Act 6
お待たせいたしました。
そして、二人の準備が出来たのを見計らって、鍛冶屋は言う。
「複合弓型の魔器を作るなら、アスルド深林の北西に動く木の魔物、ウッディブラウニーの巣がある。そこでそいつらをとにかく蹴散らしてこい。そんで、木片を300、細枝を200、結晶針を5、結晶枝を5集めてくるがいい。それが弓の部分になる。弦はラクナルの皮とルインラクナルの皮を用意して、余分に集めた50の木片で磨けばいい。それと、そうだな、あとは核か。今小僧が持ってるものを見せな。核になりそうなものを見繕ってやる」
ほれ、と差し出された鍛冶屋の手のひらは分厚く、その手そのものが鍛冶屋の誇りを表現しているようにさえ見える。
それを見て一瞬思考の海に没入したスピネルは、ふと思い出したようにハルタチに声をかける。
「そうだ。ハルタチさん、テライオンのレア素材って、使えると思います?」
「ああ、そうか、そんなのもあったっけな」
はっとした様子でハルタチはステラを練習中のシバに駆け寄り、ゴーレムの双眼を受け取ってあわてて戻ってくる。
鍛冶屋の手にそれを乗せると、一瞬ゴーレムの双眼はぱっと光を散らせ、ゆらりと揺れた。
「これは」
ふむ、と鍛冶屋は満足げに頷き、そっとスピネルの手に戻す。
「十分だな。核にしても上質だ。随分いいもの持ってんじゃねえか」
ようし、と呟き、鍛冶屋は立ち上がる。そしてスピネルを指さし、なんと――いたずらっぽそうに笑って見せたのだった。
嘲笑も嘆息もない、純然たる好奇心と愉悦の表情は、鍛冶屋の男を幾許か若く見せるような錯覚さえ覚える。
彼はもはや工房の入口に居座る置物ではないく、向き合い、会話する『鍛冶屋』としてそこにいた。
「材料が揃ったら、いいか、作る前に必ず俺のところに来い。いいもんやるよ。ったく、そこの半妖精は小僧みたいな仲間を持って幸せだな。‥‥‥ま、なんだ。がんばってきな」
――ポーン
またしても脳内にあの耳慣れた電子音が響く。どうやらそれはその場にいた四人全員に聞こえたらしかった。スピネルを巻き込んだことで、パーティー全員にクエストが適用されたらしい。
「ありがとうございます。がんばってきます!」
スピネルはそう言い、礼儀正しく頭を下げた。へッ、と鍛冶屋は言っただけだったが、それは邪険に扱ったわけでないということは表情を見れば分かった。
面と向かって礼を言う人間も少ないからかもしれない。彼は若干気恥しそうに目を逸らしていたのだった。
一先ず手がかりと方針を得ることが出来た二人は、エトとシバの元へと戻ってゆく。
「うはー。なんか、こう、クエスト進行って、こんな生々しい会話が起こるものなのな」
ハルタチが額を拭うような仕草をしながら、そのようなことを漏らす。
「ええ、私も、ついつい熱くなってしまいました」
何処か複雑な表情をしながらスピネルも頷く。こんなふうに本心を引き出されるなんて思ってもみなかった。
まるで人間のようなAI、とはよく言ったものだ。
「まさか本当に、人間とか」
「いや、それは」
思わず振り返るハルタチとスピネル。
我関せず、といったように再び座り込んだ鍛冶屋からは何の表情も読み取ることはできない。
「まさかな」
自分を納得させるようにそう言って、ハルタチは前に向き直る。
そして語調を明るく切り替え、おおい、とシバとエトに手を振った。
「おう、見てた見てた。かっこいいぞ、スッピー」
「うわあぁ」
顔を手で覆い、赤面するスピネル。
「ついカッとなっただけです‥‥‥」
「犯罪者かよ」
からからと笑うエト。普段はずいぶんと穏やかなスピネルが感情をあらわにしたのを見たのは、実はエトですら初めてのことであった。
「お前は困った笑顔でどこまでも引き下がる系統だと思ったが、意外だったな。まだ若いってことなんだろうな」
『だねー、いいじゃん、若いの』
