Act 3
レンタル工房前、レンガを適当に積み上げて腰掛けにしました、といったような段差にどっかりと座り込んで、エールビールを煽る小柄な男性がじろりと目の前を通り過ぎてゆく二人をねめあげる。
フン、と軽く鼻で笑った後、勝手にしな、と言わんばかりに彼は建物の中の方に向かって顎をしゃくった。
彼はこのレンタル工房のNPCである。頭上に表示される名称は鍛冶屋だ。
しかし、厳密にいえば今の彼の肩書は工房管理人であり、実際は鍛冶屋を営んでいるわけではない。が、風貌と言い態度と言い、鍛冶屋だったらこうだろう、というステレオタイプな鍛冶屋像を彼は見事に体現している。
彼の設定上は、一応、『怪我と体力の衰えにより第一線を引退したが、国に請われて冒険者たちに工房を貸すようになり、気が向けば助言をすることもあるという気難しいピュア・ヒューの男』であるらしい。助言はおろか、今のところ彼が会話らしい会話をしたことはどのプレイヤーでさえ見たことがない、というのが定説であった。
なので、プレイヤーが一言も言葉をかけられないのは当たり前のことであり、そんな憮然とした態度を一貫して崩さない彼を、誰もがまるで置物でもあるかのようにして扱っていた。
そして、今しがた彼の横を何気なく通過したエトとスピネルも、もはや鍛冶屋のことは当然ながら意識の外である。
「さてー、エトさん、今度の武器はどうしますか?」
「悩むなあ。ナックルに不具合はなかったけど、他が試せるなら欲を出したいかも。どういう派生が出来るのか、今のところの素案だけでも聞きたいかな。ちなみに、防具の方は特に動きにくいとかはなかったし、現行に似た感じでいいや」
それらの意見を聞き、今の素材と熟練度の兼ね合いから、スピネルは最も効果の高いものを厳選する作業に入る。ふむ、とインベントリ内を見て軽く首をひねり、いくつか素材を取り出してはしまい、という行動を繰り返し始めた。そのまま目線は素材に注目しつつ、スピネルはエトに話しかける。
「攻撃力、防御力の高い武器、防具を作るという点でいうなら、テライオンの素材でエトさんの武器と防具を固めるのが順当だろうな、と思います」
デザインにこだわるとか、違う形状の武器がいいとか、戦闘スタイルを変えるなら、少し話は変わりますかねえ、とスピネルは一人ごち、くるりとした目でようやくエトの方に視線をやる。どうしますか、と言わんばかりに彼女は無言で返答を待つ。
「テライオン素材だと、ナックルは確定なのかな」
「そうですね。素材の形状や性質を考えると、今度もナックル系になるでしょう」
どうしても重量のある素材だとナックルに加工したほうが本領を発揮する傾向にはある。
しかも今回の場合、素材自体が刃物のように薄く加工するのには向かないものだ。
「どうしてもカタールなどの系統がいい、というのでしたら、若干ランクが落ちますが銅とルインラクナルとアースゴブリンの素材を作って作成可能です」
突如突きつけられた難題にエトが眉をしかめる。随分長いこと落ち着かなさ気に上を向いたり辺りを見回したりするが、それでもとうとう結論が出なかったのだろう、力なくエトはため息をついた。
「今は武器に関しては保留させてもらいたい。先に防具を作ってくれ」
「はい、承知いたしましたー」
再利用できる部分は余さず使いますので、とスピネルはまずエトが今まで装備していた鎧を要求する。戸惑いがちにエトが作業台に置いたそれを、あっという間にスピネルはいい手際で革部分と金属部分に分解していった。訝しげにその様子を眺めながら、エトは純粋な感情のままに問いを発する。
「何してんの」
「リサイクルです。使える部分はまた素材になります。今回の場合内貼りの革を使いまわして、各部を繋ぐのに用いる金属鋲に肩当てと、左脇の部分を使います」
なるほど、とエトは納得して頷いた。装備は作ったらおしまい、というのではなく、分解すればもとより若干分量は少なくなるけれども、再利用可能になるらしい。
「しかしまあ、何をどう使うかってのはどうやって決めるんだ?」
「それはもう、スキル使用で鍛冶・加工のメニューから、装備品と手持ちの素材の欄と、作成したい系統の武器、もしくは防具の欄を全部ソートに合わせて突っ込めば、あっちで計算してくれる仕組みで」
なるほどなあ、とエトは思わず苦笑する。何とも便利に作ってあるものだ、と舌を巻く思いだ。
そうして全体を分解し、使用する部分と今回は保留する部分に分けたところで、スピネルは使用すると決めたほうの素材群に今回必要となる残りの素材を乗せてゆく。
若干足りない革部分はルインラクナルの皮で流用し、主となる素材に惜しげもなく岩巨人の装甲を積み上げる。
岩巨人の装甲は土を払えば、つや消しの乳白色に鈍く光っている。何処か神秘的ながらも優しい風合いだ。
「よし、丁半、丁半」
そのようなことを独り言のようにつぶやいたスピネルは、腰に下げた『鍛冶師の一打』を軽く撫で、おもむろに取り上げる。
