Act 5
お待たせ致しました。
「それよりハルタチ、ステラ使用に関する良い方法は見つかったのか」
あ、やべっ、忘れてた、という痛恨の表情をちらりとハルタチはして見せたが、すぐさまへらりと顔の筋肉を緩め、軽く胸を叩いて見せる。
「どうにかなりそうなんだなこれが」
そしてハルタチは魔道師のNPCに聞いた、練習すれば無詠唱でも使えるようになる、という話を始めたのだが、そこで一人、スピネルだけが首をひねった。
「ハルタチさん、質問なんですが、それ攻撃に応用できないんですか?」
「あー?あー。俺もそれは考えたんだけどね。実際ここ来るまでに試しでやっては見たんだわ。んで、わかったのは難易度の高さとMP消費が2倍だったってこと。だから練習したとして消費MP0のステラぐらいしか実用性がない」
なるほど、そういうことなら納得できる。スピネルはそれは仕方ないですねえ、と難しそうな表情をして考え込んだ。
「じゃあ回復薬関連は解決しても、シバさんの攻撃手段がない、と」
『いや、それもなんとかなった!』
シバは軽く身を乗り出して、得た成果をゆっくりと書き込んでゆく。
『魔器を作ればいけるらしい。魔法武器のことね。ただ、材料と鍛冶師さんが必要なわけで』
え、とスピネルは絶句し、おそるおそる無言で自分を指さし、きょろきょろと周囲を伺う。
「だな」
「だろうな」
『そういうことー』
おぉう、とスピネルは身を震わせた。魔法武器なんて、明らかに難易度が高そうだ。
しかも素材集めからして難易度が高そうな話ではある。
「責任重大‥‥‥」
「頼むぜ」
ハルタチがぽん、とスピネルの肩を叩く。予想以上にその感触が重い気がするのは、けして気のせいなどではあるまい。
「魔道師から武器屋、鍛冶屋とたらいまわしにされてさっきそこの鍛冶屋のおっさんに聞いてきたらよー、職人以外には話したくねえ、と来たわけだ」
その言葉を受けてシバがクエスト一覧の画面を開き、全員に見せる。
――クエスト 魔器についての調査
→魔力伝導率の高い素材と、核となり得る素材を調べよ
報酬:魔器作成特殊工程用アイテム
『プロセス:魔道師と魔器について会話→武器屋と会話(クエスト発生)→鍛冶屋と会話→「職人連れてこい」←今ここ』
無駄にわかりやすいフローチャートだ。ははあ、とスピネルも納得し、参ったなあと頭を掻きながらも入口にいる鍛冶屋の方を伺う。
「仕方ない、行ってきますかねえ」
「おう。クエスト出してるのは俺とシバだから、俺と行ってくればいいだろ。シバはとりあえずステラの練習でもしててくれや」
『了解ー』
ふ、と笑いつつスピネルは作りかけてやめたエトのナックルのために出した素材をインベントリに片づけてゆく。
また後で成功が確実になった時には、もうちょっといい装備が作りたいな、なんて欲が湧いているのかもしれない。そんな未来を想像して、それはとても自分らしいことだ、とスピネルは思った。
笑顔で手を振るシバを残して、とりあえずスピネルとハルタチは入口の方へと歩んでいく。
座り込んだままの無愛想な男が、近づいてくる気配に一瞬不穏そうな目つきを走らせた。
「うぃす。こいつ鍛冶師なんだけど、話してくれんの?」
何処かびくつくスピネルを睥睨し、にい、と鍛冶屋の男はそれが笑顔なのか威嚇なのかわからないような表情の歪め方をしてみせる。
「ふン。手を見せてみろや」
スピネルが遠慮がちに出した手を、乱暴に引っ掴むようにして鍛冶屋の男は引き寄せる。
バランスを崩したスピネルには頓着せず、そのまま男はひたすら掴んだ手を見聞した。
「ほう、一応中級か。まあいい」
そしてぽい、とスピネルの手を放し、ようやく鍛冶屋はしっかりと目を合わせる。
「さて小僧。一応そこの煩い小坊主から話は聞いた、あっちの半妖精のために魔器を作るってんだろ」
小坊主、とハルタチが苦笑する。一応この仮想体も現実の野宮と同じような体格であり、けして小さい、という形容詞が当てはまるようなサイズではないのだが、NPCになにを言っても無駄だという諦めが入っているのかもしれない。
「一応女なんですけどねえ」
苦笑しつつもきちんと言うのはスピネルだ。しかし、やはりそれは一笑に付されるだけに終わる。
「小僧は小僧だろ、それともなんだ、犬ころとでも呼べってか」
「うぇっ。い、いや、小僧でいいです」
スピネルも諦めが入ったようだ。困ったなあと言わんばかりに耳の後ろを掻くけれども、鍛冶屋の男はフン、と鼻を鳴らすばかりだ。
「で、聞くのか、聞かねえのか?」
「き、聞きますとも」
やれやれ、と鍛冶屋はニヒルに笑う。どうにも掴みにくいキャラクターである。
「魔器作るっつったって腕ぁいらんのよ。モノがありゃどうとでもなる、小僧でもな。だがまあ、モノが集まらねえんだけどよお。作る相手が妖精ならあれだ、弓が一番向いてるだろ。ちいせえ複合弓だな」
