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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅰ. 揺籠と社会人
35/63

Act 35

「シ、シバさん。落ち着いて、下さい」

戸惑いながらそう言い、ゆっくりとシバに近づくスピネル。拒否や怯えがないのをきちんと確認し、ゆっくりと隣に座り込む。

言いたいことはたくさんあった。聞きたいこともたくさんある。でも、何から話せばいいか分からない。

シバはそんな風に戸惑うスピネルを見て少し笑うと、ひょいとスピネルの右手を取って手のひらを上に向けさせた。

『おちついてるよー』

さらさらと指でスピネルの手のひらにそのように書きつけるしぐさをして、シバは一人頷いた。

相変わらず真っ赤な目をしているのがとても痛々しいが、敢えて誰もそれを指摘するようなことはしない。

「そうだな、筆談って手があるな」

エトは合点してその様子をじっと見つめている。

道具屋で筆記用具を買おう、確か売っていたはずだ、と独り言のように続けた。

「まあ、喋れなくなったってのは実は結構致命的だな」

渋い顔でエトが唸る。確かにそうだ、とスピネルも同意を示した。

今までシバは呪文を口頭で唱えることによって戦闘を行うスタイルだった。まあ、ほとんどの魔法系キャラクターは通常そのようにして魔法を発動させている。

「ログアウトできない今、かなり危ないです‥‥‥よね」

「そうだな。喋らなくても戦闘できる手段を模索していかないと」

物理攻撃系ですかね、とスピネルは呟く。

STRがないので攻撃力としての期待はできないが、自衛手段の一つもないのは危険である。

それは今回沈黙をかけられたことによって明らかになったことだった。

「それに、攻撃を多く受けたから耐久度がなくなっているはずだ。防具もどうにかしなければならんだろう、修繕と新調どっちがいいかわからんが」

「多分、新調のほうがいいでしょう。今の物をベースにして作り直す方向で行きます。シバさんの分だけじゃなくて、全員分何とかするつもりでいたので、その辺りはお任せください」

がっつり防御力を上げていきますよ、とスピネルは意気込む。

だが、実際のところ、スピネルは内心複雑な思いを抱えていた。

できればしばらくシバからは危険を遠ざけておきたい、そのように考えていたからである。しかしあれほど殺伐とした気配が蔓延している以上、そのような甘い道理が通用しないということはもうはっきりとしていた。

町中を歩くだけでもシバは明らかに足を竦ませていたのだ。心にどうしようもないほど深い傷を負ってしまっていることは見ただけでもわかる。

今もふと身を固くしては時々目をこするシバを、スピネルは憐憫の情をこめて見やる。

「しかし女の涙ってのは、男の目には毒だな」

エトが居心地悪そうに身じろぎをする。実際目のやり場にひどく困っているのか、さっきからとても落ち着かない様子だ。エトにしては非常に珍しい。

「ハルタチは随分トサカに来てたみたいだが、僕は、なんだろうな。義憤に駆られるより、自分の無力さに押しつぶされそうだ」

僕は頼りがいのない、弱い、駄目な奴だ。そうやって自分で自分を攻め立ててしまう。

「くやしいな。何で、僕は」

そうしてエトは少し悩み、しかしその言葉をぐっと自分の中に無理やり押し込めて、重い呼気を吐く。

真面目なエトは、いつまでも止まることのないメリーゴーラウンドのように先ほどの情景を思い描き、そのたびに苦い思いを反芻してしまうのだろう。

けして、彼が悪いわけではないのに。

不器用な先輩に、スピネルは少しだけ同情した。

「うん。駄目だ。少し落ち着きに行ってくる。道具屋で紙とペン買ってくるから、待ってて」

そうしてエトはまるで逃げ出すように足早に部屋を出て行った。

大部屋に残されたのは、結局スピネルとシバだけとなった。

シバはぼんやりとエトが去った扉を見、再びスピネルの腕を取る。

「どうしました?」

ゆっくりとシバはスピネルの手の上に今の感情をなぞってゆく。

『ごめん』

きょとん、とした顔でスピネルはじっと何も言わずにシバを見つめる。

無言のままで先を促すと、シバは悩みながら続きを書いた。

『甘えていい?』

スピネルは僅かに瞠目した。気丈な先輩がこんなことを言うのは、今までの経験から考えて、余りにも予想外で。

でも、その心情も、一端は理解できるわけで。

「あー。私でいいなら、いくらでも」

言うや否や、暖かな感触が脇腹に押し付けられる。

時々シバの体が震え、しゃっくりのような嗚咽がくぐもってスピネルの耳にも入ってきた。

溺れ行く者のようにスピネルに縋るシバ。悲痛な様に、スピネルもつられてぐっと涙がこみ上げてくる。

呻きと、嗚咽と、それだけしか形にできなくなってしまった存在はあまりにも哀れで、だけど誰も何も出来はしないのだ。

『――帰りたい』

実際には聞こえてこない声を、スピネルは確かに聞いた。

苦痛に満ちた喘鳴を止めるすべを知らないことが、まるで身を切り裂かれるように痛かった。


微妙なところで切るのもアレだったので、キリのいいところまで上げました。

陰鬱な!と思うかもしれませんが、大丈夫です此処が底です‥‥‥

と言っておきます。

延々と重たい展開ばかりでしたが、少しこれから動かしていきます。

一応現在は救いのない話にはしないつもりでいます。

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