ひゅ、とスピネルが口笛のような音を立てて息を吸った。
その息は肺胞に深く留められたまま、響く、まさに鍛冶師の一打。
あまりに高すぎるが故に、まるで鈴が転がったかのように聞こえる音が空気を波紋のように揺らして、そしてそのすべては静寂に飲まれた。
金属鎧 テッラ=ゴライアスメイル Lv5 Def 122(CLv補正-10)
素材:岩巨人の装甲、革、鋲(鉄製)
特殊効果:Vit+10、HP+115
スピネルの裡に留められていた呼気が、嘆息を交えて漏れ出てゆく。
「なんて、きれいな」
エトもそれ以上の言葉を見つけることが出来ず、しかし感動をあらわにしてそっと新たに世界に現出した鎧を撫でる。
形状的には無骨だが、まるで鍾乳石を切り出したかのように白くつややかないくつもの部分に分かれた鎧は、まさにテライオンの雰囲気をそのまま切り取ってそこに置いたかのようだ。
ゆっくりとエトは鎧を手に取り、持ち上げる。一瞬ずしりと両腕に負荷がかかるが、思ったよりも重みを感じない。
そのままスピネルを伺い、頷くのを見て、エトはそれらを身につけていく。ベルトを止め、金具を締め、体に合わせて微調整を繰り返す。
ようやく納得のいったころ、エトはスピネルに見せるようにその場に直立して見せた。
「重戦士、ですね」
スピネルはその様を見て、端的に言った。
うん、とエトも頷き、同意を示す。防御力に特化した鎧をまとったエトは、おそらくこれまでよりももっと皆の前に立つ一人の盾として、頼りがいのある存在となるのだろう。
「前の鎧よりも少し重いな。こうなると、やはり一撃の破壊力の高い武器のほうがいいのかもしれん。前と同じ系統の、重いナックルがよさそうだ」
手を開いたり握ったり、軽く体を動かしたりして、エトは低く唸る。
「なるほど。それじゃあ、テライオン素材のナックルにしますかね」
ルインラクナルの皮をまた少し足して、岩巨人の装甲もインベントリからいくつか追加する。ルインラクナル素材は、あの閉じ込められたイベントのおかげでいくらでも在庫がある。テライオン素材もまだ若干の余裕がありそうだ。
今度は銅と錫も僅かに用意するスピネル。青銅として用いるのだろうが、どう機能するのだろうか。全てはシステムのみぞ知る。
「さてー。結構怖いな」
実は、エトには喋っていないが、テライオン素材を用いた鍛冶、加工は今のスピネルの熟練度では失敗する可能性があるのだ。
テライオン素材を使ってできたものは武器、防具ともLv5となる。
現在のスピネルの鍛冶熟練度は中級Ⅰ。この熟練度では武器、防具レベル換算で4のものまでしか確実に成功する保証がないため、結果として挑戦した場合、成功か失敗かどちらの目が出るかわからない運試しをせねばならないこととなる。
つまり、先ほどの防具作成は、彼女としては賭けに出たようなものだった。
武器、防具のレベルとは強さを表す他に、装備適正レベルや作成難易度としての意味も持つ。
適正レベルとしての見方は、CLv――キャラクターLvが武器、防具Lv×5より上ならその武器や防具が適正な性能を発揮するというものである。キャラクターのLvが足りていないまま装備すると、補正がかかり本来の攻撃力や防御力よりも低い効果しか発揮できないのだ。もちろん順調にレベルが上がれば本来の効果を発揮するようにはなるし、場合によっては補正がかかっていても適正レベル帯の装備よりも良い効果を発揮することもある。
そして、作成難易度は適正レベルよりも見方が簡単だ。相方となる値は鍛冶、加工の熟練度となる。
熟練度は初級Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、中級Ⅰ‥‥‥と上がってゆくのだが、初級Ⅰ=適正作成武器、防具Lv1、初級Ⅱ=適正作成武器、防具Lv2といったように対応している。
初級ⅡでもLv3の装備を作ることは実際不可能ではないものの、失敗するリスクが発生する。
また、初級Ⅱの熟練度でLv4の装備に挑戦しようとすると、この失敗率というものが格段に跳ね上がるようになっている。
要するに、熟練度によって適正な作成難易度が用意されているわけだ。
つまり、Lv5武器、防具を作ろうという場合、完全に失敗しないようにしようと思うなら熟練度中級Ⅱ以上になってから挑戦すべきである、ということがここから導き出せる。
先ほどの成功にも助けられ、間もなく中級Ⅱになるであろうスピネルだろうと、失敗する確率はゼロではない。
故に、スピネルはじっとりと背中が湿ってくるような錯覚さえ覚える。先ほどの嘆息は、安堵からの感情も多分に含まれていたのだ。
テライオン=teras(怪物)+aion(永遠) です。
でも響きだけだと普通にサバンナにいる百獣の王っぽいです。
ただ、個人的にはterraもかけています。
Terra=Goliathという名称になると、普通に『大地の巨人』ですね。
一般名称のほうがかっこよくなってしまう不思議。




