Act 29
ひ、とシバが声を発し損ねて硬直した。彼女は慄くように言葉を紡ぐ。
「そういえば私たち、言ってたよね‥‥‥シエンダ洞穴から帰るころ、あとゲーム内で1時間くらい経ったら現実世界で6時間ぐらいだから、ログアウトしなきゃね、って‥‥‥」
「言った。間違いない。でも俺たちは、あそこで随分足止めを食らった。あれから3時間かそこらは洞穴の中に閉じ込められてたぞ」
ハルタチもその異常さに気付いたようだ。だんだんと顔が険しくなっていく。
エトがそこでようやく、重い口を開いた。
「そういうことか。今やってみた。サーバーからの応答と言うものが完全にないな。あと、時間圧縮システムのゲーム内時間と現実時間の相対表、見れなくなってるぞ」
本当だ、なんだこれ、とそれぞれが確認し、じわじわとした恐怖と得体のしれない状況に、だんだん不安を隠せなくなってくる。
「それだよ。それが、今の混乱の元なんだ。ログアウトできない、見通しが立たない、何の情報もない。唯一の救いは、今のところ殺されても復活できる、ってことぐらい。何でそれがわかったかっていうと、その騒動の最中に死に戻りしてきたやつがいたからなんだけど」
死んだらログアウトできる、という希望もなくなったな、と吐き捨てるようにガルファが言い、口を噤んだ。
「そんな」
スピネルもまた、言葉を失う。
「帰れないんですか――?」
震えながら弱く消えていくその言葉が、余りにも心に痛い。
誰も、何も、言えなかった。
「噂では、テストプレイに参加してた社員が会場にいたらしくて、そいつらが何か知ってるのかもしれんとか、むしろそいつらが黒幕だとか、そいつらの陰謀だとか、わけわからん話もある。でも、そんなの誰だかわからんよな。自分は本社じゃない別の会場からの参加者だから、余計に見当もつかないが。知ってたら自分も締め上げて揺すぶってるよ。はは、まあそんなの存在するのかもわからんが」
ガルファの冗談に、びく、と微かにスピネルの方が跳ねたが、それに気づいた先輩社員三名は懸命にスピネルから目を逸らし、素知らぬ顔をする。
「本気で懸賞金でもかける勢いでそのいるのかもわからん奴を探そうって動きもある。今のところ一番確実な情報かも知らんから、縋りたいのかもな」
どうだかねえ、とガルファは肩を竦め、四人を見る。
「自分の知ってるところだとそんなもんだ。あとフレンドリストとメールはまだ使えるようだが‥‥‥」
はあ、とガルファは落ち込み、心配そうな顔でメールボックスを見ているようだ。
「あいつ、遅いな」
ひょっとしたら、ガルファの待ち人は混乱に巻き込まれてしまったのかもしれない。
ガルファの相方は遠方のマップまで足を延ばしていたらしく、ついでに新しく出来た知り合いたちと道すがら話してから合流するから少し遅くなる、と当初は答えたらしい。
「だから、まあ、自分も人のこと構えるほど精神状態も安定してなかったし、ああやってぼーっとしてたんだが。今にして思えば、返事も返さないのは珍しい」
探しに行くしかないかな。ガルファが難しそうな顔をして悩みだす。
「ふむー。確かに、喧嘩とか殴り合い、起きてましたね」
これまではほとんどなかったのに。そんな苦い思いを噛みしめつつ、スピネルは言う。
殴り合いの喧嘩をするような諍いがあったときは、運営により両者にペナルティーとしてかなりの不快感を伴うデバフがかけられるようになっている。
それでもなお収拾がつかないときは強制ログアウトされた上で、一定時間のアカウント停止措置が取られるというが、とてもじゃないがそれらは現在機能しているようには見えない。
ちなみに、プレイヤーキラーと呼ばれる行為にも、似たような制限が課せられているはずなのだが――この分ではそれもまた怪しい。
「物騒な」
エトが顔をしかめて短く吐き捨てた。
「悪い。なんか、何だろうな。話してたら心配になってきたわ。勝手で悪いんだけど、相方探しに行くよ」
ガルファがすっと立ち上がり、身支度を整え始める。
傍らに置いた長槍を背負い、何も他に置いたものがないか周囲を見渡し、確認が出来たのか、ガルファはそのまま部屋を出ていこうと歩き出した。
「あ、あの!ちょっと待ってください!」
が、シバが不意にガルファを呼び止めた。
予想していなかった反応に、おや、と言うようなきょとんとした表情でガルファが声をかけられた方に向き直る。
「一人で探すの、大変じゃないですか?私たち色々親切に教えてもらったし、人探しなら手伝いますよ!」
そうだな、とエトも同意を示した。
「今は何が起こるかわからない。僕らも手分けして探します」
ハルタチもスピネルも二人に賛同し、同じように手を貸す旨をガルファに伝えた。
ガルファはそれを聞き、茫然としたように四人を見つめる。
「いや、君らと自分、出会ったばっかで。よくわからないのに」
「ああ、不安ですか?んー、それは難しいな‥‥‥」
スピネルがどうやったら信頼してもらえるだろうか、と言う辺りのことを真剣に考えだすが、ガルファは慌ててそれを否定する。
「いやそうじゃなくて!余計に今危ないって言ってるときで、なのに、その、そんな安請け合いして人助けって、あの、ええと‥‥‥いいのか?」
ガルファは何の意図も絡まない親切に、困惑を隠せないようだ。
しどろもどろになって、それはあまり意味のある会話の形をなしていないが、それでも、遠慮をしているのだろうなと言うことは伺い知れた。
「いいも何もー。人間ってやっぱり思いやりで回っていくものですから!」
シバが満面の笑みで答える。
それを受けて、まいったな、とガルファが柔らかく笑みを浮かべているが、それは当初の呆然としていた時から比べると、余程人間性を取り戻しているように見えた。
参加時は、4人ともきっちり制服を着ていました。
なので周囲からも「ああこいつ内部の人間だ」と一目でわかったわけです。
流石に顔まで把握されてはいないでしょうし、キャラメイクで顔の造作も変わるのですぐさまイコールで結び付けられる人もいないでしょうが。




