Act 9
「すみません、ちょっといいですか?」
「へ」
エトが気の抜けたような声を上げて、言葉を発した人の方向を見る。
三人もちょっと驚いたようにふと視線をやった。
居たのは、中肉中背の男だった。何の変哲もない、何処にでもいそうな雰囲気を纏った彼は、中世ヨーロッパ風と言えそうなくすんだ金髪と綺麗な青い目をしている。しかし、顔立ちだけは妙に東洋人風で、そのせいで、まるでどこかの国産RPGから抜け出してきたような印象を皆に抱かせた。
角もなく獣の風貌もなく、長い耳や小さい体躯を持つわけでもない。彼はピュア・ヒューか、限りなくヒューの純血に近い何かなのだろう。
「あー、と、その。皆さん、パーティーメンバーって、募集してませんか?」
「はぁ」
何を言い出すんだ?とばかりに不可解な表情でエトは彼を見る。唐突な申し出に、警戒してしまうのも無理のないことだ。
ハルタチも妙に警戒し、シバもまたあっけにとられたようになっている。
そんな中でスピネルだけが妙に冷静だった。
「そういえばあなた、随分前から私らのほう見てましたねえ。何か作ってたみたいだったのに。特に最初は気にしてなかったんだけど、手を止めて見られてたらさすがに気付くよー」
「え、見られてましたか。恥ずかしいな」
男は照れたように笑うと、大したものは作っていませんが、とひらりと手を振った。
「戦闘に必要な消耗品を作っていました。本格的な生産をしているわけではないので、あなた方の様子をつい見ていたんです、物珍しくて」
俺は気付かなかったなあ、とハルタチが呟く。
「僕は知ってたけどな。無視してたけど。で、それがパーティーメンバーに加えてほしい、ということとどう繋がるんだ?」
「エトさーん、そんなに警戒しなくていいですよ、襲うつもりならもっと無防備なときに来てたってことですから」
む、とエトは押し黙った。
「すまない。不必要に威圧的になってしまったな。ただ、ちょっとわけがあって僕たちはちょっと今神経質なんだ」
ああ、と男は頷いた。そして曖昧な笑みを浮かべ、何とも言えない様子で肩を竦める。
「いや、それは申し訳ないです。でもなんとなくわかります。俺も、まあ、そういうことありましたし。一番怖いのは結局ヒト、みたいな」
そこでふーっと息を吐いて、男はよし、と小さく呟いた。
「実はですね、その、ずっとあなたたちがいろいろやってるの、見てました」
「え、何処から?」
ハルタチが素っ頓狂な声を上げる。無理もない、見られていたことに最後まで気付いていなかったのだ、ずっとと言われれば焦る。
「そうですね、鍛冶屋のNPCに話しかけていたところからですか」
「最初じゃねーか」
すかさず入るつっこみである。
「だってあのNPCに話しかけるなんて普通ないですよ、あんな強面なのに」
「確かにー」
けらけらとスピネルが笑う。オブジェのようなあのNPCの様子を思い出したのだろう。
「それでまあ、皆さんがいろいろ話し合って、魔器、とか聞こえてきちゃって、聞いたこともないようなそんな物どうするんだろうって見てたわけですよ」
「で、出来たから、『さぞかしこいつらは高レベルなプレイヤー集団に違いない』とでも思ったか。それでパーティーに入りたいと」
んー、と男は少し考え込む。
「まあそれもありますが」
「あるのかよ」
ハルタチの的確なツッコミ、第二弾である。
「ところで、そちらの方、喋りませんよね」
ぴく、とシバが肩を震わせた。
「おい」
エトが再び警戒する。しかし、当の男は落ち着いたまま、ゆっくりと続けた。
「なのに種族がフェアル・ヒューだ。魔法アタッカーおよび支援を行うのに適したキャラクターメイキング。魔法を使うのに一般的な手法は詠唱、補助する魔具は杖。最初は杖を持っていましたが、結局彼女はそれを分解し、魔石を魔力ブースト用のアクセサリに変えてしまった。それに、チャットウィンドウなんて、俺このゲームで初めて見ましたよ」
「何だ、よく知ってるな」
自分の種族でもないだろうに、とエトが皮肉っぽく言うと、まあ、と男は続けた。
「俺はずっとソロプレイをしてきたわけではなく、事情があってパーティーを離脱したので。知り合いもいましたし、他種族の特性はなんとなくわかります。だから、その、半妖精の彼女の異様さは目についた。推察させていただいて悪いですが、何か原因があって、後天的にしゃべれなくなったのでしょう?元は詠唱で魔法支援かな。それをしていたはずだ」
