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スキマ産業奮闘記―In The Cradle  作者: 狩山 宿
Ⅰ. 揺籠と社会人
1/63

Act 1

あまりに面白そうだったのでこういうジャンルに食指を伸ばしてみました。

進行は遅め。ログインはいつになったらするんじゃい、という感じになります。本当にテンポの良さというものがないので気になる方もいるかもしれません。

背筋を伸ばし、弛緩させる。ぐるりと首を回して辺りを見渡せば、平和で鮮やかな風景が広がっていた。

人々の喧騒、興奮と熱気が立ち込める広場。

誰かを呼んで誰かが手を振り、誰かが駆け出す。

高庭紡――ここでは『スピネル・ヤーディク』。

その中で彼女は、さて何をしたもんか、ととりあえず考え、まずは何だろうかな、などと呟きながら呑気に自分の持ち物を探り出した。

自然に零れる笑みに、頬を緩めながら。


*  *   *   *


そもそもの始まりは、彼女の勤務する企業の、こんな回覧文書からである。

「新製品テストプレイ “Cradle”(仮称)社員側から一般人とほぼ同じ条件での参加者を募集します」

紡はその文書を見て、おっ、とばかりに読みふけった。とうとうテストプレイか、長かったなぁ、という思いをかみしめながら。

彼女は一応この会社には事務職員として就職し、経理に配属されていた。しかし常にどこも人員が足りず、使い勝手の良い若手であるがゆえに様々な部署から業務命令で応援として呼ばれていた。どれもこれもそれとなく平均的にこなす、根が真面目な彼女はいつの間にか事務だけでなく営業や技術の方面にまでその応援範囲を広げられていたのである。

「一人スキマ産業」――その不憫な万能ぶりに直属の上司がつけてきたあだ名は、見事に紡の現状を表現していた。

そんな不憫な境遇のおかげで、一事務員としては珍しいほど紡は自社製品のことを把握していた。

あと8か月後に販売を目指して長く開発されてきたそのゲームは、擬似的なバーチャルリアリティーを用いた多人数参加型ゲームという、画期的なシステムが組まれている。

近未来ファンタジー小説でよく出てくるVRMMOと似ているけれども、若干仕組みが異なっていて、最初の一回だけ人体データ、記憶などを保存するときのみ専用の大型筐体を用いて全身をスキャンする。そのあとは作成されたデータの入ったメモリをヘッドギアに挿入し、読み取らせ、サーバ接続させる。ヘッドギアの中は最新鋭のハイテクが詰まっているとかで、どういう仕組みでか知らないけれどもちゃんと相互関与可能なバーチャルリアリティー世界を楽しめるようになっている。催眠とかそこら辺の心理学者も招聘して開発していたから、その辺も関連していそうだ。

とにかく、紡はそれらのことを思い出しながら詳細を読み取っていく。

研修扱いになり、業務に支障が出ないように日程は全3日間。

食費などは会社持ち、用意するものは宿泊用具と筆記用具とUSBメモリ。

一日の終了時にはレポートを書いて翌朝提出。

テストプレイ時のデータは終了後、希望すれば持って帰れる(その際製品版割引購入制度あり)。

正直言って、なんておいしい役どころなんだ、と言わざるを得ない。根が新しいもの好きで、かつ無類のゲーマーでもある紡は猫のように目を輝かせて応募要項を追った。

日程は支障なし。場所は勝手知ったる自社研修所。健康管理のため医療スタッフまで随伴という手の込みよう。この製品に期待をかけている様子がこれでもかと伝わってくる。

社員としての参加者は一般参加者にはない事前研修を受けることになるようだ。一応コンプライアンスとか社員としての立場からこれをしてくださいとかの雑多な説明だろう、と紡は判断した。

ええと、参加希望者は後ろのページかな。名前を書く欄は‥‥‥と。

あれ?

「課長、もう私の名前が書いてあるのは何でですか?」

「ん。なんか部署から一人出せって言われたから仮確保要員。日程都合悪いなら無理しなくていいけど」

いいけど。よくないけど。まぁ慣れたけど‥‥‥。

「いや、参加させていただきます‥‥‥」

「おし、よかった。ええと内線‥‥‥334か。――あ、おつかれさーん。うちんとこ高庭参加で。うんうん。あ、やっぱり。はいはい――」

内線電話を颯爽とつないでにこにこえびす顔の課長の向こうの話し相手については、考えないことにした。

やっぱりってなんだよー。気になるじゃないかー。





そんな釈然としない会話の理由はそれから数日後の事前研修ですぐに明らかになった。

「お。高庭来た」

「おー!」

予想以上の歓迎ぶりに若干紡が引いていると、そこに待ち受けていたのはよく見知った顔。最近顔を合わせる先輩方3人組だった。

総務、営業、技術と部署は違うものの、なぜだか一緒に4人で仕事をすることは多い。

小規模の応援だと紡ともう一人ですむのだが、結構大きな部分の穴埋めだとこの4人で組まされる。

技術で事務方をしている小柴と、営業所属なのに総務を掛け持ちしている野宮、逆パターンで沢崎。

三人とも紡より先輩になる上、入社年も全員違うが、年が近くみな明るいのもあって関係性は悪くない。

年齢順だと沢崎が最も年上で、野宮、小柴と続く感じである。

「いやー。女の子の一人もいないと華やかさもないし、野郎ばかりじゃねー」

「気が進まないなぁと思ったらねー」

「――何かこういうことに‥‥‥てか私は女じゃ。いい加減にせい」

若干男性陣約二名をコントロールすることを投げた小柴のその表情がこれまでの待ち時間のすべてを語っていた。

「小柴先輩、目が死んでますよ!」

「うふふふー……」

ちょっと怖かった。一体なにがあったのだろう。

結局のところ、このメンバーになったということが「やっぱり」ということなのであった。

「――そういやぁ、スキマ産業Aチームってあだ名がつけられてるらしいぜ俺ら」

研修用のパンフレットを矯めつ眇めつ見ながら、野宮は笑ってそう言った。

今回もまさかとは思うが、上層部は初めから私たちにやらせるつもりでいたのかもしれない。

まぁいいけど。



補足


高庭たかにわ つむぐ   経理課

小柴こしば かなで    技術課

野宮のみや 達彦たつひこ  営業課

沢崎さわざき 和希かずき  総務課


それぞれの本名です。全くの文系4人組です。

自分の会社がいかに技術系の企業でもその中身のメカニックなんてちんぷんかんぷんです。

だからこそ純粋に楽しめるのかもしれません。



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