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「ねぇ、ちょっといい」
決して好意的ではない声が、背中を叩く。
放課後の玄関前、私が上靴に指をかけているところに、見覚えのある女子生徒4人が眉間に皺を作りながら詰め寄ってきた。
彼女らはクラスメイトの4人組。まだ名前は覚えていないが、教室でやたら睨みつけていた子達だ。
そして場所が悪いからと人気のない西側廊下の踊り場に連れられ、あっという間に4対1の構図が完成。
まぁおおよその用件は理解している。仰々しい言い方をするなら、洗礼だ。
「流石に馴れ馴れしくしすぎじゃない?」
ポッと出が弁えずクラスのイケメンくんと仲良くお喋りをした。ムカつくから言葉でリンチしてやろうって腹。
「遥希くんは星願ちゃんといい感じなんだから」
「邪魔しないであがてよ。てか空気読んでよ」
誰だよ星願って。名前キラキラすぎでしょ。転校初日でそんなことわかるかっての。
「そうだったんだ、ごめんね。明日から気をつけるよ」
だがそんなこと言っても火に油を注ぐだけだ。
「……まぁわかってくれたならいいけど」
アッサリとした対応に彼女らは少し不服そうだ。
「あとさ、男子に色目使うのやめた方がいいよ」
「あーアレね。確かにあれは良くないわ」
「クラスの男どもってほんと馬鹿しかいないからすぐつけ上がるんだよね。あっ、言っとくけど遥希くんは別だから」
話題を転換させ、違う言いがかりで突っかかってくる。タダでは引きたくないようだ。
「うぅん、別にそんなつもりはないんだけどね」
「はァ? 何それカマトト?」
「流石に見え透いててキモイんだけど」
「そういうのダサいからマジやめなよ。男ウケに必死なのとかマジないわ」
私がたった一言否定すれば死肉に群がるハイエナのように、我先にと噛み付いてくる。
「てかこの時期に編入とか、絶対ワケありでしょ」
「もしかしなくても男絡みとか?」
「うわヤバ、うちのクラスでまで問題起こさないでよね」
数の暴力で話にすら参戦させてくれない。反撃の余地すら与えない猛攻である。
女子は本当にえげつないと思うわ。昔もこういうのが嫌で学校--。
カシャ。
シャッターを切る軽快な音。下校中の生徒の喧騒から離れた踊り場では、やたら大きく響いた。
「うわぁースゴ。イジメ現場撮れちゃった。これインスタにあげたらバズるかな?」
抑揚のついた愉快そうな声。視線をやると私たちを見下ろすように階段に座った少女がスマホのレンズをコチラに向けていた。
綺麗に脱色されたピンクのボブヘア、遠目からでもわかる青いカラコンの入った瞳に、爪楊枝が乗りそうなほど長い睫毛、殺傷能力の高そうなつけ爪。うん、紛うことなきギャルだ。
この子も同じクラスにいたな、見た事のあるピンク髪だもの。
「なっ!? 勝手に撮んないでよ!」
「えぇ~ダメなのぉ?」
「ダメに決まってんじゃん!」
「そぉ? アタシは撮られたらヤバいようなことしてる方がダメだと思うけど?」
ぐうの音も出ない正論に、彼女らは押し黙るしかない。
「ねぇねぇところで何話してたの? ネネも混ぜてほしいなぁ」
「……行こ」
引き際を見極めたのか、4人組は不満げに階段を降りていった。
「変なのぉ。ただ混ぜてって言っただけなのに」
意地悪そう、というより本当に不思議そうなキョトンとした顔でピンク髪は呟く。
そして彼女は際どい短さのスカートをたなびかせながら、軽やかに階段を降りて近づいてくる。
「こんにちわっ、井村ちゃんであってるよね?」
彼女が近寄ると、ふわりと甘い匂いがする。明らかに学校指定ではないピンクのカーディガンから漂う桃のような柔軟剤の香りだろう。見た目といい匂いといい、真っピンクな子だな。
「ええ、君同じクラスだよね。ごめんだけど名前聞いていい?」
「ネネは磯塚 寧々(いそづか ねね)。苗字は可愛くないから名前で呼んでね」
ムニュムニュ。
「わかった。さっきはありがとう、寧々」
「……! アハっ、学校の人にお礼言われるなんて初めてかもぉ」
「そうなの?」
ムニュムニュ。
「うんっ。ネネ学校では嫌われてるから。よく無視されるんだ」
「そう、なら私と同じ嫌われ仲間ね」
「えぇ~? ムゥちゃんクラスで人気者じゃん」
「さっきの見てもそう言える? ってかムゥちゃんって?」
ムニュムニュ。
「イムラだからムゥちゃん。あとイィちゃんとラァちゃんもあるよ。どれがいい?」
「好きなのでいいよ。どれも同じに聞こえるし」
「やったぁムゥちゃん優しっ」
「……ところでさ、そろそろやめてくんない?」
「え、何が?」
ムニュムニュ。
「胸触んの」
さっきから会話の片手間に胸を揉まれていた。会話の合間にムニュムニュと効果音が入って邪魔で仕方ない。
「あ、ダメだった? ごめんね、こんな大っきいおっぱい初めてだったからついつい。お金とか払った方が良かった?」
「初回だから無料にしてあげる。次からは月額料金取るから」
「サブスクと同じシステムなんだねぇ」
そう言うと寧々は鷲掴みにしていた両手を離してくれた。
「ねぇねぇ、明日からまた話しかけていい? ネネ学校で話す子いないんだぁ」
「ああ、私も話せる子いないから有り難い」
「やった! じゃあ次月からは550円払うねっ」
「また揉む気なのね。いいけど値段はせめてネトフリくらいにして」
浮かれ気味の足取りで立ち去る彼女の背中にそれだけは打診しておいた。業界最安値で揉まれるのはプライドが傷つく。
「わかったー! じゃあ890円にしとく!」
「それでも最安値プランか……」
打診しても尚3桁台でしかない事に少々傷付きながら、彼女の走り去る背中を見つめる。
突飛な行動はあるけど、慣れればユニークで面白い子だ。顔は可愛いし何より明るい。
だからこそ腑に落ちない。こういう子はクラスで人気者になったりするもんじゃないのか。
まぁ編入生の私には知らない事情もまだあるんだろう。