『‥‥‥わお。ごもっともすぎてぐうの音も出ないわー』
やれやれ、というようにシバは深いため息をついた。
「名探偵じゃねえんだからよー‥‥‥」
「犯人はお前だーっては言いませんけどねえ。で。普通なら、その、言い辛いですがこんな状況です。戦闘が出来ない人を連れて歩くのには大きなリスクが伴う。なのに他の方は文句を言うこともなく、こともなげに奔走し、結果、彼女に魔弓を作って渡した。その辺りはずっと見てました」
『ほんとにねえ、みんないい人だから』
シバがしみじみとしたような表情でそう書く。
「そこなんですよね」
「え?」
スピネルが首を傾げるのに合わせて、男は熱弁をふるう。
「そういう協力体制というか、無償の信頼というか。そういうの、本当にいいなあと思って。いや本当に。報酬だ、リスクだ、コストだ、とか、そんなこと誰も言わないし‥‥‥」
心なしか紅潮した顔でそういう男は、思うところでもあるのだろう、次第に力が抜けて黙り込んでしまう。
「効率重視のやつでも知り合いにいたのか」
「ええ」
小さくため息をついて、男は緩くかぶりを振った。
「長くなりましたが、要点をまとめますと、第一にあなたたちの協力体制が目を引いた、第二に効率を重視していない姿勢が見えた、第三に信頼関係で成立するパーティーだと分かった、第四に見たこともないアイテムを作っていたということから、実は強いのではないかと想像した。この辺りが、俺があなたたちのパーティーに入れてほしい理由なんですよ」
見事なまでに端的なまとめだった。
「やるな。面接官になって、出来のいい新卒と当たった気分だ」
エトがくつくつと笑う。総務なだけに、こういう場面に当たると血が騒ぐのかもしれない。口調さえ少し改まって、エトは言う。だが、肯定だけで終わらせないのが彼である。
「じゃあ、君の加入によって僕らのパーティーにどのようなメリットがあるのか教えてほしい。今は奇しくもそちらが言ったように『一番怖いのはヒト』の状態でな。見返りもなくリスクを増やしたくはないんだ」
「それについてはお任せください」
男はにやっと笑って見せた。余裕のある表情だ。
「そもそも俺はキャラクターメイキングに失敗したのだと思われます」
「失敗とかあるの?」
スピネルの問いに、ええ、と男は肯定を示す。
「パーティープレイを前提とするなら、役割を割り振りにくい種族は嫌われますよ。盾ならノスタ種だし、魔法なら回復でも攻撃でも鉄板はフェアル種、みたいなものです。俺はヒュー・ミクセスというもので、ほとんどピュア・ヒューに近いながら、フェアルとノスタの特性を僅かに持っています」
『そんな種族もいるんだ?』
シバの疑問にそうです、と男は答えた。
「はっきり言って、どれだけ種族の種類があるのか想像もつきませんが、そういうものみたいです。俺はおかげで平均的な能力と、大体生産には困らない適性をもったわけです。もともとヴァーチャルリアリティーで肉弾戦しようって思い切っていたわけでもないので、最初はよかったんですが」
「ははあ、ログアウト出来なくなって状況が変わったな」
「お察しの通りです。それにこのゲーム、生産は分業すれば大抵のものが作れます」
「そうだねえ」
己を顧みてスピネルは思う。鍛冶、加工は自分、魔工、調薬はシバ、というように、無意識に分業していたのだが、協力関係にある仲間がいるなら確かにこれらすべてを一人でこなす必要はない。
「それで俺、最初のパーティーをお払い箱になったんですよね‥‥‥」
はぁ、と重いため息をつき、男はふふ、とどこか不気味に笑う。
「そのあとは種族を見ただけでパーティー加入拒否の連続。とうとう噂も広がりまして、俺を入れてくれるところはどこにもない、と。ちゃんと俺なりに戦闘スタイルを固めてきたころにはもう遅かったんです。でも、俺、あなたたちの役に立てる自信があります」
「噂ねー。噂、疎いしな」
ハルタチも困ったような顔をして額を掻く。確かに四人が四人とも他の人々との交流をほとんどしないでここまで来ている。それはよくもあり、悪くもあるのだろう。
実際男の自己申告に今は頼るほかないのであり、噂がどのようなもので、どれほど広がっているのかも知るすべはない。
「俺の役割はバッファー及びデバッファーです。作り溜めた魔符で即座に支援魔術や妨害魔術を展開させ、戦闘を有利に進めます。あなた方はフォーマンセルですが、見た感じタンカーとアタッカーとアタッカー兼ヒーラーで構成された、非常に不安定なパーティーですよね」
