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放課後のチャイムが鳴り響き、予定のない生徒が足早に帰路に着く時間。荷物をまとめて席を立とうとした時のこと。
「凛子ちゃん、この後暇?」
諦めの悪い男が、再び私の元へ来た。しかも寧々が先に帰ったタイミングを見計らってとは、計算高いヤツめ。
「場合によるね。なんの用事?」
「遊びに行きたくて」
「親睦会的なヤツ?」
「いいや、二人で」
「じゃあ予定ある」
露骨すぎる拒否だけど、遥希くんにはこれくらいじゃないと効果がないだろう。
カバンを肩にかけ、席を立つ。
しかし右腕に強い力が加えられ、私の足は引き止められる。
「ねぇ、もしかして誰かに何か言われた?」
「その聞き方じゃわかんないかな」
「俺に関すること誰かに言われたかって意味。どうなの?」
「……」
それをここで言う訳にはいかない。だって居るんだもの。遥希くんが言うところの、何かを言った誰かさん達が。
「誰に何言われたかはわかんないけど、それで避けられるのは納得できない」
彼の言い分は理解できる。私個人としても別に彼を避ける理由はない。
ただ彼と仲良くなることへのリスクが高すぎるということと、そのリスクを負ってまで仲良くなりたいほど私は彼に好意を抱いていないということ。
コミュニティにはグループも派閥もカーストもある。そういうのを無視した言動はいずれ諍いを呼ぶ。そういう諍いが私は好きではない。
私はただ事なかれ主義なだけなのだ。
「納得できないならそれでもいいけど、少ししつこすぎだよ」
グイッと振りほどこうとするが、掴んでいるその手が想像以上に強くて剥がれない。
「それはごめん。でもやっぱチャンスくらいは欲しい」
おいおいここ教室だぞ。しかもその言葉、完全に好意を隠す気がないな。
このままじゃ公開告白されかねない。それは今以上の反感を呼ぶ。
体が板挟みにされているようで、とにかく息苦しい。ああ、無性にタバコ吸いてェ。ニコチンで全部忘れたい。
「……、……はぁ」
仕方ない。ここは折れておこう。せめて告白されるなら教室より違う場所の方がまだマシだ。
「わかった、じゃあとりあえず--」
「遊びに行くの?」
猫がゴロゴロ鳴くような甘えた声が、私の言葉に割って入る。
視線を横にやると、線の細く可愛らしい女の子が優雅な笑みを浮かべていた。
ナチュラルなメイクで際立つ顔立ちの良さに加え、小動物っぽい雰囲気。着崩さない制服に艶のある爪、そしてサラリとしたセミロングの黒髪。寧々とはまた反対の清楚な可愛さである。
「もしかして井村さんの歓迎会? ならみんな誘おうよっ」
「いや違--」
「ねぇみんな~! 井村さんの歓迎会やるんだけど来るぅ~?」
遥希くんの言葉を彼女は呼びかけで遮る。
呼び掛けにはまず男子が積極的に乗っかり、少し後に言い出しっぺが遥希くんとわかると女子もそれに同調する。
「ちょっと星願、俺はみんなで行くなんて言ってないぞ」
不満気な声音で遥希くんは彼女の肩を掴む。
星願、どこかで聞いたようなキラキラネームだが……ああ、4人組が言ってた遥希くんといい感じの奴か。
確かに美形同士でお似合いな二人には見えるが、周囲が騒ぎ立てるほどいい感じかは微妙だな。不服そうな遥希くんの表情を見て、そう感じる。
「えぇ、でもみんなで行った方が絶対楽しいよ」
「そうじゃなくて俺は二人で--」
「井村さんもみんなと行く方がいいよね?」
渡りに船な提案に私も同調する。
周囲は既に乗り気な雰囲気に支配され、何処へ行くかの話し合いに花を咲かせている。
今更無しとは流石の遥希くんも言い出せない様子だ。
しかし寧々の居ないこの面子で遊びに行くとなると居心地が悪いな。せめて気兼ねなく話せる人が一人は欲しい。
「あっ」
折良く、そんな人物がそそくさと教室を後にしたのを見かける。
「ちょっと待って」
廊下へ飛び出し彼の腕を掴むと、その長い髪がふわりと揺れる。
「赤嶺くんも一緒に行こう」
髪の奥から覗くその瞳が、動揺で右往左往する。
「え、なんで、僕」
「なんでって、話せる人が欲しかったから」
「宮代くんが、いるんじゃ……」
宮代? あ、確か遥希くんの苗字だったか。
「うぅ~ん、多少は話すけどまだ会って二日の仲だしな」
「僕もそうですけど……」
「何言ってんの胸触った仲じゃん」
「えっ!? あッ、そ、それは、ごめ--」
「あーいやいや謝れ的な意味じゃないから。ジョークジョーク」
赤嶺くんは一瞬で耳まで真っ赤になる。こういう冗談には慣れていないのか。面白いから積極的にやっていこう。
「んで、どう? 来てくれる?」
「っ……、わ、わかりました」
こうして歓迎会は、私と赤嶺くんを含めて15人の大所帯となった。




