Act 26
うー、とスピネルが少し唸り、少しずつ意味の通じにくい言葉を切り崩しにかかる。
「グレナ君、君の他にも遺跡人がいるの?」
「でス。みんなまとまって、見つからないよう秘密の場所、ある」
なるほどそれでか。これまでルインホビットというものの名前そのものを聞かなかったのは、彼ら自体が表に出てこなかったからなのだ。
何らかの条件があって彼が出現し、イベントが起きることにはなっていたのだろうが、その発生条件も、しかも今回何故彼がその過程で土砂崩れに巻き込まれたのかもいまいち分からない。
その辺はとりあえず戻ってから考えたほうがいいかもしれない。
「殺される、ってのは‥‥‥あんまり考えたくないけど。俺たちみたいなのに?」
「――ソう。ヒトは、ボクらを、殺ス、多い。‥‥‥あ、でもあなたたち違うね!いい人!
だからボク、話セない仲間、伝える!この人たち、大丈夫って」
一瞬グレナクレイは目を伏せ、苦しそうに言葉をこぼすが、あわてて四人に対してフォローする。
ますます気まずそうな表情になる一行である。まさか、スピネル以外はあまり関わりたくない方向でいたなどとはもはや言えない雰囲気だ。
全く何が幸いするのかわからない。
「グレナ君以外は話せないヒトが多いの?」
スピネルがふと疑問に思ったことを問いかける。少し考え、グレナクレイは頷いた。
「ボクの一族、昔から、司祭の血。覚えること、多い。地上人の言葉も、代々伝わるよ」
どうやら彼は由緒正しい血筋の子だったらしい。
良い教育を受けていてくれて何よりだ。
「ふむう。で、グレナ君が管理者で、司祭?その役目が魔素の天秤を整えること‥‥‥」
「魔素構成のバランスかな」
ハルタチも顎に手をやり、考え込む。
「あんまり一つの属性の魔素ばっかり集まると、生き物が魔素に中てられる。状態異常で言うと魔素中毒だな。無気力になって体が動かなくなる。ダンジョン内がそうなったら何の生き物も住めないどころか立ち入りもできなくなる」
「なるほどねえ」
では、それが正しいとなると、おそらく彼は魔素構成を整え、過剰に蓄積する大地魔素をどうにかして管理していたということになる。
巻き込まれた、というのはおそらく魔素の放出とそれに伴う土砂崩れのことだろう。
「すごく推理ゲームだねー。つまり君は、人為的に魔素を放出する役目を持ってここにいたと。それで、ここからはあくまで推論だから、違ってたら否定してほしいんだけど、ついでに崩れちゃった地形なんかも修復するつもりでいたのかな?まさかそこまではできないとは思うけど‥‥‥」
シバが茶目っ気たっぷりに問いかける。が、それを聞いたエトもハルタチもスピネルも、三人三様の苦笑を浮かべた。
いや、そんなまさか。
地面を操り地形を変えるというのには、膨大な量の魔力が必要となる。
一時的に地面を隆起させる、逆に地面を柔らかくさせるなどといった小規模な変化でさえ戦術的魔法としては中級魔法の部類だ。
この洞穴内部を復元するとなったら、それはどの程度の魔力が必要とされるのか。
そう思いつつグレナクレイを見やる。だが彼は即答してのけた。
「スごいでス!ソの通りです!」
うっかり四人は忘れていたのだ。そう、彼はイベントNPC。ゲーム内の常識を当てはめてはいけない。
その返答に思わず全員妙に力が抜け、がくりと膝をつく。
そんな様子にも気づかないのか気に留めないのか、グレナクレイは一生懸命に続けて喋っている。
「ダから、ココまできたよ。魔素、出スの、入り口近くまデ行かないと。ボク、岩、いっぱいぶつかった。時間あれば、出れたかもだケド、わからない。ボク死んだラ、洞窟、元に戻セない。ダから、おねえちゃん、恩人。ありがとうなのでス!」
「へ?私?」
突発的に話を振られたスピネルが戸惑う。
「うん!おねえちゃん、ボク、助けた!土から出してくれた、ひーる頼んでくれた、薬くれた!恩人だよー!」
あまりにまぶしい尊敬と感謝のまなざしに、思わずスピネルは照れて混乱する。
具合が悪くて転がってて、でも思わず体が動いて、ついうっかり先輩たちの忠告も無視して、戦闘を尻目に勝手なふるまいをして。
やったことはそれだというのに、ここまで感謝されるとどうしていいもんか、とも思う。
「えっと‥‥‥な、なんかごめんなさい?」
「そこ謝るなよ!」
エトが勢いよくスピネルを小突く。でもスピネルはなおも、えー、とかうー、とか言いながら頬を紅潮させている。
「命の恩、遺跡人、忘れない。何かできること、教えてほシい」
ふと彼がこぼしたのは、とても真摯な囁きだった。
そこではた、とスピネルは落ち着きを取り戻し、考え込む。
トントン、と爪先で地面を数度軽く叩き、そうだね、と小さく呟いた。
「とても率直な話をするとね、実は今、私たちはこの土砂崩れで迷ってます」
「うん」
「どうやったら帰れるか教えてほしいな」
ああ、とグレナクレイは満面の笑みを浮かべた。黒味を帯びた茶色い瞳が得たりとばかりに輝く。
「任せてよー!それ、お礼に入らない。帰りの道、スぐ作る」
「え、本当に?」
スピネルが半ば呆然としたように言う。この数時間の奮闘が一気に脳裏を駆け巡る。
帰れるという。しかも簡単に。
「おいおい‥‥‥やってくれたじゃねーか!」
「マジかよ」
ハルタチは軽くスピネルの背を叩き、くつくつ、とエトが困惑したような楽しげな笑い声を漏らす。
「スッピー!」
シバはもう言葉にせず、勢いよくスピネルの頭を撫で繰り回した。
そのような各々の感謝と感動を一身に受け、再びスピネルは硬直する。
「なんで、そんな‥‥‥ええ?」
「まあだいたいスッピーの功績だからな」
エトもニヤニヤと笑ってスピネルの肩を小突く。
「禍福はあざなえる縄の如し、人生万事塞翁が馬、ということだ。今回はお前が正しかった」
おおぉう、とスピネルもその言葉で何か実感がわいたのだろう、いい意味で挙動不審になっている。
「じゃあ、まずそれをお願いします!」
「オッケー!」
よいしょー、と呟いてグレナクレイはぴょんとその場に立ち上がる。
もう完全に体調は元通りになったようだ。
「ウェルシ・ミエダ・ランデ・ケイヴァ」
これまでに聞いたことのない不思議な響きの言葉を呟くと、グレナクレイはふと右手で壁に触れる。
すると、あたりが急に光に満ち、それが晴れると、そこには一つの大穴が開いていた。
そのかなたには微かに緑色が見える。
見事な魔法だった。
「応急処置でス。後でまた、戻シちゃうよ」
そして跳ねるようにグレナクレイがその中に進み、手招きする。いきましょう、と彼は笑った。




