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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅰ. 揺籠と社会人
28/63

Act 28

だが、ログスポートに平穏を求めていた彼らは、予想外の事態に行き会った。

道行くプレイヤーたちが喧々囂々の言い争いをしている。

頭を抱え、うずくまるプレイヤーがいる。

尋常ならざる事態に、四人は茫然とその様子を眺めるしかない。

「なんだ、これ」

ハルタチがこぼした言葉は、全くこの四人の心理状態を明確に表現していた。

そして少しばかり考えると、覚悟を決めたのか、ハルタチは比較的おとなしそうな、ひたすら呆然として座り込んでいる一人のプレイヤーのもとへ近寄っていく。

「こんにちは。はじめまして。俺はハルタチっていいます」

「う‥‥‥」

人好きのする笑顔で話しかけ、隣に座っていいか、と尋ねる。

相手からは何の返答もなかったが、それを了承と問ったハルタチはひょいと軽く横に座り込んだ。

「どうしたんです?」

だがそのプレイヤーは濁った眼で中空を見詰めるだけで、何のリアクションも返さない。

しばらく言葉を待つが、何の反応もないのに仕方なくハルタチはあきらめ、立ち上がった。

駄目か。本当に、一体どうなってしまったというんだろう。

そんなことを考え、その場を立ち去ろうとすると――がく、と引っ張られる気配に、思わずハルタチは振り返る。

どうやら、隣にいるそのプレイヤーにローブの裾をつかまれているようだった。

「‥‥‥どうしたって。あんた、何も、知らないのか?」

かすれた声。

疲労と焦燥を宿したその瞳は、訝しげにハルタチに向けられている。

「ああ。今まで、ずっとダンジョンに閉じ込められてたから」

帰ってきたリアクションに安堵して、ハルタチは再び横に座り込む。

その時には、大丈夫そうだ、と手招きして他の三人も呼び寄せていた。

「こいつらと、ずっとシエンダ洞穴で閉じ込められっきりだったんで」

プレイヤーはぼんやりとスピネル、シバ、ハルタチを見て、なるほど、と頷き、自嘲気味に笑った。

「そりゃ知らんわな。悪い。自分も気が立ってて余裕がなかった」

ふー、と重いため息をついて、彼は改めて自己紹介をした。

「自分は、ガルファだ。ノスタ・ヒューで中衛してる。まあ、槍使いだよ」

そういって背に負った長槍を軽く叩く。

「こんにちは。スピネルです」

「シバです」

「エトと言います」

三人も順番に頭を下げた。

「よろしく。初めて一日目で四人パーティね‥‥‥コミュニケーション力高いな」

なるほど、確かにはたから見れば、今日一日でともに冒険する仲間をさっさとこれだけ確保したように見えるのだろう。

抽選でテストプレイヤーを募集した、と言うことは、もともとの知り合いと一緒に当選して参加する以外は初めから親しい人間をもてないということでもある。

「まー俺だしね!」

「うさんくさー」

シバが思わず茶々を入れる。

ふ、とガルファもその様子を見て少し表情を柔らかくする。

「じゃあ人数もそれなりにいるしなあ。宿屋で大部屋とるか。そのほうが何かと話しやすいし、自分も相方を待ってるから」

ゆっくりとガルファは立ち上がり、それでいいかい?と四人を見渡す。

全員特に異論もなかったので、その案に従うことにした。

歩く道々、スピネルはそれとなく辺りを伺うが、やはり、ログスポートはどこでも殺気立った気配に満ちているようだ。

少し身を固くしながら、それでも無事宿屋にたどり着いた一行はチェックインを済ませ、代表であるガルファに割り勘でAlcを支払う。

大部屋のカギを受付からもらったガルファは先にとことこと階段をのぼり、さっさと二階の階段の中扉を開けた。

通路を奥に進みながら部屋番号を確認し、どこかな、などと呟きながら歩き回る。

「ああ、ここだな。さ、適当に座ってくれ」

目当ての部屋を発見したガルファは扉を開け、四人を先に部屋に入れた。

部屋はまさしく開けた感じの大きめの空間だった。

ソファーとテーブルが置いてあり、宿泊用途ではなく休憩用として用いるのにちょうどいい、と言う感じだ。

実際この部屋でもログアウトしてHPやMPを回復するのは可能である。ただし、個室よりも回復幅は少ない。長時間ログアウトしておくならこちらのほうが複数人だと安く上がることも多い。

宿泊用個室を使うか、大部屋でログアウトするかは各個人の好みに分かれるところなのだ。

「何から話したものか‥‥‥」

ゆっくりとソファーに体を沈めたガルファは、額から突き出す大きめの一角を困ったように掻きながら、逡巡しているようだった。

「それなら、ガルファさん自身が体験したことをお願いします」

シバがガルファに対してそのように促す。なるほど、とガルファは少し考え、一つ頷いた。

「ああ。自分は、確かその時道具をそろえていたんだ。ポーションとかを買い込んで、そんで、相方に連絡とって、次どこ行こうか、って言ってたっけな。そしたらさ、宿屋の方から滅茶苦茶な喚き声が聞こえてきた」

「喚き声――」

「そう、わー、とかぎゃー、とかそんな感じの。何があったんだろうって耳を澄ませると、『ログアウトボタンが!』とか言ってるのな」

ログアウトボタンが。ふとした不安に駆られて、スピネルはメニューを呼び出す。その視界の隅に存在する、ログアウトの項目。

これが、一体どうしたというのか。胸の奥がざわめく。

「ログアウトボタンがどうしたよ、って思ってその時は無視してた。でもその、すぐに相方からメールが入って。『ガルファ、フレからログアウトできないバグが起こったみたいってメールが来たんだけど、どういうことだと思う?』っていうわけよ。しかも、『悪いけど今フィールドにいるんだ。試してみてくれない?』って続きがきたからさ、しょうがない、試してみたさ、宿屋で」

しん、と静まり返る。重たい沈黙の中、誰一人として身動きできるものはいない。

想像することもできない、信じられない事実が、ガルファの口から語られていく。

「まあ、もう予想はつくよな。ログアウトできなかったんだ。ログアウトボタンを押して少し経ったら、ウィンドウが出てな。『サーバーに接続できません』って言うわけだ。何度やってもそうなるんだよ。‥‥‥どういうことだ、って思ったね。でも、こんなのは一時的なものだろ、とも思ったよ。それに、一日のうち6時間以上ログイン出来ないようにもなってるんだし、どうせ強制的にログアウトされるさ、そんな風にも考えた」

考えたけれどな、とガルファはそれこそシニカルな笑みに顔を歪める。

「ゲーム内ではもうログアウトできない、って最初の騒ぎから8時間は経ってるんだ。現実時間にして、約2時間40分。自分は今のところ、一度もログアウトしてない。なあ、現実時間だと、今何時なんだ?」


ようやく異常事態発生です。

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