Act 38
いいところで切るのが嫌だったので、一挙投稿。
これにて第一章が終わりとなります。
浮上する意識。それと同時に再生される悪夢。
瞼の裏だけ見ていても、忘れられそうにない光景。
ひらめく銀光、奪われた音。
まるで前世紀のサイレントフィルムのように、どこかぎこちない動きで再生される記憶。
今でもシバの耳の底には、温度のない哄笑がこびりついている。
いくらフィードバックを少なくし、実際の精神に与える影響を少なくしていると言ったって、キャパシティーというものは存在する。
現在のシバは、実際のところ外に出ることにさえ恐怖を覚える。
あれは本当に、死ぬよりも辛い目、と言って差し支えないことだった。
しかし理性は訴える、現状そのような事実を理由にしようと、逃避を続けたところで未来はない、と。
だから立ち向かうしかない。誰かに守ってもらおう、と言う発想はシバにはなかった。
普段は表に出すことをしないが、実はシバは相当な負けず嫌いで、意地っ張りなのである。
だから。シバはぐっとスピネルの胸に顔を押し付ける。
甘えにも、けじめをつけよう。
彼女がそのような決意を胸に秘めているとも知らないで、優しい後輩はシバのリアクションに、落ち着くように優しく背を撫でた。
スピネルは起きているのか、寝ているのか。どちらにしても、その仕草はどうしようもなく慈愛に満ちている。
――なんだよ、まいっちゃうな。こんなに優しくされると、また泣いちゃうじゃないか。
ふふ、とシバは苦笑し、胸中でつぶやく。
起きたら、大丈夫だ。
きっと。
私は一人ではないから。
シバはゆっくりと、温かく柔らかい、大きめの抱き枕から身を離した。
「おはようございます。眠れましたか?」
スピネルが眠そうに眼をこすり、シバがきちんと姿勢を正したのを見届けてから体を起こす。
シバはこくりと頷き、大丈夫、と手を振った。テーブルの紙束を手に取り、さらりと一筆書きつける。
『素敵な抱き枕だった』
それを読み、スピネルはお褒めにあずかりまして光栄です、と笑う。
「ちなみに、今はみんなで寝始めてから4時間くらい経ってます。ボチボチ起こしにかかりましょうか」
シバは返事の代わりにソファーを下りると、一目散に爆睡している男性陣に駆け寄った。
そして何とも豪快な仕草で、あっさりとハルタチを寝床から転がり落としたのである。
「ぬあっ!?」
ズドン、という音が響き、突然の痛みに目を丸く開いて固まったハルタチが、動くに動けないままになって満面の笑みのシバを見る。
当然、その音に驚いてエトも跳ね起きている。
「おま‥‥‥いや、もう、お前なあああぁ‥‥‥!!」
一瞬苛立ちを浮かべたハルタチだったが、その後あっさりと脱力してため息をついた。
「今、ミス・ユニバースと夢の中でデートしてたのに‥‥‥」
そうしてハルタチは一人体育座りになってふさぎ込む仕草をする。
「ま、なんだ。ドンマイ。そしておはよう」
軽く言い放ったエトは背筋を伸ばし、関節を軽く鳴らして立ち上がる。その仕草を見ていると、顔の造作も相まって犬のそれと被ってくるような錯覚を覚える。
「何だ、スッピー?」
「あ、いや。うちにいる犬を思い出したもので」
くく、と軽く笑いを零すスピネル。
釈然としないな、といったところながら返す言葉もないので、エトはむう、と軽く唸って黙り込んだ。
「ふああ、っと。よく寝た。これ、思ったんだけど、ログイン状態で睡眠がとれるんならこっちの方が圧倒的にお得だな」
確かに、こちらの1時間があちらでは3時間に当たるわけなのだから、それだけ考えれば迷うことなくログインしながら寝ているべきである。
なるほどなあ、とスピネルが頷くが、エトはあっさりとそれを切り捨てる。
「ならば睡眠関連に機能を集中させて、時間感覚を錯覚させる機械を別に開発したほうがいいだろう。ヴァーチャルリアリティーにする意味がない」
あ、そうか、しかも6時間でログアウトだわ、とハルタチもあっさりと自分の意見を引っ込めた。
が、スピネルはそうでもないかもですよ、と茶目っ気たっぷりに続ける。
「視覚は重視しなくても、触覚や聴覚に訴える部分は充実させた方がいいですよ。そこまで行くなら十分VRでしょう。睡眠環境を作り出して用意するってのはいいアイデアなような」
「騒音とかへの対策か。なるほどそれならいいかもなあ」
エトも大あくびをしてごしごしと目をこすった。
「なあ、戻ったら四人でその企画考えようか」
おー、とハルタチとスピネルが異口同音に弾んだ声を上げる。シバも身を乗り出してエトのほうを見た。シバもどうやら乗り気なようだ。
睡眠とは人間にとってはかくも重要な部分なのである。
「さて。俺たち、何をしようか」
ハルタチがソファーを元の位置に戻しながら、独り言のようにそう零す。
「ガルファから僕にメールが来てる。巻き込んでしまってごめんなさい、またどこかで会ったらその時はよろしくお願いします、だと。どうやら先に宿を出たようだ」
そうか、とスピネルは思った。あの二人は、二人でやっていくことにしたのだろう。
今度、いつになるのかわからないが出会ったときに、自分たちもあちらも、笑えるようになっているといいのだが。
「そか。ま、しかたねえさ。まだ頼れる相手がいる分マシってことだ」
ハルタチも淡白にそう言い、ふうとため息をついた。
「ひとまずしなきゃいけないことは、とりあえず皆さんの武器やら装備品の新調、および一部改造です。シエンダ洞穴のドロップを使ってなんとかしなくちゃ」