ふう、とどこか生暖かい目でスピネルを見やるシバ。
在りし日の自分でも思い返しているのだろうか、その眼はどこか遠い。
「なんと申し上げていいのかわかりませんが‥‥‥」
うむむ、と言葉を選んだスピネルは、とにかく、と話題を戻す。
「これで見通しは立ちました。あとは集めてくるだけですよ!」
「そうだね!」
当初のような先の見えない思いはすでに払しょくされた。あとは明示された目的に向かって突っ走るのみ、だ。
「ああ、そうだ。シバが平癒丸と滋養丸、無詠唱で作れるようになったぞ」
「おぉ。やるじゃねーかちびっこ」
その言葉を聞くや否や、にこにこと笑顔のままで、しかし脊髄反射でもしたような素早さでもってシバはハルタチの脛を蹴った。
だから安全靴自重しろ、と痛みに半泣きになったような声で言いながら蹲るハルタチを尻目に、手際よくシバは作業台の上に選り分けた丸薬を四人分に分け、振り分ける。
エトとスピネルには平癒丸を多めに、シバ自身とハルタチには滋養丸を多めにする。
『ちなみに練習すればもう1ランク上も無詠唱できそうだよー。さすがにこの二つ作る練習で素材が尽きちゃったけどね』
へえ、とスピネルは驚きの声を上げる。薬草のストックはまだそれなりにあったような気がしたのだが、それが尽きるほど練習したということだろう。
MPを消費しないとはいえ、シバの気力には感嘆する。
「すごいと思うよ、シバは。僕らがスキル名を言わなくてもある程度スキルが出せるのは、それが体の動きと連動するものでイメージしやすいからだろ。でも魔法をイメージ、ってのはなかなか難しいんじゃないか」
うんうん、とシバも同意するように頷いた。
『確かに慣れるまでは。ステラに関しては見えない手を使う感じです。これだけなら、以前までと同じようにできるかな』
実に心強いことだ。気のせいかもしれないが、チャットウィンドウにおける返答も以前より少し早くなっているような気もする。
不本意な状況とはいえ、懸命に順応を図ろうとするシバの姿が、スピネルには何よりも頼もしいものに映った。
沸々と湧きあがる闘志にも似たやる気を、スピネルはこれから待ち受けるであろう森のモンスターどもにぶつけることに意識をシフトする。
「ようし。やる気が出てきましたよ」
ぱし、と左手で作った拳を右手にぶつけ、小気味の良い音をたてさせたスピネルは周囲を見回す。
「そうだな、いっちょやろうか」
頷き、進み出たエトが笑いかけると、ようやくそこで痛みから復帰し、よろよろと立ち上がったハルタチが目ざとくそれを見つけ、声を上げる。
「あっ、気が付かなかった。うさちゃん先輩だけいつの間に鎧新調してんの!?」
うるせえ、と照れ混じりのエトの拳骨が再びハルタチを沈めるのは、もはや予想できる決着である。
帰ったら皆さんの分も作りますから、と思わずスピネルがフォローに入ったものの、ハルタチの絞り出すような平癒丸をくれ、という悲しげな呻きには笑いを堪えるすべを誰も知らなかったようだ。
*
そうして、場面は再びアスルド深林へと戻る。
数時間の狩りの果てに、彼らはきちんと必要な数のアイテムを手に入れたものの、数値になって表れない物もまた、多く手に入れていた。
その最大のものが、前衛二人のハルタチによって背後から放たれる魔法に対する対応力である。
相も変わらず前衛ごと悉く吹き飛ばすような魔法は、狩りの間もますます鋭さと威力を増していく。
彼の攻撃系魔法の熟練度の上がりかたが半端ではないことはわかっていたが、ますます身に迫る命の危機に、スピネルもエトも鈍感なままではいられなかった。
しかし、そこでハルタチを責めよう、とは二人ともしなかった。彼はあれで悪気があるわけではないのだ。