複合弓、と呟きスピネルは思案を始める。複合弓、コンポジットボウは皮素材やいくつもの木片を継ぎ足して作る形の小型化に特化した弓だ。当然威力もそれなりのものが出る。
「で、皮部分はどうでもいい、問題は木材だな。あれだけはどうにもならん。‥‥‥めんどくせぇな、もう教えなくてもいいかな。作ることにさえ怖気づくような奴に出来るかわからねぇしな。やめた方がいいんじゃねえか、小僧。やめようか」
「え。いや、やめなくて結構です。――えと、で、どこでその、魔器に向いた木材が?」
ニヤニヤと笑う鍛冶屋に間髪を入れず返したスピネルだが、眉間には小さくしわが寄っている。
確かに責任を感じて萎縮していた部分はあった。難易度、材料、作成法、全てが分からない中で、シバの攻撃手段を握る重要なものを作れるのが仲間の中では自分しかいない、という状況があったから。
だが、このように適当で投げやりな扱いを受けるのは心外だとスピネルは思う。
言うべきことを言って、後は押し黙りながら、スピネルはただただ鍛冶屋を見る。隠しきれない苛立ちを押し隠そうと懸命になりながら。
「ふン。そりゃすぐそこにあるんだが。木材はなあ、アスルド深林にいくらでも転がってんだよ。でも伐採できるもんじゃねーよ。‥‥‥はーあ、もういい、めんどくせぇよ。もうおしまい、諦めろや。気が向かねぇよ、俺が教えるのここまでな。はい閉店」
あざ笑うようにして諦めろ、と言い続ける鍛冶屋。ひらひらと手を振り、明らかにスピネルを軽んじている。
だが、スピネルはそのような嘲りにも一切躊躇しなかった。当初の戸惑いはどこへやら、ずい、と一歩踏み込んで、まるで鍛冶屋に噛みつくような勢いで迫る。
しかし、声はけして荒げない。静かな威迫を持って、ひたすらに答えを求めていく。
「アスルド深林ですか。伐採しなくても転がっているとはどういうことでしょうか」
沈黙。視線がまるで稲妻のように圧力を持って鍛冶屋とスピネルの間で交わされている。
其処には他の何人も介入することが出来ない、張り詰めた空気が漂っていた。
ひどく近い距離で互いを見つめあう鍛冶屋も、スピネルも、浅い呼吸を繰り返し、互いの瞳の奥を読む。
ハルタチは自分の呼吸音が聞こえるような錯覚を覚えた。明らかに苛立っているスピネルと、剣呑な気配を帯びる鍛冶屋。途方もない緊張に、知れず硬直する。
そんな、長い時間にも感じられた一瞬の後に、身を離し、軽く息を吐いたのはスピネルだった。彼女はそうして、ゆっくりと口火を切る。
「どんな困難が伴おうが、私は魔器を作る、と先ほど決めました。私しかできる人間がいないから、頼まれたから。だからあなたの話を聞きに来ました。それだけの理由、と断じることは勝手ですが、私にとっては最大の理由です。作れるのなら、仲間のためなら、躊躇う理由なんて、ありません」
瞬き、それでもなお鍛冶屋は無言を崩さない。
スピネルは続けた。
「私は最初、作ることを、失敗を恐れました。でも、恐れたから真剣でないわけではないんです。お願いします、投げやりな態度で私に向かわないでください。そして、どうか私に魔器の製法を教えてください」
苛立ちを噛みしめ、頭を下げたスピネルの喉から溢れたのは、素直な気持ち。
困っている親しい人間のためにできることがあるならば、僅かでもその力を惜しみたくないという、それはスピネル自身の意思表明だった。
そして、そうやって張りつめた気配を纏うスピネルを、ハルタチはただ絶句して見つめることしかできない。
あの子は、こんなにも真剣に何かに立ち向かっていくような奴だったか?
今まで見たことのなかった一面を目の当たりにして、ハルタチはまるで頬を打たれたような気分である。
鍛冶屋は落ち着かなさ気に足を動かし、たんたん、と軽く床を踏み鳴らす。
そしてしばらく言葉を探した後、硬く閉じられていた口を開いた。
「‥‥‥ふン。なんだ、小僧、お前良い目をするんじゃねえか、なあ?」
スピネルの誠意に当てられたのだろうか、鍛冶屋もすっと居住まいを正し、ふ、と表情を緩める。口調さえも穏やかになって、彼は続けた。
「まいったな、いいだろう。悪かった、小僧、俺はお前を試した。分かったよ、詳しく教えてやらあな。メモを取れよ、いいか」
「ありがとうございます!」
再び頭を下げたスピネルがあわてて準備を始める。ハルタチもきちんとメモを取る用意をしてスピネルと鍛冶屋を待った。
ひぃ。本当に更新が遅れ気味になってきました。
実をいうとこの鍛冶屋とスピネルのやり取りがものすごい難産で、不自然ではない会話の展開を考えるのに本当に苦労しました。本筋のプロットで想定してなかったので。
でもおかげでちょっといい方向にストーリーを変えていけそうかもです。
もともとの更新速度が遅いのは遅いんですけれど、ようやく陸上での海亀の速度くらいから陸亀の速度になれそうです。
まあでも文字数が増えていくこの現象は‥‥‥あはは。




