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅰ. 揺籠と社会人
5/63

Act 5


昼食を済ませて第3研修室に向かうと、其処にはもう一般の参加者もそれなりに集まっていた。

机の上には接続用ヘッドギアが一台ずつ置いてあり、どこに座ってもいいようである。

四人は昼食中もこれから始まるゲームのことを夢中になって話したが、しかし自分のキャラメイクや外観については秘密にしていた。

出会った時のお楽しみにしようというわけだ。

ただ、念の為に相手の確認として、必ず反応することを一声かけよう、という約束はした。

「それでは最後に、重要事項について一点申し上げます」

全員が集まったのを見計らって、オペレーターの一人がそう声を上げた。

ざわめいていた研修室が一気に静まり返る。

「今回のテストプレイでは実験的な要素が含まれております。新たに組み込んだ機能に『時間圧縮システム』というものがありまして、実際の時間とゲーム内時間に若干のずれが生じるというものです。要は、夢中になってゲーム内に6時間とどまったとしても、現実では2時間しかたってない、というようなものです。その点ログイン時やログアウト時に若干違和感を覚えてしまうことがあるとは思いますが、どうかご留意願います」

ほー、と沢崎が声を上げた。

「あの機能、技術の同期が間に合わないかもしれないって言ってたんだけど、間に合ったんだねえ」

「そうなんですか?」

「うん。なかなか複雑な要素が絡んでたらしい。でもこれがあれば忙しい人でも十分楽しめるわけだ」

それは素敵なことだ。会社から帰った後のわずかな時間でも十分満喫できるのなら、もしこれが製品版になった時、買うのも悪くないかもしれない。

「それではヘッドギア左の挿入口にメモリースティックを差し込んでください」

カチャカチャ、という微かな音が経ち、黒いメモリースティックがヘッドギアに吸い込まれていく。

「ヘッドギアを装着し、右のボタンを押して起動してください。なお、健康状態に配慮しまして、現実時間で起動から6時間経過後には、一旦ログアウトされますのでご注意ください」

紡はその声を聴きながら、再び藍色の世界に身を投じていった。



『 あなたは 一定の能力を得たことを証明され 世界を仲介する者の資格を手にした。

あなたは今から ”機関” に赴き、 身分の登録を 行おうとしている ―― 

広く限りある世界という名の”揺籃”の中で生きる者よ。幸多からんことを 』


――視界が開ける。

そして、広場。

わぁわぁと声を上げている彼らは先ほど同じ研修室にいた人たちだろうか、別会場の人たちだろうか。

現実ではありえない多種多様の人種に目がくらみそうだ。

人の姿に限りなく近いが、緑色の髪の者。

猫の頭を持つ者。

角の生えた者。

尾と羽根を持つ者。

さて。その中で首を傾げた彼女はまず自分の持ち物を探った。

「さあどうしたもんか」

探っては見たものの、システムインベントリ内は空っぽである。当然だ。

でも彼女はそれを気にしない。これから楽しい事が無数に待ち受けているであろうということで頭がいっぱいなのだ。

「ええっと、確か…メニュー?」

疑問符交じりでもちゃんとメニューウィンドウは現れた。

キャラクターデータを選択する。


名称:スピネル・ヤーディク

種族:ライカ・ヒュー(獣人)

