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王太子の婚約破棄を監査した結果、国家損失三万枚と隣国皇帝の招聘を受けました

作者: 和幸雄大
掲載日:2026/03/01

――カリッ。

祝宴に似つかわしくない音が、静寂を裂いた。

王太子エドワルドが七度目の婚約破棄を宣言した、その瞬間である。

エクスペディ王国王城・大広間。

本来なら同盟誕生を祝う夜だった。

「私は――真実の愛を選ぶ!」

音楽が止む。

「愛なき政略結婚を拒絶する。王族の婚姻が、ただの取引であってよいはずがない!」

「私は愛を選んだだけだ。民が笑っていれば、それで国は栄える!」

その声はわずかに震えていた。

理想を信じたい幼さが滲む。

ざわめきの中、ただ一人。

王宮内部監査局次席監査官、レティシア・ヴァルハルトは手帳に数字を書き込む。

「承知いたしました。損失計上、金貨四千五百枚」

「……何だと?」

「違約金、関税優遇撤回、防衛協定再交渉の概算を含みます。本件により――累計七件目です」

七件。

それは恋の回数ではない。

国庫の出血だった。

祝宴の喧騒を背に、彼女は監査局へ戻った。

二件目の破棄により、東部街道の橋梁補修計画は凍結された。

春の増水を前に、今も仮設足場のままだ。

三件目では小麦価格が二割上昇。

五件目では港湾使用権を失った。

これまでの損失総額――金貨三万枚。

翌週、御前会議。

痩せた国王が、病身を押して玉座に座る。

そして、監査局の報告する順番になる。

「今期の監査結果をご報告いたします」

「また数字か」

「殿下の理想は否定いたしません。しかし防衛協定は失効、小麦価格は二割上昇。国庫損失は金貨三万枚に達しております」

「それがどうした。国は愛で豊かになる!」

ほんの一瞬、喉が乾く。

だが、声は揺れない。

「その愛は、民の食卓と兵士の剣を代価としております。これは恋愛ではなく、国家的債務不履行でございます」

沈黙。

「……国家の正しさとは何だ」

「国家とは、継続でございます」

静かな声。

「感情は瞬間です。しかし国家は明日も、百年後も続かねばなりません。王族の婚姻は、その継続を支える公的契約にございます」

国王は目を閉じた。

「理想だけでは国は守れぬ」

評定の木槌が打たれる。

「婚姻決裁権は評議会管理下とする」

その翌日、王都では臨時税の布告が出された。

名目は「国庫健全化」。

署名は、王太子エドワルド。

城門を出ると、黒い騎馬隊が道を塞いでいた。

中央の馬車から、黒衣の男が自ら降り立つ。

「皇帝カイルだ」

「あなたが婚約破棄七件で、金貨三万枚を“損失”と呼んだ監査官か」

「事実でございます」

皇帝の視線は帳簿に落ちる。

「我が国の決裁は三重承認制だ。王族であろうと例外はない。情は議場に持ち込まぬ」

淡々とした声。

「我が国にこい。条件は一つ。我が国の資産を一銭たりとも無駄にさせぬこと」

甘言はない。

「承知いたしました」

「来い。国家を守る者として」

馬車が動き出す。

(愛を語ることは自由だ)

だが自由は、責任の上にしか成立しない。

帳簿を開く。

ここでは理想に価格を付ける必要がない。

国家が続く限り、それでいい。

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