Act 30
そして、ガルファは真面目な顔をして、きりっとした様子で頭を下げる。
「ありがとう。じゃあ、せっかくだから甘えさせてもらう。その前にフレンドリストの交換をしよう」
ピポーン、という音が鳴ってガルファの情報が送信される。
リストを開いて、それぞれが登録されたかどうかを確認した。
ガルファ・Troja (ノスタ・ヒュー) Lv17
書き込まれた名前を見て、四人は一様に首を傾げ、顔を見合わせた。
そして恐る恐る、といった感じで、ハルタチが全員の心情を代表して尋ねる。
「アルファベット部分、トロージャ、って読めばいいんですかね?」
「あー。ごめん、それトロイアって読むんだ」
あっちゃー、と大げさな身振りで額に手をやるハルタチ。
「やーい、間違えたー」
「恥ずかしー」
「ちょっと待て、お前らも同じようなこと思ってたくせに!俺には分かる!」
エトとシバのからかいにいい反応をするハルタチ。
そしてそのさまを見て、スピネルはただ腹を抱えて笑うばかりである。なかなかいい後輩ぶりだ。
「くっそう。あとで仕返しする‥‥‥」
そうして今度は逆に四人の情報がガルファへと送られる。
それらを確認し、なるほど、とガルファは頷いた。
「シエンダ洞穴に閉じ込められてた、っての意味分かったわ。なるほど、確かにそうならなきゃこのレベルにはならん」
実は四人のレベルはもう優に20を超えている。
他のプレイヤーたちと比較することがなかったので、それがほかよりも進んでいるのか遅いのかもわからなかったが、それなりに攻略重視で進めてきたガルファよりレベルが高いというのだから推して知るべきであろう。
パーティープレイとダンジョンでの経験値効率が恐ろしく高い、と言うことの証明でもある。
「それってすごいのかな?」
シバが首を傾げる。スピネルも真似して同じようなとぼけた表情をする。
ガルファは苦い笑いを浮かべた。
「仲間っていいよな、やっぱ。うん」
音信不通になっている相方のことを思い出したのだろう、表情が曇っている。
「相方は、ピュア・フェアルなんだ。もともと長身だったせいか、体格補正がかかっているのにそこらのフェアル・ヒューと同じくらいの大きさになってる」
「なるほどね、いいじゃない、それ。うらやましい。長身男性とかマジ身長分けろ」
シバが自分の体を見ては感情のこもった言葉を投げかける。
もともと小さい体格をそれなりに気にしていた彼女だ、ますます目立つ結果になってしまったのは正直不本意ではある。
「‥‥‥あー、ごめん。何か言いそびれてたけど、相方は女性です」
うおう、と全員が若干驚いて硬直する。ゲームを好む系統の人間と言えば、大体男性が多いものだという固定観念が頭にあったからだ。
シバとスピネルはすっかり自分のことを棚に上げていたようではあるが。
‥‥‥彼女かな。かもな。アツアツか。リア充だ。こっちが爆発しそう。
目線だけで一瞬にして少なくともその程度の意思疎通を図った四人は、次の瞬間何事もなかったように素知らぬ顔に戻った。
「お名前をお伺いしていいですか?」
そして平然と話を元に戻してしまう辺りは、さすが鉄面皮の総務、エトだ。
「うん、確かあの子はミナカタ・フラトって名前で登録してたと思う。ミナってしか呼んでなかったけど。髪の色が滅茶苦茶目立つ明るい水色で、背中のあたりに光の具合で薄い羽根のようなものが見える時がある」
へー、とハルタチが素っ頓狂な声を上げた。
「また派手な見た目してるなあ」
だよな、とガルファも笑った。
「だから、見れば一発で分かるはずなんだ。頼むよ。見かけたらメールを送ってほしい」
「はいー!」
スピネルが元気良く返事をする。ガルファも少し安心した様子で、ありがとう、よろしく、と再び頭を下げた。
ガルファは当初落ち合うはずの場所だった東側の門のほうへ向かって行くことにするといい、先にさっさと走って行ってしまった。
それを受けて、スピネルは北側へ、エトは南側へ、ハルタチは西側へ、シバは宿屋付近の中心部を散策することにした。
宿屋を出てそれぞれが分かれる。
「なんかあったらメールしようなー」
ハルタチがのんびりと言い、はいはい、と皆が明るく応えた。
それじゃあ、と続けようとしてハルタチがいいところでくしゃみをしたので、再び全員が笑ってしまって結局締まらないものになったが、まあ、大体この四人はこんな感じである。
そうして各自が分かれてしばらくして、シバは難しい顔をしながら早足で街の中を歩き回っていた。
右を見て、左を見て、そのたびに表情はだんだんと険しいものに変わっていく。
「どうなっちゃったんだろう‥‥‥」
言い争いをしていたり、ガルファのように呆然としていたり、そんな人間は先ほどよりも増えているような気がした。
道端にいてひとかたまりになっている人も増えている。フィールドから帰還し、そこで改めて異常に気づいた人が増えたからかもしれない。
それにしても、あまりにもひどい混乱ぶりだ。人心とは危機的状況に晒されることによってここまで荒廃してしまうものなのか。
苦い思いでシバは唇をかみしめる。
「水色の髪の、女の人ねえ」
とりあえず見える範囲にはそのような人は見当たらない。路地を見て回るしかないだろうか。
シバはふむ、と眉根を寄せるが、とりあえず手近な道へするりとその身を滑らせた。
しばらくそうして細い路地を縫って歩き回るものの、やはりいるのは何も関係ない人ばかりのようだ。
時たま道端に座り込んでいる人に話しかけたりもするが、芳しくない返答が多い。
そのうちシバは要領を得ない会話が億劫になって、ただひたすら歩きまわることばかりするようになっていた。
水色の髪の人間なんて、遠目からでもわかりそうなものだけれどな。
そうして難しい顔をして考え込んでいると。
「おねーさん、おねーさん。あなた人を探してるの?」
と。突然後方からシバに向かってそのような言葉がかけられた。
高いとも低いともいえない抑揚のない声。何処か不安を掻き立てられる雰囲気に、おもわずシバはがばっと振り向き、身構える。
が、そこには何の影もない。それどころか、一瞬感じたはずの人の気配すら掻き消えている。
シバは一瞬のうちに血の気が引くのを感じた。
鼓動の音ばかりが耳の奥でうるさく存在を主張している。
呼吸が荒くなり、しかし足は縫い付けられたようにその場を動けない。
何がいるの。一体、これは。
「サイレス」
唐突に耳元で、楽しげな声が囁かれた。
蛇足ですが、ミナカタさんのイメージは髪を長くしてポニーテールにしたチルノです。
そしてシバの受難。




