Act 1
うごめく木が牙をむいて襲い掛かってくるのには、随分と慣れてしまった。
別に慣れたいと思っていたわけでもないのに、グロテスクに伸縮する枝を払い落したり、やたらと零してくる酸性の涎を避けるのに一生懸命になっていたら、そうだよな、木って動くもんな、めんどくさいな、なんて思うのも当たり前のような気がしてくるから不思議なものである。
スピネルは眼前にまたしてもしつこく迫ってきたしなる枝を、ハエでも追い払うようにたたき落とした。
そして頃合いを見てステップを踏み、後方へ退くと。
「ウィンデカトラス」
目の前の道がまるで巨大な杭で貫かれたかのように一気に切り開かれる。
実際は無数の風の刃が連なって吹き荒れているが故にそうなっているのだが、見た目としては極大な風魔法による一撃を放ったようにしか見えない。
ハルタチの魔法がどうしたところで大規模攻撃になってしまうのは如何ともし難いことであるが、特に最近は問題があるわけでもないので誰もが目を瞑っている。
以前のように巻き込まれる確率もずいぶん減った。
それは偏に前衛の弛まぬ努力と、目線と言語による積極的なコミュニケーションの励行によって培われてきたものである。
そのようになっていったのは、ますます狂暴化するハルタチの魔法に、スピネルとエトがこれまでにない危機感を覚えたからなのだが、知らぬは本人ばかりなり、である。
ふう、とスピネルとエトが密かに安堵したのを知ってか知らずか、得意満面のハルタチがはしゃいだ声を上げた
「よっしゃこーい!者ども拾いたまえー!」
目を輝かせながら馬上の将軍のように前方を勢いよく指差して、さあ拾え、それ拾え、と訴えかける。
「だりぃー」
「えー」
しぶしぶ文句を言いながらも、エトとスピネルは風魔法によって切り裂かれ、散らばった枝や木くずを拾い集める作業に入っていった。
声に出さなくとも、露骨にめんどくさい、という表情をしているのはシバだ。
やれやれ、という具合に肩を竦め、エトとスピネルの方にとことこと歩んでゆく。
ある程度集めてはインベントリに入れ、というのを延々と繰り返していくこの作業、現実と違って腰や肩が痛むことはないものの、飽きが来るし精神的にも疲労してくる。
「お前、細かく飛ばしすぎなんだよ。もっと大きな破片にしてくれよ」
「俺に繊細な操作を要求するのか!?」
「はいはい悪かったよ」
ぎょっとしたように一瞬のけぞるハルタチだったが、エトはそう言ってあっさりと切り捨てる。余りと言えば余りの即答に、ハルタチは顔を手で覆った。
「ひどい‥‥‥俺をこんなにも弄んで」
「泣き真似する間に拾えよ」
最早エトは真面目に相手をすることも放棄したようだった。
ちぇ、つまんねーの、と言って、しぶしぶハルタチも木片を拾い集める作業に入った。
「いやー、目が疲れますねー」
うひー、と言ってスピネルは目を腕で擦り、その場にとすんと座り込む。
シバがすぐさま、『敵が来たら避けられない 危ないよ』、と書いたチャットウィンドウを見て、おっと、と言った感じにすぐ立ち上がりはしたが、スピネルの疲労の色は濃い。
今彼らが行っていることは、アスルド深林北部に沸くウッディブラウニーというモンスターからドロップするアイテムを、ただひたすら集める作業である。
ちなみに、アスルド深林はあまりに広大であり、場所によって出現するモンスターが変化する。リズド街道近隣の入り口周辺が北西部に当たるが、その辺りは丁度ウッディブラウニーが所狭しと出現する、まさに『爆沸きポイント』とでも呼べそうな場所なのだ。
スピネル、エト、ハルタチのスリーマンセルはここで見事に機能していた。
エトがおとりとなって多くを引き寄せ、スピネルが群れをまとめて固め、ハルタチが一網打尽にしてゆく。
この戦法が確立してからは、彼らは恐ろしいペースで経験値とドロップを得ることが出来ていた。
拾っている途中に戦闘が始まっても、アイテムを拾うことだけを主とした役目として担うシバがいるので、それほど切羽詰まった状況にはなかなか陥らない。
「しかし、まだ集まりきらないのか?」
エトが呆れたように嘆息する。疲れた、休みたい、という意識が言外にこれでもかと漏れ出しているようだ。
「私が細枝62で、木片115です。結晶針は1ですね」
「俺細枝32、木片70、結晶針1、結晶枝3だわ」
「枝三つも出てんのかよ。僕は細枝77、木片121、結晶枝1だな」
それぞれを聞いてシバが計算し、合計をまとめる。
『細枝合計251 木片合計431 結晶枝5 結晶針3』
はー、と全員が肩を落とした。
「結晶針あと2個だけになったけど、結構遠いよな」
「むしろそれだけが足りないという状況が余計にきついー」
レアアイテムが出にくいという、お約束のパターンである。
しかもそういうものに限って最も必要なものだったりするからたちが悪い。
テンションも下がりきった一行だが、忘れるなかれ、ここは『爆沸きポイント』である。
