Act 7
現在四人は緩やかにログスポートへの帰路に就いている。急ぐ理由もないので、適当にエンカウントするモンスターを倒しながらのゆったりとした道中だ。
「あぶね。『グランブロウ』」
横手からハルタチとシバにちょっかいを出そうとしたウッディブラウニーも、ハルタチの作り出した随分と大きすぎる石の拳で殴られ、前方へと飛ばされていく。
その先にはエトの後頭部があるのだが、彼は振り向くこともなくひょいと身をかがめてやり過ごした。
「エスパーかよ」
ハルタチが思わず漏らしたその呟きに、どうやらシバがツボに入ったらしい、くつくつと笑い始めた。
『まあ大体そこのお兄さんのせいよね』
「むう。反論はできん。くそ、無駄に包容力のあるうさぎさんめ」
「やっぱり、命中にマイナス補正がかかったまま威力だけ指数関数的に上がっていくのって、スキルのせいですよね」
だなあ、と困り果てたようにハルタチも漏らす。
「確実に俺の『鬼精魔導』のせいだ。種族スキルだからどうしようもないだろうなあ」
あー、とスピネルは納得したように頷く。
「詳しい効果って聞いたことなかったです、聞いても?」
「使用可能な魔法は全属性の攻撃魔法のみ、成長速度補正、命中率低下(中)みたいだ」
「うっわ、改めて聞くとまた癖のある」
エトが草の深くなっているところに潜んでいたラクナルを軽く蹴り飛ばし、肩をひょいとすくめた。
「へえ、Dex低下とか成長率減少じゃないんですねえ」
ふむふむ、と一人でスピネルは納得しているようだ。何か思いついたらしいその様子を見つつ、でもあえてそれを指摘しないでどうなるか見ようかな、とシバは考え、ふと笑んだ。
「おー、光が差してきたな、もう出口か」
心なしか明るくなってきた周囲に目を細め、ハルタチが陽気に声を上げる。
『まぶしい。蒸発するー』
シバも目を擦り擦り、光に目を慣らそうとしているようだ。
目を瞑ってしまわないのは周囲の敵をしっかりと警戒してのことである。
幸いにしてそんな隙に偶然モンスターが襲いかかってくるということもなく、四人は無事森を抜ける。そうして彼らは軽く安堵しながら街道沿いに歩き、ログスポートへの門をくぐった。
「どうする、いっぺん宿屋で休むか?」
エトの提案はスピネルに向けられたものだ。疲れている中でさらに魔器作成をさせることに軽い懸念を示したものである。
「いえ、平気ですよー。ちょっと疲れてるのは疲れてるんですけど障るほどでないし、一気にやってしまいたいので」
なら、と一行は宿屋ではなくレンタル工房の方に進行方向を変えた。
相も変わらず置物のように入口に居座る鍛冶屋が見えてくる。そういえば、作成前に寄れ、と言っていたか。
スピネルがちょこちょこと駆け出し、軽く頭を下げながら鍛冶屋に声をかける。
「お疲れ様ですー。終わりましたー」
「どこぞの店員かお前は」
まさか鍛冶屋からツッコミが聞けようとは。
確かにゲームにはそぐわない素のスピネルの様子に、他の三人も笑いをこらえているらしい。エトが奇妙に歪んだ表情をしている他、ハルタチも腹筋を抑えている。シバもどこか生暖かい視線をスピネルに投げかけていた。
「え、えぇ‥‥‥」
本人だけがその奇妙な様に気付いていないらしい。頼りなげに揺れる尻尾がますます笑いを誘う。
「『ご苦労様です』じゃ失礼ですよね?」
「そういう問題じゃねーよ」
早々に我慢を放棄したハルタチがむせながらそう返す。
それでもなお笑われた理由が今ひとつわかっていないらしいスピネルは、えっと、と少し考えて鍛冶屋のほうに向きなおると思い出したように続けた。
「材料集め終わったので来たのですが、何かいただけるんでしたよね?」
「あァ、そういうことか。分かった分かった、とりあえず小僧が鍛冶と加工に使ってる鎚を貸してくれ」
スピネルは腰に差した鍛冶師の一打をどうぞ、と鍛冶屋の方に手渡した。
受け取った鍛冶屋はそれを見て、少し首を傾げる。
「使い込んでるな。だが、中級ならもう少しいいものが扱えるようになっていていい。もう少し上等な鎚を作ってからここに来い」
「そうなんですか?私の扱える素材だと今のところこれが一番いい気がしますが」
チッ、と軽く鍛冶屋が舌打ちをする。
「そこの半妖精は飾りか。魔工で今そいつが出来る一番レベルの高い魔石を作ってもらって来い、話はそれからだ!武器も防具も鍛冶だけで完結するわけじゃないのはわかってンだろうが、それが道具にも応用されることぐらい気付け!」
ぺたりと耳を折りたたんで大音声に耐えるスピネル。一応こんな見た目でも聴力は人並みだが、それでも十分耳には痛い。キィン、という音が聞こえてきそうだ。
一方、突然話題が移って戸惑うのはシバである。魔石を作れ、という言葉に少しばかり逡巡したが、こくりと頷いた。
『やってみる。洞穴のモンスターからのドロップで晶石あるし』
そうして作業台へと歩むシバ。それを横目で見ながら確かに、とスピネルは思い返す。