忘れてた、とエトが額を打った。色々なごたごたがあまりに重なりすぎて、いったん意識に上らせはしたものの置いてきぼりになっていたのだ。
「それで思い出した、これから回復アイテムどうする」
「あっ」
スピネルが一瞬息をのんだ。ステラを現在唱えられないシバでは、調合が出来るのかどうかがわからない。集中する視線に一瞬悩んだシバだったが、ゆっくりと考え考え、文字を記してゆく。
『出来ないかどうかいろいろやってみる。NPCに適性見抜く人いたじゃん。呪文詠唱以外の魔法発動手段が確かあるって言ってたはずなのよ』
「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけな」
ハルタチも眉根を寄せ、頼りなさ気ではありながらも曖昧に首肯する。
「わかった、じゃあ俺、シバとそのNPCんとこ行って確認してくるわ」
「うん、任せた」
エトが頼んだぞ、と軽くハルタチの肩を小突いた。
「確認できたらレンタル工房に来てくださいね。私、エトさんと自分の分の装備作って待ってますので」
「了解。そんじゃ、行ってきます」
そうしてハルタチがシバを連れて部屋を出ようと扉を開けたところで、ふと何かを思い出したように立ち止まる。
「どうした?」
エトがきょとんとしてハルタチを見る。ハルタチは少し目を泳がせたが、うん、と零すと柔らかく微笑んで、こう続けた。
「答え、言い忘れてたから。寝て起きたら言うって言ってたしさ」
その主語が、4時間ほど前に行っていた煮詰まった議論に対することへの答えだ、ということに気付くのに、エトは多少の時間を要したようだった。
ぱちくりと目を瞬かせたその後に、ああ、と納得したエトは不敵な笑みを浮かべ、言う。
「聞かせてくれよ」
照れくさそうな表情で鼻を掻き、ハルタチは、ハルタチなりの結論を述べた。
「うん。やっぱり俺、今まで楽しめてたのは、みんなで楽しくやってたからだ、って思ったんだよ。一人で突っ走っても駄目なんだよな。そんな切羽詰まったのは先が見えてる。だから‥‥‥これからも、みんなで『生きて』いこう。俺たちはそう在ろう。――これが、当面俺たちがしていくことの、答えだわ」
生きる、というのはただ文字通り生命維持のことのみを指すのではないのだろう。
言葉を交わして笑い、稀なる幸福に喜び、時に人を思って泣き、共に苦悩し、道を模索する。
過酷な状況でも、追い詰められていても、現実と変わらず『人間らしく』生きよう、と。
皆で支えあい、そうあろう、と。少なからず現実に帰る、その時まで。
つまり、ハルタチは、そう言ったのだ。
言外に込められた意味を、エトや、シバや、スピネルがどのように自分の中で消化したのかはわからない。
でも皆、何か思うかのように、すっと真剣な顔になって、粛々とハルタチの答えを胸の内に受け入れた。
「そうだな。僕らは僕らとして『生きて』いこう。いつまでかはわからなくても、ここにこうして四人がいる間は」
エトがしんみりと言った。感傷的になりすぎているのかも知れなくても、理想論かも知れなくても、やはり、この気持ちを持ち続けていたい。
数値的な強さも当然必要だが、この、互いに支えあうという心の強さこそが、きっと数値的なものにもつながっていく。
そう考えた時、エトは胸の中にぴたりと何かがきれいにはまったような気がした。
‥‥‥なるほど、僕はこういうことが言いたかったのだな。そんな風に思って、少し笑う。
そんなエトを尻目に、スピネルも勢い良く頷き、言葉を重ねる。
「そうです。きっと、きっと大丈夫です。私たちは、ええと、どんな面倒な仕事も、大体四人でやってきたじゃないですか!」
「そういえばそうだ」
ハルタチも思い出したように両手を打った。
「俺たちは何だ?かゆいところに手が届く、スキマ産業Aチームだろうがよ。なんでそんなにうまくやれた?俺たちのチームワークが素晴らしいからさ!」
ぶっ、と思わずエトが噴き出した。くつくつ、と微かな音を立ててシバも笑っている。
皆、ムードメーカーの野宮が、スーツでそうやって小芝居をしている様を思い出したのだ。
いたずらっぽく輝く瞳も、三日月形に釣りあげた唇も全く変わらぬままで、よし、やるぞ、と野宮――ハルタチは闘志を燃やしている。
「いいね、ほんと。お前のそういうとこ、最高だよ」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
恭しくハルタチが礼をする。ぐっと笑うのをこらえていたスピネルも、そこで限界が来た。
スピネルが腹を抱えてしゃがみこみ、無言で笑い始めてしまったのをふとシバは見て、いたずら心の赴くまま、ちょんと背中を押してやる。
「ぎゃあ!」
バランスを崩してごろりと倒れこむスピネル。
「ぶはっ!ぎゃあって、ぎゃあって何だよ!」
「すみませんほんとすみません女らしくなくて!」
瞬く間にいつもの調子を取り戻していく四人。
ああ、きっと大丈夫だ。
こうやって、自分が自分として在り、彼らが彼らとして在り、皆が皆で在れるなら。
この時、誰もがそう思った。
宿屋の部屋のドアを開け、彼らは再び一歩を踏み出した。
新たな気持ちを胸に抱いて、”Cradle”の中を進むべく、その一歩を。
* * * *
▽ To Be Continued...
さて。物語がようやく動き出したところで、一つの区切りとさせていただきます。
これから作者都合により更新頻度は多少落ちますが、投げ出すことなく続けていきたいと思います。
詳しくは活動報告にて伝えさせていただきますので、よろしくお願いいたします。