『その点は激しく同意する。調薬覚えるまではかなり大変だったんだ!』
あー、やっぱり?と男が言う。しかし、エトはそれを遮って言った。
「‥‥‥なるほど、わかったよ。お前の言いたいことはわかったから営業トークはその辺でいい」
そしてニヤニヤとエトは笑う。一方、男は怪訝な顔をして、何を言うのだろうと聞いている。
一拍黙り込んだのち、エトが厳かな調子で口を開いた。
「――つまり、君は一人が嫌なんだよな。追い出され続けたってのも案外本当のことだろう。落ち込み方もわざとらしくない、真正のぼっちの雰囲気だ」
「ちょ、ぼ、ぼぼぼ、ぼっちちゃうわ!!」
図星だったのだろうか。今までのにこやかで落ち着き払った様子が嘘のように、慌てだす男。
「バッファーを選んだのだってそうだろう。必要とされたいって宣言してんじゃねーか」
赤くなったり青くなったり表情をめまぐるしく変える男に哀れを催したのか、シバが『やりすぎじゃない?』とエトの袖を引く。
が、エトはそこで一つ咳払いをすると、男の反応を見つつこう続けた。
「だが、そのスタンスがこのパーティーにとっては利になる。なので、一時的な加入なら検討したい」
「お前、この鬼人事‥‥‥」
「上司の真似だ」
うわあ、と三人が得も言われぬ表情をする一方で、男の方はあからさまにほっとしたように息をついていた。
売り込みに来た相手に対して、立場を譲歩しすぎないのは大事なことだが、まさかそれをゲーム内でも展開してしまうのは流石というべきか、さすがにワーカホリック過ぎるというべきか。
「そんじゃあ、俺、試用期間って感じですかね」
「察しが早くて助かる」
「おー。じゃ、正式採用めざしましょうか」
めげない男にエトも苦笑した。
「言っておくけど、僕は彼を入れることにはそれほど乗り気じゃない。皆は?」
「私はどっちでもいい感じです?」
『私も』
「俺もどうでもいいな。つまり、プラスの印象もマイナスの印象もないんで、まあ仲良くやろうとしてくれればそれでいいよって感じかね、総意としては」
「や、それで十分です」
落ち着きを取り戻したのだろう、元の口調に戻って男は懐に手を突っ込み、何かを取り出した。どうやら魔符のようだ、札を数えるようにして手持ちの分を数えている。
「一人が嫌だってのは事実ですし。ぼっち脱却を図る身としてはなりふり構ってられません。あと、魔符ですけど作り置きしたんで在庫はそれなりに有りますよ。材料もあります。時々工房に立ち寄ってくだされば自分で何とかします」
「吹っ切ったな」
ハルタチの茶々もどこ吹く風、孤独の中で培われた精神力は意外と強いのかもしれない。
「ええもう、いいですよ、事実は変わりませんしね。それに、フレンドリストに登録させていただければ俺もぼっちじゃなくなるし」
「おお、そうだった」
いまだに名前も聞いていなかったのだ、うっかりしていたのにもほどがある。
「じゃ、よろしくお願いしますね」
ポーン、と音がして脳裏に言葉が浮かぶ。
――フレンド申請が来ています、受理しますか?
是、と念じると彼の名がウィンドウに書き加えられた。
セリディスタ・フォルク(混在人)Lv18
そしてそのままの流れで彼をパーティーへと加えてしまう。
「セリディスタか。長いな、セリ君とでも呼ぼうか」
「春の七草みたい」
くすくすと笑うスピネルにセリディスタは少し残念そうな顔をした。
「一瞬受け入れかけたけどよく考えたら確かに草っぽいじゃないすか‥‥‥それに皆さんキャラクターレベル高すぎませんか」
「気が付いたらこうなってた」
「うわあ」
予想以上に頑張らないといけないんですかね、とセリディスタは息を吐く。
「となると、今までなんとなく思っていたけど言わなかったことがあるんですが」
「どうした?」
エトの強面な顔を見てセリディスタは一瞬躊躇したが、意を決して言うべきことを言い放った。
「そのパーティー構成と戦法に随分無駄があるのではないでしょうか」
「はい?」
『えー』
「マジで?」
ニューカマー、セリディスタ君。
名前が思いつかなかった結果、自分がやっていたMMOでよくしていただいた方からお名前を頂戴いたしました。
この部分を書いているときはまだ許可を取っていなかったんですが、先日無事に了解を得ることが出来ましたので変更することなくお披露目となります。
セリ君は一応この章における重要人物のつもり、です。




