Act 4
せっかく得たボス素材、安易に無駄にはしたくない。
だが、明らかに性能が良いとわかっている武器の作成を、安全策を取るということで先延ばしにするのか。もったいなくはないか。
そうやって逡巡しているのに気付いたのだろう、エトが首を傾げる。
「どうした。材料が足りないのか?」
「いやー。成功が二回続く気がしなくてですね」
そうして理由を聞かされ、エトはそこで深く頷くことになる。
「なるほどね。そりゃ、悪いことをした。いい気持ちはせんわなあ。鎧作ってくれてありがとうな」
すみません、と恐縮してスピネルは頭を下げる。
「でも、もうちょっとで鍛冶が中級Ⅱに行けるのもあるし、リスクは冒したくない、という気持ちが先行しているのですよ」
そうか、とエトはその事実に少し驚いてスピネルを見た。随分と熟練度の上がりが早いのではないだろうか。
スピネルの種族的に鍛冶に適性があるのは理解出来るとはいえ、自分の様々なスキルの上がり幅などと比較するにつけて、どうしても上昇速度が引っ掛かる。
中級に到達すると、だいたいどれも格段に上昇速度が遅くなるものなのだが、スピネルはそうではないのか、鍛冶の熟練度がそうでないのかがよくわからない。
「ほー。もうちょっとか」
「そうなんですよー」
そんなエトの心中などに気付くはずもなく、心底残念そうにスピネルは言う。本当に、ちょっと出かけてとってきた鉄の塊を延々とインゴットにする作業を30分くらい行えば上がるかもしれない、などとスピネルが呟く姿に、エトは一つの可能性に思い当たる。
‥‥‥そういえば、もともと彼女はずいぶんと器用な人間ではなかったか?
現場で使うプラカード、整頓する際に見出しに張るシール、イベントのポスター。
社内広報誌に時々挟まっている、無駄にかわいい宣伝用ポスターは大体彼女が作っている、というのはもはや定説だ。おかげで業者に払うコストが削減できた、と経理課長が小躍りしていたのも知っている。
趣味すら模型作りだのハンコ作りだの、何処までハンドクラフトを極める気だ、と思ったことがある。
本人の性格、性質がゲーム内で取れるスキルに影響を与えるという前提条件と繋げれば、自ずと答えは見えてくるものだ。
「時にスッピー。ふと思ったのだが、君は鍛冶関連の補助スキル持ちか」
「へ?ああ、そうですね、前回皆さんの鎧作ってる途中で取得しましたねー」
やっぱりか。好きこそものの上手なれ、とは、本当に正鵠を射るものだ。
上昇速度にどれほどの補正が加わっているのかわからないが、それならば本当にそれ程努力を要せずに中級Ⅱに到達できるというのも、あながち嘘ではないのだろう。
「仕方ないな‥‥‥」
エトがそう言い、さらに言葉を続けようとしたところで、それは陽気な声によって留められた。
「うーっす、ただいま」
『ただいまー』
当然、声の主はハルタチで、チャットウィンドウを立ち上げながらちょこちょこと飛び跳ねるようにしてきたのはシバである。
「うお、シバさんそれなんですか!」
『チャットウィンドウだし!』
ええー、とスピネルとエトが信じられない、といったようにがくんと顎を落とし、顔を見合わせる。
「あったんだ、そんな機能」
「あったんですねえ」
関心とも呆れともつかない口調は、誰に対して向かっているのだろうか。
「NPCに教えられたわ。すげーなこのゲーム、っていうかゲームシステム?もうなんか丸ごと、世界、って感じだよな」
しみじみとしたハルタチの呟きに、何故だか妙に納得させられてしまう。
「なるほどねえ、これもまた確かに一つの世界だな」
作業台を何の気なしに軽く撫でるエト。手のひらに伝わるわずかな凹凸の感触は、自分自身にとってよくなじみのある『現実』のものと、ほとんど変わりがない。その事実に、どこか空恐ろしいものさえ感じる。
「胡蝶の夢か」
ぽつりとエトが言う。それは蛇口から水滴が落ちるように、自然とこぼれ出た言葉だった。
「今ここにいる僕は、『エト・ラビットハート』という夢を見ているつもりだけど、本当はこれまで『エト』が『沢崎』の夢を見ていたのかもしれないなあ‥‥‥なんてな」
「文学者ですねえ」
スピネルはどこか懐かしむように目を細めた。
「漢文ですね。誰でしたっけ」
「荘子だな。――”知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを”」
朗々とした口調で漢詩の一説を引用するハルタチは、妙に堂に入っている。そのまま指し棒を持って黒板でも叩いていそうな姿だった。
『クラインの壺みたいな話ねー』
ぼんやりと考えながらシバはそんなことを書いて見せる。
「うーむ。いかんな、望郷の念が募る」
ぶるっとエトは首を振り、まるでそのまま思念まで振り払おうとでもするように腕をぐるりと回した。
誰もがふと押し黙る。ログアウトボタンのリアクションは相も変わらずサーバーからの応答はない、の一点張りであり、事態が好転する気配は見えない。
街中を歩く人々の様子も、困惑や自暴自棄から、諦めと順応へと徐々にシフトチェンジしているようであった。
当初は治安の悪化を危惧したものの、そこまで転がり落ちはしなかったようだ。一応の人々のモラルに今は安堵する。ただ、楽観視だけはできない、というのは強く思うところではある。
と、ハルタチがその流れで何かを思い出したらしく、ポン、と軽く手を叩いた。
「そういやさ、帰り道に見かけたんだけど、『このゲームから共に脱出する方法を模索しよう』ってギルド員を募集してる集団がいたわ」
