第2部 第13章 精霊の国エセルガルド、氷の微笑
深い霧に包まれたエセルガルドの入り口。そこには、外部の者を拒む強力な結界「精霊の迷い路」が張り巡らされていた。
意識を失ったルナを抱えたアルスは、激しい頭痛に耐えながら一歩を踏み出す。彼の脳裏には、数秒先の未来が幾重にも重なって見え、現実との境界が曖昧になっていた。
「アルスさん、無理をしないで! ここは私が神聖術で……ああっ、また術式を間違えた!」
リナが慌てて魔法を唱えるが、おっちょこちょいな彼女の魔力は霧に吸い込まれ、逆に霧を濃くしてしまう。
レオンが剣を抜き、ガラムが魔導銃を構えて周囲を警戒する中、アルスはふらふらとした足取りで、誰もが避けるような巨大な古木の根元へと向かった。
「……あ、あそこに。綺麗な小鳥がいたから……」
アルスがその根元にある特定の「瘤」を強く踏み抜いた瞬間。
カチリ、という石造りのような音が響き、絶対に破れないはずの結界が、まるで鏡が割れるように霧散した。
「……信じられん。そこが結界の基点だったのか」
ガラムが驚愕の声を上げる。アルスはただ小鳥を追いかけようとしただけだったが、その一歩がエルフが数千年も守り続けてきた秘術を無意識に解除してしまったのだ。
しかし、結界が解けた先に待っていたのは、歓迎の宴ではなかった。
無数の矢の先をこちらに向ける、冷徹な瞳をしたエルフの守備隊。そして、その中央で静かに微笑む、絶世の美女――現エルフ長老、セレニアが立っていた。
「……不浄なる人間と、追放された『欠陥品』の娘。よくもこの聖域を汚してくれましたね」
セレニアの言葉には、氷のような殺意が宿っていた。
アルスはルナを強く抱きしめ、朦朧とする意識の中で彼女を見つめた。エルフの里を覆うのは、平穏ではなく、ドス黒い陰謀の気配だった。




