Act 34
再び大部屋を取って、数十分前と同じように、しかし今度は誰もが言葉を飲み込んだまま、各々がソファーに疲れた体をうずめた。
何を言えばいいのかわからない。そんな具合に居心地の悪い空気が部屋を満たす。
それを見てだろう、おずおずとミナカタが口を開き、深く頭を下げた。
「すみません。皆さんありがとうございました」
続けてガルファも口火を切る。
「本当に。巻き込んでしまってすみませんでした」
握りこんだガルファの手は白く、ぶるぶると震えている。
エトは難しそうな表情を浮かべながら、ひとまずミナカタに問いかけた。
「まあ、なんだろうな。ええと、ミナカタさんでいいか」
「はい」
きりっとした表情で面を上げたミナカタは、どこかクールな印象を与える透き通った翡翠色の瞳でエトを見つめる。
「何があったのか、知りたい」
一瞬ミナカタは言葉を詰まらせる。その顔に一瞬怯えが走るが、緩く首を振って、覚悟を決めたようにふっと息を吐いた。そして、訥々とこれまでのことを語りだした。
「端的にいえば。突然あの仮面の男に襲撃されたの」
だろうねえ、とハルタチが頭の後ろで手を組みながらそう漏らす。
確かに状況としてはそれしか考えられなかった。
「あの男は、おそらく自由自在に姿を認識させたりさせなかったり、と言うことが出来るんだと思う。多分、だけど。切られるまで、気付くことが出来なかったから」
ステルス効果というのは、対人においては絶大な影響をもたらす。
不意を衝くことで確実な一撃を与えられる上に、精神的にも衝撃を与えられるからだ。
あの不敵な言葉を吐いて逃げた時も。煙のような、という形容があまりも当てはまる様子だった。
「私はフィールドで仲良くなった人たちと狩りしてて、でもみんな夢中になったから予想以上に長引いちゃったのね。それでみんなと別れてから、ガルファに返し忘れてた分のメールの返信を打ちながら町の傍まで来たの。もうすぐ着くよ、って。でも、そのメールを送ろうとした途端、突然鎌鼬みたいに首筋を切られて、そうしたらもう体が動かなかった」
「麻痺属性を持った武器か、それに類するスキルか?」
多分、と自信なさ気にミナカタは答える。
「でもそれだけならまだよかったんだけど、すぐに沈黙をかけられた。手も足も出ないままに、いたぶられて」
ひゅっ、と笛のような音を立てて、軽くミナカタがしゃくりあげる。
確かに魔法攻撃を主体とするキャラクターに沈黙は命取りだ。
喋れないまま麻痺させられて、彼女はどれほどの恐怖を味わっただろう。
「じわじわと拷問のような目にあわされた。途中からは記憶もとぎれとぎれ。思い出せても、思い出したくない。はっきりしているのは、気が付いたら私のそばでその、彼女が捕まってて、私をひどい目に合わせたくなければ、って言われながら――」
「ミナ、もういい。もう、いいから」
瘧にかかったようにミナカタが震えだす。その様子にガルファが止めようとするが、ミナカタはけして良くはない顔色のまま、続ける。
「大丈夫。私はいいから。‥‥‥そうやって相手が夢中になっているすきに、ガルファにメールを送れたの。助けて、って。まあそれがばれて二人とも殺されちゃったんだけど、結果そっちのほうがよかった。あれ以上続いていたら」
ミナカタはそこでようやく言葉を飲み込んだ。
ごめんなさい、とか細い声でつぶやき、そしてわっと彼女は泣きだした。
ガルファがそれを慰める。まいった、という風情を前面に出してハルタチが居心地悪そうにミナカタから目を逸らし、シバに話題を振った。
「で、シバ。その辺りは本当か」
シバは一瞬びくりと体を硬直させたが、おずおずと一回頷いた。
「あれ?シバ、どうした」
「シバさん沈黙かかったままみたいで」
いや、とエトが固い声でスピネルの言葉を切る。
「違うだろう。一度死んだなら状態異常は切れる。シバ、何があった」
え、とスピネルが驚きに目を見開く。実際よくよく見ればシバの状態異常欄に沈黙という表示はない。本来なら、確かにしゃべることが出来るはずだ。
困ったようにシバは笑い続けている。
だが、見まごうはずもない。その瞳から一粒、水滴があふれる。すぐさま後を追うように涙はシバの両目から先を争うようにこぼれ出した。
驚いたようにシバは慌ててごしごしと顔を拭う。
しゃくりあげる声は響くが、その喉からは一つも言葉が出てこない。
其処にいる人たちの表情がだんだんと険しくなっていく。
「ごめん、ミナカタさん。酷なことはわかってる。シバに何があったのか、話してほしい」
ハルタチが一語一語区切りながら、ゆっくりと確かめるようにミナカタに告げる。
「ミナ、無理なら」
「ううん。大丈夫。話させてください。でも、別の部屋でそれは」
わかった、とハルタチは頷き、一階まで急いで駆け下りると新たに小部屋をもう一つ借り受けてきた。
「じゃ、俺ミナさんと話してくるから。えっと、二人きりだとあれだし、ガルファさんも来てください」
「当然そうさせてもらう」
憮然とした表情でガルファはミナカタを庇うようにしながら部屋を出ていく。
残されたのは所在なさ気に佇むスピネルとエトと、感情を持て余しているシバとなった。
言葉を失う、ということ。
それが恐怖や衝撃によってもたらされたものだとしても、結果として現れた事象そのものがさらなる恐慌を生み出す、負の連鎖。
思い通りにならない自分というのは、それだけで怖いことです。