Level:1

HP:170

MP:100

Str 15

Dex 20

Int 10

Vit 10

Agi 10

Luc 15


おお、ちゃんと表示される。

彼女は――”スピネル”はちょっぴり感動して自分のデータを矯めつ眇めつした。

すると、突然肩をポン、と叩かれ、スピネルはびくっとして軽く飛び跳ねた。

「にゃ、にゃんですかー?!」

「ぶっ‥‥‥」

思わずツボに入ったと言わんばかりに、肩を叩いた当の本人は笑いの発作に襲われたようだ。

「その言い回しでその容姿ははまりすぎだろう。またしても『ニッチなポジション』だな」

「あー。‥‥‥はいはい『スキマ産業』ですよどうせ。野宮さんですか?」

「そそ。高庭はライカ・ヒューか。一瞬迷ったが、やっぱりなんとなく雰囲気で分かるもんだな」

目の前にいる灰色の髪の男性――野宮はひょいと肩をすくめて続けた。

「一応、俺はここだと”ハルタチ・ノーム”って名前で登録した。本名で呼ばん方がいいだろ、知らない人も多いし。第一この容姿から俺だとはなかなか関連付けられん」

確かにそうだ。

彼の仮想体は灰色の髪に色素の薄い肌をしている。目の色は深い蒼で、額からは小さな真珠色の角が一対生えていた。

わずかに野宮の面影は残しているものの、言われなければわからないかもしれない。

「ええと、‥‥‥ハルタチさんはノスタ系です?にしては小柄なような」

「あー。呼ばれたら呼ばれたで違和感もあるんだよなぁ。あはは。

俺はノスタ・フェアルだからね。プラスマイナスゼロで体格補正がかからなかったらしい」

体格補正というのは種族選択の時に関連してくる。基本の身体データをもとに、ノスタ種ならプラス補正が、フェアル種ならマイナス補正がかかる。

それは基本的な種族の大きさとかかわるからだそうだ。

「なるほどー。あ、ちなみに私は”スピネル・ヤーディク”で登録しましたんで」

「オッケー。スッピーな。そう呼ぶわ」

「なぬおー!?」

力が抜ける言い回しである。

慌てるスピネルを尻目に、ニヤニヤとチェシャ猫のように笑うハルタチ。アバターなのにここまで元と同じような表情が再現できるものか、とある意味的外れな感心すら抱かせる。

「なんか確認するまでもなくわかったぞお前ら」

「うわーん、この灰色の髪の変な人がいじめますー」

次にやってきたのは沢崎だった。だがその姿は赤茶色の毛並みも雄々しい、巨大狼が二足歩行をしたようなそれだった。さらにその見た目を凶悪化させているのはハルタチと同じように額にある一対の角だ。どうやら彼はライカ・ノスタを選択したようだった。

「なんか面白いんだけど。なにしたのお前」

「いや、こいつの登録名からスッピーって呼んであげたら大喜びされた」

「ほー。なるほどね。まぁほどほどにな」

沢崎の登録名はエトと言うようだ。下の名前は面倒だろうから、と言わなかったが、おそらく言ってしまったら最後、野宮=ハルタチにいじり倒される要素を危惧したのだろう。

「あちゃ、私が最後か。待たせたな、『雑用カルテット』共!シバちゃん登場だー」

沢崎=エトの合流からそれほど経たず最後に小柴がやってきた。が。

「カルテットで共って。お前も含まれてんじゃねーかアホ柴」

「きゃー!?」

まさかの自爆であった。

人をからかうのが大好きなのに墓穴を掘るのも忘れない彼女は、淡い金髪に翡翠の瞳をもつ小柄な少女のアバターだ。

それにしても不思議なことである。

それぞれ4人とも元の容姿とはずいぶんと違う雰囲気のアバターを選択したはずだったのに、何故かそこにいるのは『高庭紡』で、『野宮達彦』で、『沢崎和希』で、『小柴奏』だった。

結局、往々にして性格やら人間性というものは顔に現れてきてしまうのかも知れない。

「フェアル種ってことはヒーラー目指す感じですか?」

「うーん、決めてない。でもヒーラーってあんまり得意じゃないからなー」

「あー。似合わないもんな」

「‥‥‥なんか君に言われるとむかつくー」

もともと大体額を突き合わせると丁々発止の言い合いを始めてしまう野宮と小柴である。

放っておくときりがない。

「え、えっと、とりあえずフレンド登録済ましておきませんか?」

新たな火種からの延焼の前に、とりあえずスピネルは提案を投げかけた。

「おー、そうだな、とりあえずーっと」

めいめいがメニューからフレンド登録と名刺交換を済ませる。

スピネルのメニューにも三人分の名前が登録された。


ハルタチ・ノーム(ノスタ・フェアル)Lv1

エト・ラビットハート(ライカ・ノスタ)Lv1

シバ・ロキノ(フェアル・ヒュー)Lv1


「‥‥‥ラビットハート」

「あ」

失策であった。あっという間にエトが隠そうとした意図は露呈してしまったのである。

フレンドリストを失念するという、まったく初歩的なミスであった。

「うさちゃん先輩?」

「やめろよ、そんな目で見るなよ!いいだろうウサギかわいいじゃないか!」

毛並みに隠れて見えないが、おそらく今エトはひどく赤面しているのだろう。

慌てぶりからそんなことがうかがえる。

「なんでウサギにしたんだよ」

「なんか思いつかなくて‥‥‥っ、自分の干支がウサギだったからだよ!」

どう見ても凶悪な狼面からウサギは出てこない。

あまりと言えばあまりなギャップである。

「はいはい、名前の件はわかったからー。あとでさんざん話題にさせていただくとして。

とりあえずさっさと機関で登録澄ませてチュートリアル受けに行きましょー?」

のほほんとマイペースに、ね?と笑うシバにとりあえず三人は従うことにした。

現実より幾分か小柄になっているこの仮想体の中の人が実は地味に短気なことを、三人ともよく知っているのである。




5話目にしてログイン。

一応、この小説は普通の生活をしてきて普通の人生を歩んできた、とてもどこにでもいそうなちょっと変わった人たちの話です。

ハーレムや最強チートとは縁遠くなります。

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