Act 33
息を荒げるハルタチに次いで飛び込んだエトとスピネルが見たのは、白熱した攻防戦を繰り広げる仮面をかぶった男とガルファの姿だった。
仮面の男は左手に大ぶりのナイフを持ち、右手で小刀のような細身のナイフを振るっている。
ガルファは長槍を用いているのだが、レンジの長さと言う不利を仮面の男は少しも感じさせず、紙一重ですべてを避けてのけていた。
そうしながらも余裕があるのか、それは平然とこんなことを言ってのけた。
「あちゃ。お客さんがいっぱいになっちゃった。めんどくさいし、もういいや」
あはっ、と乾燥した笑い声が一つ上がり――ぴたり、とガルファが動きを止めた。
「あ」
ガルファは驚いたように目を見開き、すっとその姿が白い光となって分解されていく。
がちゃん、という金属音がして男が放ったらしいナイフが落ちる音だけが、生々しく響いた。
一瞬でナイフを投げ、急所に突き刺したのか。
そんなことがあり得るというのか。
ぶわりと、全身から汗が噴き出したような気がした。
スピネルはこの時初めて、猛烈な恐怖を感じた。ハルタチもエトも同じようだった。
ただならぬ緊張。知らず武器を構える三人。
「んー。めんどくさいって言ったよね。君らと遊ぶのは、また今度」
心底だるそうな口調でそう言い放つ仮面の男。
「待て!お前!!ガルファを――」
ハルタチが怒鳴って前に進み出る。が、その時仮面の男が指をぱちり、と一回鳴らした。
その途端、確実に視界にとらえていたはずの男は、ふっと幻だったかのように掻き消えていたのだった。
夢ではないか、と言わんばかりにあまりにあっさりとしたそのさまに、全員が言葉を失う。
「あいつは」
一体なんなんだ。何があって、ガルファはあれと戦ったのか。
三人は戸惑い、しばらくそこに呆然と立ち尽くしていた。何もかもが、わからないことづくめで。
そんな三人のフリーズ状態を解除したのは、プレイヤーキルから無事復活を果たしたガルファだった。
ログスポート中心部には死亡時に復活できる聖域陣という場所がある。そこからまた慌ててやってきたのだろう。
顔をぐしゃぐしゃにしたガルファは三人の姿を見るなりその場にぺたりと膝をついた。そして、なんということだろう、勢いよく頭を下げたのだ。
「すまない!すまない‥‥‥!」
一体どういうことなのか。もう、わからないことづくめで、スピネルは眩暈がしそうだ、と思った。
「自分のせいだ、巻き込んでしまった」
嗚咽を上げるガルファをとりあえず立たせ、居心地の悪さにエトが再び宿屋へ行くことを提案する。
ガルファもそれで、ようやくゆっくりと頷いた。
「そう、だね。うん。ああそうだ、もうちょっとしたら、二人とも聖域陣からここに来ると思うから、待っててもらえるかな」
「は、はい!」
スピネルがピシッと居住まいを正す。それで、二人があの男にPKされたのだ、と言うことがようやく呑み込めた。
なるほどね、とハルタチもエトも苦く見かわす。
そんなことになっていたとはさすがに思わなかったが、しかしやっと合点がいった。
そうしているうちに、確かに目立つ水色とその横の小さい人影が見えてきた。
初めは四人とも安心したように互いを見かわしていたのだが、次第に全員表情が訝しげなものに変わっていく。
様子が変だ。ずいぶんとよろよろしているというか、不安定な歩き方をしている。
思わずスピネルが駆け寄っていく。
「大丈夫ですか?」
はっとしたように水色の髪の女性――ミナカタがスピネルを見る。
一瞬その瞳に怯えが走ったのをスピネルは見逃さなかった。だから、できるだけ威圧感を与えないように、いつもより笑顔を心掛けながらゆっくりと話しかける。
「ああ、シバさんもいる。よかった。私、スピネルって言って、ガルファさんの知り合いです」
ミナカタがそれを聞いて、ほっとしたように表情を緩める。
その横のシバも、少しぎこちなく笑って、スピネルの手を握った。
「シバさん、大丈夫です?」
こくり、とシバが頷いた。
「えっと。喋れないんですか」
再びシバが頷く。ちんもく、と口を動かしたので、スピネルもそうか、と納得した。
「じゃあ、宿屋行きましょう。みんな、きっと休んだ方がいいから」
「あり、がとう」
ミナカタが半分泣きそうな声でそう言った。大丈夫ですよ、とスピネルは呟いた。何が大丈夫かなんて分からなかったけれど、そう言わなければいけないような気がした。
行きは意識もしなかったが、ゆっくり帰った時にはそれなりの距離を走ったのだな、と実感しながら戻ってゆく。