実際この森での戦闘が始まってしばらくして、スピネルの背中に風魔法がクリーンヒットしたことがある。一撃でHPが三分の一持っていかれたスピネルもだが、周囲もその有様に思わず二の句が継げないような状況となった。それを気に病んだのだろう、ハルタチはそれからしばらく心を砕いて慎重に呪文を唱え続けていたのだが――残念ながら、敵の強さがそんな悠長なことを許してくれるようなものではなかったのだ。
「いい、お前はお前で好きなようにやれ。僕らが避ければ済む」
ハルタチも少しは悩んだものの、最後はエトのがんとした態度に折れた。
そう、最初の内はエトにもそんな余裕があったのだ。
避ければいい、当たっても平癒丸がある。ハルタチによって殺されることはそうあるまい、仮にも自分たちは前衛職だ。
が、見事にそんな考えは裏切られた。ハルタチの恐ろしいほどの成長速度によって。
そして一度言ったことを引っ込めることはできない。エトのそんな考えもよくわかったのだろう、スピネルは積極的に声掛けと周囲へのアピールを行うようになった。
エトもそれに応じた。それはもはや涙ぐましい努力であった。
ハルタチはあれでなかなか人を思いやるところもある男だ。負担をあまりかけたくはない。明るい笑顔を演技にさせたくはなかった。敢えてはっきりと言わないままでスピネルとエトは最善を尽くした。
仲間ごと吹き飛ばすような魔法使いがいいな、とキャラクターメイク前に答えた彼であっても、心の底からそう思っているかというと、おそらくそれは違うだろうから。
最初はやはり苦労した。魔法がかすめることもあるし、時にはばっちり当たってしまうこともあった。しかし時間の経過によって匠の技のごとき回避を二人は身につけた。
そんな努力の結果として、前衛二人の持つ『気配察知』のスキルは何と、狩りの終了間際に『獣の直観』というスキルに成長したのだった。
おかげで魔法のモーションをハルタチがとった瞬間に、後ろも見ないままエトとスピネルが左右にかわす、などということも可能になったが、本人たちは何とも憂鬱そうだ。
スキル取得の理由があまりにも不本意なものなのに関わらず、非常に役立つからだろうか。
おかげで最後の方は正面からのモンスターの攻撃の回避率すら格段に上がっていたのだが、いまいち彼らの表情からは喜びを見出しづらい。
そんな二人の複雑な心中を知ってか知らずか、一切魔法の使用を自重しなかったハルタチもまた、いくつもの魔法を身につけたようである。
炎魔法だけは使えなかったので成長しなかったが、それ以外の魔法も中級レベルならば不自由なく使いこなせるようになったようだ。
シバも戦うすべが限られているだけに積極的に戦闘には参加しなかったものの、魔法の反撃が出来ないということで慎重な行動を意識的に心がけたのが良かったのだろう。『妖精の舞踊』、という常時発動系のAgi上昇スキルを得た。
それら以外にも、連戦に次ぐ連戦に伴うレベルの上昇により、全員新たなスキルをいくつも手に入れていた。
戦闘の幅も広がる。確実に強くなっていく、ということの高揚感は、四人の陰鬱な気持ちを一時的に忘却させてくれた。
「だけどまあ、やっぱり『獣の直観』だけは素直に喜べる気がしないな‥‥‥」
いまだにトラウマから抜け出せないのか、エトが深いため息をついた。
厳密な意味で死なないとわかっているから良いようなものの、けして精神的に心地良いとは言い難い状況と常に隣り合わせだったのは間違いない。
「いいじゃないですか。もうあれほどギリギリの回避をしないで済むと思えば」
とんとんとん、と軽快に地面をステップしてスピネルが前に出る。
そしてひゅう、と風を切って振るわれたウッディブラウニーの蔦をバッシュピックで器用にさばいた。まるで鉈代わりだ。
更新が遅れましたこと誠にお詫びいたします。
週休1日の日々がきつすぎる件について。
ここ一か月というもの、しんどくてかなわん、です。
誰か私の代わりに働いてきてほしい。