「あらまあ。このゲームのギルドって結構大人数じゃないと立ち上げられないんじゃないんでしたっけ」
スピネルの問いに、多分そうだったと思うけどな、とエトも頷く。
こくりとシバも頷き、ウィンドウに詳細を記してゆく。
『20人以上の参加者と、出資金100,000Alcが要るってヘルプに書いてあるよ』
「結構条件厳しいんですね」
しみじみとスピネルが呟く。これまでスピネルもそれなりにゲームを行ってきたので、ある程度ギルドの立ち位置については把握している。
往々にしてギルドとはゲーム内の仲良しコミュニティーにネームプレートを付けたようなものだ。共通の目的を持って一緒に行動する仲間を手軽に集められるので、ほとんどの多人数参加型ゲームにおいては基本的なシステムとして組み込まれている。
スピネルの知り得る限りにおいて、それぞれのゲームにおいてギルド作成の条件はどれも緩く、無条件で一人ギルドを立ち上げることが出来る、などというものさえあった。
コミュニケーションを謳うゲームなのにギルド作成が序盤では厳しいというのは解せない。
『ギルドじゃなくても済んじゃうからじゃないの?』
シバの言葉に、きょとんとスピネルは首をひねる。結局のところスピネルにはシバやハルタチやエトがいて、そんなコミュニティーを作る必要性がなかったが故に、その辺りのシステムに関してはほとんど読み飛ばしていたのだ。
「何で?」
同じ穴のムジナがいたようだ。ハルタチがスピネルと同じように首を傾げて、可愛らしく装いつつ質問する。ちっともかわいくないのはいつものことだ。
『”このゲームでは、プレイヤー同士が積極的なコミュニケーションを図るために、一時的な同盟を組むパーティー機能のほか、持続的な同盟関係を少人数で結ぶチーム機能、2チーム、3チームで同盟を組むレギオン機能が用意されています。さらには大人数の賛同者を集め、より大きな目的のために邁進する同盟者組織、ギルドを結成することも可能となっております。パーティー機能は個人間で使用可能ですが、チーム機能、レギオン機能、ギルド機能は機関職員と会話して、登録を行うことが必須となります。あなたも、互いに背中を預けあう仲間を見つけて、ゲームをより楽しみましょう”――by Help』
コピーアンドペーストで文章を用意したのだろう、一気にそれだけの長文がウィンドウに踊る。
顔を左右に振りつつ一生懸命スピネルはそれを目で追い、ようやく読み終えてなるほど、と感嘆した。
「段階的な手段を踏んで組織を大きくするのに便利なシステムになっているんですねえ」
よく言えば緻密だが、悪く言えばかなり煩雑なシステムである。
大人数の組織を一足飛びに作ることが出来ず、出資金というリスクを伴うのは安易に悪意ある集団などを作ったりしないための布石と言えそうだが、故にギルドへのハードルは相当高くなるだろう。
「まあ俺らは現状パーティーでも飽和しない人数だし、登録するとしてもチーム単位だろうしなあ。その、ギルド員募集してる人らの考えに興味がないわけじゃないんだけど、俺、今は知らない人の集団には入っていきたくないな」
僕もだな、とエトも苦く同意を示す。
シバが少し困ったようにしてスピネルを見た。そういう風に考えるのは自分のせいかなあ、知らず自由を制限してないかなあ、と心配しているのだろう彼女に対して、多分シバさんが思っているのと違いますよ、とスピネルは断言する。
「正直私も知らない人の集団は怖いので。現状、誰も信頼できませんから‥‥‥」
「形は一応の落ち着きを取り戻していても、またあの男みたいなのが、しかも所属した組織から出たら、ってことだ。もうそうなったら僕は誰も信用できなくなる。むしろ発狂する。――僕はな、小心ものなんだよ」
明確な、集団に対する拒絶という意思を示すエト。その耳は情けなく垂れ、尻尾も下がってしまっている。
「俺の場合はわがままだなあ。信頼できないやつが近くにいるのが嫌、ってことだ」
居心地悪そうにハルタチも身じろぎする。シバ襲撃の一件は、大なり小なり全員に深い爪痕を刻んで行ったのだ。そんなことを、改めて実感させられる。
『そうかあ』
シバもそれだけを書いて、ふとうつむいた。
たった四文字だが、複雑な心中を察するにはあまりある一言だった。
「しかし今気付いたが、パーティーよりチームのほうが使える機能も多そうだな」
いつの間にか自分でヘルプを参照していたらしいエトがそんな言葉を漏らす。
「そうなんですか?」
「うん。登録料はかかるけど安いし、チーム専用のアイテムが機関からもらえたり、チーム専用のクエストが受けられるようになったりとかする」
「へー、それは便利な。ひと段落したらチーム登録したほうがよさそうな感じですねえ」
うんうん、と四人が頷く。これからどれだけこの不安定な状況が続くかわからない以上は、しておいて損はない選択だろう。
ガッデムウィークでした。疲れた‥‥‥
更新が遅れまして申し訳ありません。最終日にあんな大雨なんて聞いてないすスよ!やだー!って後輩が言ってました。余りにもそのまますぎて吹きました。
蛇足ですが、胡蝶の夢というか、この辺りをテーマに作品を書く人は非常に多いように私には思われます。
入れ替わる。混ざり合う。混迷を無邪気に喜ぶか、底冷えのするような恐怖に慄くかはそれぞれでしょうが、面白いテーマですよね。
私が最近読んだ漫画で、浅野いにおさんの『虹ヶ原ホログラフ』が見事に胡蝶の夢、というものを一つのテーマとしています。ソラニンをイメージして読むとちょっと心がやられますが、面白いと思います。