防具に魔工で加護を付けていたのもあったし、シバの杖の柄の部分は自分が作ったものだ。
まいったなあ、と苦く笑う。
「で、どういうことだ?」
エトが一連の流れがいまいちよくわからなかったのだろう、鍛冶屋に遠慮するような小さい声でスピネルに問う。
「あー。エトさんのブラスナックルって、真鍮製ですよね。つまり合金なわけです。鍛冶、加工で複数の鉱石を使うと合金製の武器とかが作成できるんですが、つまり魔石と既存の鉱石の合金もこのゲームでは作成可能で、それを用いることが出来る、と」
現実世界の常識にとらわれ過ぎていました、とスピネルが頭を掻いた。
「そもそも素材として魔石が鉱石と同じように分類されるというのが想定外で。魔石の制作過程に多少宝石の原石を使うってシバさんも言ってましたし、宝石と仲間だとばかり思ってました」
はぁ、と気の抜けたような声を漏らすエト。ハルタチの方を見ても芝居がかったジェスチャーで肩を竦めるだけで、ああ、もう生産面に関してはもう女性陣に任せればいいのかな、などと埒もない考えが浮かぶばかりである。
と、シバが作業台に向かってからそれほど経たないというのに、背後から軽やかな足音が帰ってくる音が聞こえてきた。そして三人が振り向くか振り向かないかのうちにスピネルの袖がつい、と引かれる。
『私すごくね!?』
勢いよく差し出されたのは、明らかにシバがこれまでメインで使っていた杖に用いたそれよりもレベルの高い魔石だ。
『無詠唱でLv4魔石作れるとは思わなかった。私、無詠唱極めた(ステラ限定)』
ぶふっ、とスピネルが噴き出す。きちんとステラ限定と但し書きを付ける律義さがシバらしい。その素敵な出来栄えの魔石をスピネルはそっと受け取る。
「じゃあそれに応じて、前回の採取で使わなかった鉱石をお庫出ししますか」
今度はスピネルが作業台に移る番である。恐らくLv4の魔石に合わせるのには、同じようなレアリティの鉱石と木材がいる。
スピネルが意を決して取り出した鉱石と木材に、何とはなしにそれを見ていたハルタチが目を剥いて声を上げた。
「ゲッ、銀鉱石とあの忌々しい木野郎の‥‥‥」
「ですとも!」
ひえー、豪勢な、とハルタチが額を拭う。
銀鉱石は前回の採掘でもレア扱いだったのか、ほんの僅かしか取れなかった素材だ。掘り返されるのは鉄、銅、鉛がほとんどの中、光に照らされる、まさしく銀色の光には狂喜乱舞したものだ。
しかしながら前回はお流れとなった一品でもある。
それはテライオン素材のように熟練度が不足したために装備の作成を断念せざるを得なかったということではなく、銀のレアリティの高さのせいでそれに見合う他の素材が手に入っていなかったためだ。
銀の鍛冶、加工に要求される熟練度は低いのだが、それを用いた武器、防具に必要となる他の素材が明らかにワンランク上だったというジレンマに、一人苦悩したのはスピネルだけである。まあそれをあえて口に出しはしなかったのだけれど。
そして柄の部分に選ばれたのはもはや改めて詳細に説明する必要もないだろう、ウッディブラウニーの余分な素材である。
意外とレアリティが高いうえに丈夫そうなので、柄にいいかも、と引っ張り出してきたのだ。余らせるのももったいない、という考えもあったようである。
手早く銀をインゴッドにし、ウッディブラウニー素材も端材から一本の柄に加工する。
そしてそこに魔石をそっと置いて、ふむ、と小さく息を吐く。
鍛冶用に開いたシステムのウィンドウに表示された目当てのアイテムが、きちんと適正レベル内に収まっていることを確認して、スピネルはにっと子供のように笑んだ。
「せーのっ」
かきんっ、という金属のぶつかる音が響き、光を帯びた素材がハンマーの形に変化してゆく。
鍛冶・加工鎚 真銀の金槌 Lv4 Atk 58
素材:魔力銀、食人樹の端材
特殊効果:鍛冶、加工熟練度上昇補正、魔力素材使用時補正
「わーお」
魔力銀、という素材が出来たことにも驚いたが、鍛冶、加工の熟練度に上昇補正がかかるのは美味しすぎる。それに二つの特殊効果がつくというのも想定外だ。
「想像以上にいいものが出来てしまいましたねえ」
「見た感じ明らかに高級そうだしな、それ」
確かにその真銀の金槌は真銀というだけあってまばゆく輝いている。
柄の部分も落ち着いた色合いで、なんだか本当にそれだけで霊験あらたかな感じだ。
『魔石使ってるし、ウッディブラウニーの素材も魔法と親和性高いんだろうねえ、魔器に使われるくらいだし』
つまりベストな組み合わせの素材を組んだということか。
「ふむ、奥が深い」
結局はその一言に尽きるのだろう。生産に関してはまだまだ分からないことが多すぎる。
実はこの小説を書くに当たり、一部モデルにさせていただいたMMOのサービス停止が決定しました。
私自身は1年ほど前に引退したような身ですが、無いなら無いでさみしいものです。何とも複雑な感慨があります。