がさがさ、ごそごそ、と葉擦れの騒がしい音が、彼らに再び近づく。
「まったくっ!もう動く木は見飽きた!普通の森林浴がしたい!」
「環境破壊、万歳ー!イヤッフー!」
やけくその様に叫びながら樹木たちに飛びかかって行くエトとスピネル。
我関せずといった調子でアイテム回収をするシバ。
ニヤニヤ笑いながら詠唱を始めるハルタチ。
次こそ出るか、その次こそ出るか。結晶針、残り二本。
欲しいものほど出てこない世の常を彼らが心の底から実感するのは、それからもうあと三十分は経った頃、狩りはじめてから優に3時間が経とうとする頃であった。
*
現状を説明するためには、宿屋を出て、二手に分かれた彼らのことからまず述べねばならない。
エトとスピネルは武器と防具の作成のためにレンタル工房へと向かい、シバとハルタチは魔道師のNPCのもとへと再び赴くことになった。
道を行き交う人々に躊躇するシバの問題がそこにはあったが、結局なんだかんだでハルタチの袖を握って付いていくという若干恥ずかしい手段に踏み切ることで解決した模様である。
珍しくハルタチも優しくシバに接してくるので、それがさらにシバの羞恥を煽ってしまうのだが、致し方ない。
シバにとってはかなり長い時間にも感じられたが、あっさりと魔道師のNPCのもとへ二人は辿りついた。
ハルタチはそこで少し考え、魔道師のNPCである老婆に尋ねる。
「ちょっといいか?呪文詠唱じゃなくて、魔具とかアイテムで魔法って使えるんだっけ?」
魔道師は一瞬目を瞬かせ、厳かな気配を纏わせて頷いた。
「ああ。どうした、詠唱以外の魔法発動にどういうタイプがあるのか知りたいのか」
おー、とハルタチが声を上げてシバを見る。シバも期待に目を輝かせながら続きを待った。
「では簡単に説明しよう。種族によって使えるものと使えないものがあるから、心して聞くように」
シバは真剣な顔で頷き、紙とペンを準備した。メモを取り、あとで吟味する気でいるらしい。
その様子を見つつ、魔道師はゆったりと喋り出す。
「まず一つは魔符だね。魔力紙という魔力を込められる紙に呪印を描き、自分の魔力を込めることで魔法をストックし、キーとなる魔力を改めて込めることで思い通りの魔法を放つ技だ。これの利点は発動の際に詠唱を必要としないためタイムロスが少なくなることだろう。だが、欠点は大きい。発動できる数が作った魔符の数に依存する。魔符は使い捨てだ」
使い捨ての道具か、とハルタチは唸る。確かにこれだとあまり乱用できない。
手数の多いシバにはあまり向かなさそうだ。
『ここぞというときの回復なんかにいくつか作っておくのはありかもだけどね』
シバがそう書いたのを横目で見て、でも利用範囲は限られそうだな、とハルタチは一人ごちる。
「次は、魔器について説明しようかね。魔器はそれこそ魔力を用いる武器だ。杖やらの発動補助用の魔具とは全く性質が違う。魔器が一つ、魔剣ならその刃を使用者の魔力で覆うことで切れ味を鋭くさせる効果を持ち、魔弓ならば使用者の魔力を矢と為して貫く。これの利点は、魔器の使用には武器の熟練度が関わらないことだ。むしろ魔法熟練度が関係する。欠点と言えば、そうだねえ。普通にはなかなか手に入らないことだろうよ。しかもヒューの血がなければ扱いが難しくなる」
はー、とハルタチが感心したように、しかし呆れも混じったような声を上げる。
ヒュー系が混じっていると言う意味では条件をクリアしているものの、やはり良いものが簡単に手に入ると思ってはいけないらしい。
『じゃあ、どうやって手に入れるのかなあ』
シバが困ったようにそう書くと、魔道師はじっとそれを見て首を傾げた。
「すまんの、お姉ちゃん。儂は共通語しか読めんでな。話せぬならチャットウィンドウを使ってくれぬか」
「チャットウィンドウ!?」
素っ頓狂な声を上げたハルタチは、声が出ていたならばおそらく異口同音に叫んでいただろうシバと思わず顔を見合わせる。
なにそれどうしようそんなことに気付かないってどんだけ動転してたの私、と赤くなったり慌てたり、シバが百面相を繰り広げる一方、ハルタチなどはもはや爆笑している。
四人いたのに誰も気付かなかったって、どれだけニッチな機能なんだよ、と最早腹筋崩壊レベルだ。
マップですら視覚化してタブレットのようにタッチパネルで動かせる、非常に進んだゲームシステムの中で、チャットウィンドウという機能を忘れてしまうことは、まあ仕方ないともいえる。
「音声認識だけではなく、視覚による会話も依然として可能にしている、って、最初の研修の時言ってたっけなー。いや、はー、まさかこんなところで思い出すか、普通」
ハルタチは再びくっくっ、と忍び笑いを漏らす。
第二章を始めてみました。
かゆいところに手が届く、「こんなこともあろうかと!」って言う機能、地味ですけどかなりすごいことですよね。
いい例がはやぶさ。制作者はエスパーだったのではないかと疑うレベルで。




